裏庭。 撒き散らされた酒瓶の中心で、膝を抱いて座るニカ。 彼女の側に置かれた段ボールの中には、大量のワインと焼き鮭が入っていた。 細い肩にそっと手を置く。 「ニカ・・。」 名前を呼ぶ。 すると、スラリと伸びる、綺麗な指が俺のズボンの裾を掴んだ。 「神田・・。」 掠れた声。 浴びる様にワインを飲みながら沢山泣いたのだろう。 酒瓶を退けてニカの隣に座る。 背中に手を添えれば少しだけ震えが増して、途切れ途切れに言葉を紡ぎ始めた。 「・・神田・・・・俺はね、神様の玩具・・なんだよ。」 「・・・・・・。」 「レプリカ何て嘘・・飽きたら捨てられる、それだけだ・・。」 「・・・・・・っ」 言葉が出なかった。 泣く事を我慢している様な、か細い声だった。 ぐ、と手に力を入れてニカの身体を己の胸に引き寄せる。 自分を落ち着かせる様に溜め息を吐いて彼女の頭の上に顎を乗せた。 目頭が熱い。 「神田・・。」 軽く胸を押される。 彼女が俺を見上げ、視線が合ったかと思えば輪郭をなぞられる。 「俺は強い訳じゃ無いんだ・・」 知ってる、そんな事。 本当は誰よりも脆くて臆病だ。 だから一人を選んだ。 傷付け、傷付けられる事。 誰かと関係を築けば築く程にそれは深く、痕も残り易い。 ニカは誰よりもその連鎖を理解していた。 でも、何時しか一人で全てを背負う事さえ辛くなったんだ。 「・・それは少し、違うな。」 きっと、彼女が生まれながらに持つこの全てを見透かす能力すらも加担して。 違うか? 「それは、正解。」 ふ、と笑う。 それは悲しそうな表情(カオ)だった。 「『一人』は・・ミツキが居なくなったその日に自分の中で決めた事だ。でも、『孤独』・・。それはお前と出逢って、初めて気付いたんだ。」 いつしか当たり前になった『寂しい』。 否・・初めから感じていなかったのかも知れない。 欠陥。 空白だらけで。 「お前の所為なんだよ。」 自分は一人じゃなくて、孤独なのだと。 気付いてもっと怖くなった。 それと同時に自分が知らない色で埋められて行く空白。 赤、青、黄、白。 それは孤独じゃない証だった。 しかし剥がれた色は自分で修正する事は出来ない。 心は神田を望んでいたが、俺は一人を望んだ。 付き纏う恐怖。 誰かを失うくらいなら、初めから一人の方が良いのではないかと。 本当は何も無かった事にしたかった。 でも・・ 「神田と一緒に居られなくなる事・・それが一番の恐怖でもあった。」 俺は俺なんだと。 暖かい目で見てくれた。 兵器じゃない。 生きている一つの『存在』として扱ってくれたんだ。 神田の胸に、額をつける。 感じる温もりと鼓動が酷く俺を安心させた。 「だから・・もう一度だけ求めてみようと思った。知らない世界に足を踏み入れるのは怖い。でも、どうしてもお前は失いたくなかったんだ・・。」 肩を強く抱かれる。 指で顎を上げられたかと思えば、額に唇を落とされる。 暖かい、神田の表情。 それがとても好きで・・。 「ニカ・・。」 この胸板も、石鹸の香りも。 「ん・・。」 低い声も、一度掴んだら離さないその腕も。 「好きだ・・。」 長い髪も、大きい手も。 「うん・・。」 どうしても失いたくなかった。 返事はしなかった。 神田が気を使って、『まだ要らない』と言ってくれたから。 もう少し落ち着いてから返事をしようと思った。 その時がいつかなんて俺も解らない。 未知の世界だったから。 神田に手を引かれて知らない場所に足を踏み入れる。 ずっと見ていた空。 明るかった。 眩しかった。 神田の日陰がちょうど良かった。 貴方が笑うから、俺も笑った。 そして、いつからかずっと望んでいた事に気付いた。 鳥籠の中から見える澄んだ空。 中からじゃ開かない扉。 翼は無い。 だから、誰かが来てくれるのをずっと待っていた。 そして・・ 神田・・貴方が来てくれたんだね。 →第十九夜に続く ×
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