「それで、"最期の瞬間(トキ)"の事聞けなかったんか。」 「ああ。」 昼過ぎ。 彼等は修練場で食後の運動と言う名の鍛練をしていた。 昨日、"最期の瞬間(トキ)"の事を詳しく訊こうと思いニカの自室を訪ねた神田だっだが、結局何も知る事が出来ないまま部屋を退散させられてしまったのだった。 その話しを聞いたラビは階段の上に腰を下ろして珍しそうに言った。 「でも、ニカがんな感情的になる事なんて滅多にないさ。やっぱ堪えてんのかな。」 「堪える?」 心が無いと謳われた彼女が何かに"堪える"なんて事はあるのだろうか。 もしそれが本当なら、心が在ると知る奴がいてもおかしくは無いだろう。 そんな神田の考えとは裏腹に、悪びれる様子も無く、ラビは悪魔の言葉を口にするのだった。 「あれ、知らなかったん?ニカの寿命はとっくに過ぎてんの。」 「・・・・は?」 寿命―…? ---------- 尊いモノ達の集い、『百鬼夜行』から帰還したニカは科学班のフロアにいた。 目を輝かせる彼等の前に、ランタンに入った甘露を突き付ける。 コムイはそれを奪い合う科学班達を冷ややかな視線で見据える彼女に訊ねた。 「あっちはどうだった?」 「特に変わりは無い。」 木々も立派に立ち聳え、川の水も枯れてはいない。 ただ一つ、昨年よりも妖怪の数が減っていたと言うことが気になるが。 ヒトに言った所で何かが変わると言う訳ではない。 「んー!今年の甘露も美味い!」 「これの為に生きてるようなもんだからなあ・・。」 「もう一杯くれよ。」 濃厚な味に思わず舌鼓する彼等に背を向け去ろうとする彼女をコムイは呼び止める。 「ニカ!」 振り返らずにただ立ち止まる彼女の背は酷く小さく見えた。 「・・お帰り。」 「ああ。」 決して『ただいま』と言わない彼女にやはり心は無いのだろうか。 ---------- 「『ニカ』はどうだ?」 「内臓機能オールクリア。ただ、先日と比べ少しばかり精神状態が不安定です。」 「室長からの指令通り、羊水の濃度を上げてみるか。」 「了解です。」 刹那、透明だった羊水が白濁色に変化して行く。 瞳を閉じて完全に沈黙したニカを見て、一人の男が口を開いた。 「『ニカ』は今回起こる"最期の瞬間(トキ)"まで持つのでしょうか・・。」 延命される『ニカ』。 基準値は満たしているものの、当初の値よりは遥かに低下している。 このまま低下し続ければ今年中には朽ちてしまうことが予想されていた。 「馬鹿言え、何の為に我々が派遣されたと思っているんだ。何としてでも持たせなければルベリエ長官にどんな罰を受けることやら。」 資料を片手に、もう一人の男は溜め息混じりに言った。 "最期の瞬間(トキ)"まで生きていたとしても、その最中に息絶えてしまっては意味が無い。 もやは持つ、持たないの問題では無いのだ。 "最期の瞬間(トキ)"を阻止出来るのは彼女だけなのだから。 「5秒後『ニカ』、目覚めます。」 「後に血液検査を忘れるな。採取量は先日の0.5倍だ。」 「了解です。」 ×
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