NO.TIE.TLE | ナノ


「ブックマンから聞いたから来たんだろ?俺の全てを。」


ミツキが腰を掛けていた椅子に座るラビに冷たい視線を向けるニカ。


ラビは俯き、バンダナを首元へ下げながら口を開いた。


「昨日ジジィから聞いたさ・・今までずっと教えてくれなかったんだけど。」


「だろうな。変な情を持たれると困るからブックマンに釘を刺しておいたんだ。『その時が来るまでJr.には言うな』と。」


記録を記す為にブックマンには何度か話しを聞かれたが、お互い、公にするモノでは無いと合意し内密に進められていた密談。


Jr.も何時かは知る事になると言われていたが、時が来るギリギリまで言うな、と伝えてあったのだ。


「・・『ブックマン』として来たのなら帰れ、話す事は何もない。」


コイツが『可哀想な奴を見る目』で俺を見ている事、今までとは違う心境で接して来る事。


それが酷く鬱陶しく、腹が立つ。


苛立ちを抑えようと煙草に火を点け彼に背を向ければ、煽られるように掛けられる言葉。


「ニカ、オレ「黙れ。」


『勘違いをしていた』とでも言うのか、そんな言葉は要らない。


「お前には関係無い。俺が何を見て何を聞いたかなんて・・既に起こった事なんだ、変えられはしない。ただ『ブックマン』として記録を記せば良い、辛くなるのはお前だ。」


理解をえようだ何て初めっから思っちゃいない。


して欲しくもない。


『ヒト』は馴れ合えば馴れ合う程に互いを傷付け、無駄な情の所為で正確な判断が出来なくなる・・そういう生き物だ。


俺が欲しがったモノはそんな浅はかなモノじゃない。


ただ―・・


ラビは一瞬、何か言おうとしたのか大きく口を開いたが、直ぐに閉じて唇を噛み締め立ち上がった。


扉を開けばギィ、と金属同士が擦れる重たい音。


一度振り返り、悲痛な表情でニカを見る。


「・・何だよ、まだ何かあるのか?」





そう言う彼女の背中はいつも以上に小さく見えて、


「否、ねぇけどさ・・。最近いつもユウと一緒にいたのに、見ねぇから・・。」


生まれてからずっとこの世界の全てを背負って生きて来たのかと思うと、


「・・アイツは―・・。」


こっちが見てるだけで辛くなるっつーか・・。





「アイツはもう、俺の所には来ないよ。」





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「チ・・ッ」


一人森の中で鍛練に励む神田。


己の心を掻き乱すモノを振り払うようにひたすら六幻を振り続けていた彼は、息を荒くしながら芝生の上に横になった。


空を見上げれば雲一つ無く、星と月だけがこちらを見据えている。


―・・相変わらず両手に残るこの感触と、胸につかえる何か。


「・・馬鹿か、俺は・・。」


己の頬を平手で殴る。


精一杯力を込めたのでそれなりに痛みは感じるが・・


ニカはこれの何百倍・・否、何憶倍の痛みを感じて来たのだろうか。


・・計り知れない。


つくづく自分は情けないと感じた。


今、アイツが何をしているのか気にならない訳じゃ無い。


寧ろ心配だ、今直ぐにでも会いに行きたいくらいに。


でも、その衝動を『現実』が邪魔する。


無力だと、護れないのだと、自分が側にいる事で更にアイツを追い詰めるのではないのかと。


何も出来ない俺。


恐怖さえ覚える。


何も考えずに支える事が出来るのなら、そうしたかった。


俺にはどうする事も出来ない『邪魔』に、救い様のない『現実』。


出てくるのは溜め息ばかりだ。


「は、笑える・・。」


瞬きすらも忘れ、ぼう、と月を眺めていると近付いて来る足音が一つ。


身体を起こさなくとも、誰かなんて直ぐに解った。


「ユウ、此処にいたんか。」


無理矢理視界に割り込んでくる馬鹿兎を面倒臭えと思いながら睨むと、奴もまた苦しそうな表情(カオ)をしていた。






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