NO.TIE.TLE | ナノ


司令室


「今回の任務は少し厄介だけど、近場だから直ぐに帰って来れると思うよ。」


ニカが行くはずだった任務を受け持つ事になった神田はコムイから資料を受け取った。


「チッ、敵の数が多いだけだろ。」


任務は単純。


一ヶ所に溢れ返ったアクマを全滅させるのみ。


イノセンスが有ると言う保証は無いが、行けと言われればそうするしか無い。


「・・急ぎか?」


「うん。直ぐにでも出発して貰いたい。」


ニカに訊きたい事が山程あったのだが仕方無い、か。


神田は一通り資料に目を通すと司令室を後にした。





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濡れた身体を拭い、着替えを終えたニカは、いつも通り科学班の手伝いをしようと廊下を歩いていた。


誰かに頼まれて手伝っている訳では無く、ただの日課だ。


足早に階段を下って行くと見覚えのある後ろ姿に足を止めた。


『神田 ユウ』、だ。


彼は階段から己を見下ろすニカに気付いたのか顔を上げる。


互いの視線が合った刹那、ニカの表情が変化した。


「・・その任務、引き受けるべきなのは俺だ。」


「あ?何言ってやがる。頼まれたのは俺だ、俺が行く。」


神田は自分の荷物を取りに行こうと彼女を横切ろうとしたのだが、阻止されてしまう。


神田の腕を掴んだニカは、険しい表情で言った。


「明日ならまだ良い。今日は駄目だ。」


必死に神田を止めるニカ。


何故ここまで引き止められるのか解らない彼は、舌打ちを漏らしながらも訊ねた。


「・・・・チッ。何で明日は良くて今日は駄目なんだよ、コムイに急ぎだと言われている。理由は何だ?」


コイツが言う事は当たるらしいが、いくら何でも矛盾し過ぎている。


いつかは行く任務なら今行っても変わりはないだろう。


しかし、己の運命を知らない神田はこの後、彼女が発する言葉にただ驚愕するのだった。


眉間に皺を寄せる彼の瞳を、全てを見透かす其の碧眼で真っ直ぐと見据えた彼女は躊躇う事無く口を開いた。


「・・何時行っても同じだなんて有りはしないんだ。お前が今日その任務へ旅立つと言うのなら、お前の命は今日尽きる。」


「何・・?」


ニカはそう言うと、目を見開く神田を他所に階段を下って行った。


向かう先はコムイが居るであろう司令室。


そもそも、あれは俺が引き受けるはずだった任務だ。


いくら身体の調子が悪いとは言え視えてしまったモノを見過ごす訳には行かない。


ニカは勢い良く司令室の扉を開け、受話器を耳に当てたコムイに言った。


「神田の任務を取り消せ。俺が行く。」





それだけ告げれば、もう解るだろう、と―・・





コムイは片手に持った受話器をゆっくりと下ろし、険しい表情を浮かべて言った。


「・・ああ、悪いけどそうして貰えるかい?たった今、任務先の探索部隊から連絡が有った。想定していたAKUMAのほぼ倍の数が街に潜伏していたらしい・・。」


ニカは開かれたままの扉の外でそれを聞いていた神田にチラリと視線を送った。


「お前はここに居ろ。」


神田はそれが合図だったかの様にニカの胸ぐらを掴み壁へと叩き付け、握り締めた拳を彼女に向けて掲げた。


「ちょ、神田君!」


静まり返った部屋にコムイの叫びに似た声が響き渡る。


胸ぐらを捕まれているにも関わらず表情の一つすら変化させないニカに、神田は更に怒りを覚えた。


どうやら"ヒト"の宿命(サダメ)とやらを変えられるのはコイツしか居ないようだが、俺も簡単に死ぬ様な柔な身体をしていない。


それを知っているであろうコイツが、何故俺を引き止める?


何故だか、表現することの出来ないような憤りが心を支配して行く。


「言っただろ。俺とお前を比べるな、と。」


「あぁ!?」


案の定、掲げられた拳が鈍い音を立て彼女の左頬を殴る。


「神田君!止めるんだ!」


コムイが仲裁に入るものの、神田の怒りは収まらない。





ふざけんな。


お前は自分の方が優れているとでも言いたいのか?


所詮身体の造りは同じなんだろ?


なら、この任務でお前が生きると言うのなら俺だって生きるはずだ。


そもそも、"死"からは程遠い身体をしている。


たかがそんな、お前の自惚れごときで行くはずだった任務を盗られて堪るか。





「俺は生きる。」





そう、あの人を見付けるまで死ぬ訳には行かないのだ。


殴られ、唇から血を流しながらもなお表情を変えないニカは全てを見透かすその瞳で彼を見上げて言った。


「お前は馬鹿か?」


「・・・・あ?」


「俺もお前も、いつかは死ぬ。」





"ヒト"で有る限りな。





→第四夜に続く



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