科学班フロア 「『ニカ』のメンテナンス終わりました。」 「ご苦労様。」 微かにアルコールが香るその部屋にはコムイしかおらず、彼は研究員に分厚い資料を受け取る。 パラパラと捲って行くコムイだがその表情は険しいものだった。 「規定値はギリギリで満たしているけれど、精神に妙な波が見えるね。」 「はい、少し不安定な様です。羊水の濃度変更をした後に再び計測してみましたが、変化はありませんでした。」 今まで内臓機能の低下は何度かあったが、精神状態が悪化するなんて事は無かった。 遂にガタが来てしまったのだろうか? 身体はメンテナンスでどうにか持ち堪えられるだろうが、精神はどうする事も出来ない。 造りはヒトと同じな為、心は無くとも何かが切っ掛けでデータに結果が出なくとも何処かが壊れてしまう事だって有るのだ。 彼女の場合、その"何か"が解らないので手の施し様が無いのだが。 「ニカに明日行かせるはずだった任務は神田君に行って貰うことにしようか・・。」 コムイは任務の資料からニカの名を消し、その変わりに神田の名を書き足した。 彼女は再び世界の『鍵』となる。 ---------- ヘブラスカの間 「メンテナンスは・・終わったのか・・ニカ・・。」 「ああ、終わった。」 羊水によりまだ全身が濡れているにも関わらず、ニカはヘブラスカの元を訪れていた。 髪を滴り落ちる水滴すら気にする事のない彼女はヘブラスカを見上げて言った。 「"最期の瞬間(トキ)"の予知を視た。」 まだかじった程度だが、あの光景は間違いなく"最期の瞬間(トキ)"だ。 それも、前回とは比べ物にならないくらい沢山の生命(イノチ)が奪われる。 「それは・・何時だ・・?」 今年訪れることは知っていたものの、いざ聞いて動揺したヘブラスカは彼女に視線を合わせて訊ねた。 「季節は冬・・凄く寒い、雪の降る朝だった。」 それが始まり。 血に染まった雪の絨毯の上に、人々が頬を付け力尽きていた。 期限は後、6ヶ月。そして、心配な点が一つだけ。 「前は簡単に防げたが、今回俺はその時まで持つかどうか解らない。」 そう、ガタなんてとっくに来ていた。 自分のことは自分が一番良く解っている。 延命されて来たものの朽ちるはずだった余命から約2年。 今は問題無いが、何時何が起きてもおかしくない爆弾を抱えた身体だ。 ニカは言葉を失うヘブラスカの身体に額を付けて言った。 「"生きたい"と思えばその分生きられると、誰かが言った。しかしどうしてもそう思えない、それは俺の罪なのだろうか?」 俺は兵器だ。 "ヒト"として生きている実感など、最初から無かった。 命令に従い、破壊する・・ただそれだけ。 心が無いと謳われた彼女がここまで弱味を見せるのは、きっとヘブラスカだけだろう。 ヘブラスカはそんな彼女の細い肩を優しく包み込んで言った。 「それ以上・・罪を・・背負う必要は・・無い・・。」 ヒトの手で神を造るという事―・・ 世界の摂理すら覆してしまった其れは、禁忌と呼べる程に重い罪なのだ。 そんな犯された禁忌により造り出された『ニカ』。 存在自体が『罪』であると、彼女も知っていた。 ×
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