「・・って言われたさ。知らない方が良かったかもしんない・・。」 神田の隣に座り、落胆するラビは地面に肘を着き頭を抱えた。 きっと、ニカは解っていたんだ。 自分の側に誰かがいれば、その『誰か』が傷付くと言う事を。 だから生まれた時からずっと一緒だったミツキを除き、誰一人として己の側に近付かせなかった。 辛い癖に何もなかったかのように振る舞い、自分に触れる事を断じて許さない。 それが、彼女にとって唯一の思い遣りだったのだろう。 『無駄な感情は捨てろ。』 あの言葉も、冷たく振る舞うのも、誰にも笑顔を見せ無いのも・・。 「ニカは一人で生きると決めたんさ。自分の所為で誰かが辛い目に合うのならその方がいいって・・。」 皮肉だった。 今が一番、見せ掛けの彼女が望む結末なのだろうが、笑う事なんて出来るはずがない。 「・・狡ィ・・。」 珍しく、揉める事無くラビと会話をする神田の表情も悲痛で。 一言だけ言葉を発して目を伏せる。 あの時の『ごめん。』の意味。 恐らく、『傷付けてごめん』だろう。 嫌でも表情から伝わって来るアイツの心の中に潜む深い闇に、一瞬心臓が止まった様な錯覚に陥った。 あの状況だからこそ初めて見る事の出来たそれに対して偽笑いしか出来なかった自分。 そして、周りを傷付けない為一人で居ようと誓ったアイツを恐怖心故に手離した。 本日何度目か解らない溜め息を吐く神田を見兼ねたラビは俯いていた顔を上げて訊ねた。 「ユウ、ニカの所に行かなくて良いんさ?」 その問い掛けにはっ、と息を飲む。 「ニカの事好きなんじゃ無えの?」 「ば・・っ!別に好きじゃ・・・・」 好きじゃ・・、 様々な想いが渦巻く。 最悪な出会いから、現在まで感じて来た事の全てが。 初めて笑った顔を見た日や、『ありがとう』と言われた日。 錯乱したアイツを抱き締めた日や、受け入れられる事の無い『愛してる』を紡いだ日。 そして、俺がニカを殺した日。 何かをしてやれたのか、はたまた何もしてやれなかったのか。 そんな事は解らないが、俺はいつも先を歩くアイツの背を見ていたんだ。 隣を歩きたいのに、やっと掴まえたと思えばすり抜けて行く。 俺じゃ力不足なのだと。 アイツは前々から訴えていたのかも知れない。 初めて身体を重ね合わせた日から、ずっと。 「チ・・ッ」 ぐ、と唇を噛み締め立ち上がる。 ラビに背を向け歩き出せば相変わらずこちらを見据えている月と目が合った。 「オイ!ユウ!もう解ってるんさ!ユウはニカの事―・・」 「五月蝿ぇ!」 お前に何が解る。 「ああ!好きだよ、死ぬ程な!!だったら何だっつーんだ、救いたいのに救えねぇんだ、許されねぇんだよ!」 本音を言えば、無理矢理にでもモノにして二度と辛い思いはさせたくない。 「・・力不足だったんだ。俺には何も出来なかった、寧ろ・・もっと傷付けたかも知れない・・。もう、怖いんだよ・・。」 脆くて、儚い。 どんなに優しく扱っても、護りたいと願っても、アイツは闇の中から抜け出せなかった。 「もうどうする事も・・、っ!「らしく無いさ!!」」 神田の言葉を一つ一つ胸にしまって行く様に話しを聞いていたラビ。 神田の胸ぐらに掴み掛かる彼の瞳には涙が溜まっていた。 「テメ、何す・・、」 「ニカ泣いてたぞ!」 「―・・・・は、?」 昼間に行った研究室。 『ユウは?』と訊いた時、ニカはオレに背を向けていた。 でも、彼女の向かいにある窓硝子に、ちゃんと真実は映っていた。 俯き、片手で目を擦るニカ。 『神田はもう俺の所には来ないよ』と言った彼女の声は少し震えていて、片手で拭っていたそれは確かに―・・ 襟から手を離す。 服に寄った皺を直す事すら忘れ、ただ立ち尽くす神田を真っ直ぐ見据えてラビは言った。 「・・ニカを救えるのはユウしか居ないんさ。」 オレでも、ミツキでも、コムイでも・・他の誰でもない。 「ユウは一人しかいないんさ!解ったら早くニカの所に行ってやれよ!!」 拳を握り締め、今にも溢れ出しそうな涙を堪える。 唖然としている神田の肩を軽く押せば、舌打ちを漏らしながらもそれが合図だったかの様に駆け出した。 「ったく・・素直じゃ無いさぁ・・」 その場に残されたラビの呟きが静寂の中に融けて行く。 微かに感じた光に顔を上げれば、昇り始めた太陽と視線が合った。 →第十八夜に続く ×
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