『ニカ泣いてたぞ!』 唐突に掛けられた言葉だった為、詳しい事は良く解らない。 ただ、奴が言った一言。 俺は一人しかいない、ニカを救えるのは俺だけなのだと。 まさかあの馬鹿兎にあんな偉そうな事を言われるとは思っていなかったが、その言葉だけが己を突き動かす。 一人よがりでも構わない。 好きになるのも、それ故に側に居座るのも俺の勝手だ。 もう迷わない。 ニカ、今行くから。 木が鬱蒼と生い茂る森を抜けて教団内に入る。 すれ違う奴等の視線が痛く、普段なら突っ掛かるだろうが今はそんな事どうでも良かった。 階段を駆け降りて、いつもより長く感じる廊下を全力で走り、ある部屋の前で足を止める。 重たそうな鉄の扉に刻まれた『レプリカ』の文字。 荒くなった呼吸を整え、冷えたドアノブに手を掛けた。 何時も通りに接すればいいんだと己に言い聞かせ、思い切って扉を開ける。 しかし、僅に顔を出した太陽が照らす機械が溢れたその部屋にニカの姿は無く。 変わりに居たのはコムイと研究員だった。 「あれ?神田君、ニカと一緒じゃ無かったの?」 俺の顔を見るなりへらりと笑い訊ねて来るコムイ、勝手な妄想を膨らませているに違いない。 「あ?何言ってやがる、俺はずっと森で鍛練を―・・」 刹那、険しく変化する表情。 はっと息を飲んだ。 「―・・一緒じゃ無いの?」 まさか、否、待て。 有りもしない考えが頭の中を過り、嫌な予感がする。 「え、ニカ、何処探しても居なかったし・・神田君も見当たらなかったからてっきり一緒に・・。」 ―・・あの大馬鹿野郎が! 勢い良く研究室を出る。 何故アイツはこういう時に大人しくしてないんだ! 全く何もかもが上手く行かない。 最初に向かったのは自室。 乱暴に戸を開ければ、驚愕し、ベッドから跳び上がるセツ。 勿論、ニカの姿は無い。 「―・・糞!」 額に流れる汗すら拭う事を忘れ、心当たりがある場所を回る。 普段アイツが行かない食堂や談話室にも、もしかしたらと思い行ってみたが彼女の姿はない。 大浴場は確認のしようが無かったが、暖簾が下がっていたので開いていないだろう。 「・・は・・っ、いねぇ・・。」 結局、全ての箇所を回ったが全てハズレ。 仕方なく、もしかしたら研究室に戻ってるのでは無いかと思い足を進める。 多分、いないだろうが。 ったく、アイツは何してんだ。 もしかしてもう教団には居ないのだろうか。 もし、そうだとしたら手掛かりはない。 きっとアイツから帰って来る事も無いだろう。 ―・・俺が、もう少し・・ 「っ、・・・・」 窓の前で足を止める。 急いで開けて身を乗り出す。 目を凝らして遠くを眺めれば、見覚えのある背中。 何やら大量の酒瓶を辺りに撒き散らしている。 「・・・・・・何してんだアイツ。」 一人で晩酌?・・つっても既に日は昇っている。 小さく背中を丸めて、俯いて。 細い肩が震えていた。 泣いている様な気がした。 多分・・ずっとそうして来たのだろう。 一人で居ようと決めた其の日から今までずっと。 狭い鳥籠の中で。 遠くに見える青空に手を伸ばしながら、いつか飛び立てる日を願って。 なあ、ニカ。 もう良いだろう? その鳥籠の鍵、今俺が開けに行くから。 ×
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