04

それは冴木が鬼殺隊隊士になって間もなくの頃の話だ。
その日冴木は同期の隊士数人と共に任務に来ていた。そこには数体の鬼が居たが十二鬼月などではなくて冴木らは各々が順調に鬼を首を斬ってとどめをさしていく。

「もう大丈夫ですよ」

最後に襲ってきた鬼を斬り辺りが静かになったので冴木は通りの端でガタガタと身体を震わせていた青年に近づき声をかけた。視線をあげた青年の顔はひどく青ざめていて冴木が立ち上がらせようと青年に手を伸ばせば急に青年はキッと冴木を見てその手をバチンと払ったので冴木は驚き目を丸くする。

「どうしたんですか?」
「何故殺したんだ!!!」
「何故って、あれは鬼だからです」
「鬼だと!?…あ、あれは、あれは俺の弟だ!」

青年は怒鳴るようにそう言うと冴木を睨みつけてくる。そう、冴木が今しがた頚を斬った鬼…それはこの青年の実の弟が鬼化したものだったのだ。

「…弟さんだったのですね。けど、可哀想ですが弟さんは鬼になって人を襲っていたんです」
「なんだと…!?」
「現にあなたも喰われそうになっていた。私達は鬼を退治するのが仕事なんです」

鬼化した弟は青年を襲っただけでなくそれ以前に人を喰っている…だから冴木達鬼殺隊がやって来たのだ。青年には残酷だがたとえ彼の弟だったとしてもこれ以上犠牲者が出る前に鬼は斬らねばならない。

「っ、ううう、うっ、…た、たった一人の…家族だったのに…、弟だけが、家族だったのに…!」

青年は振り絞るようにそう言いながら地面に伏せた。可哀想に、と冴木は思う。弟が鬼になった…それは他人事とは思えなかったが冴木は鬼殺隊隊士だ。可哀想だが人を喰った鬼は放ってはおけない。

「…この、人殺し…」

青年はポツリと呟いた。

「あんたが弟を殺したんだ!あんたが現れなければ弟は死ぬ事はなかったのに!人殺し、この人殺しめ!」

そして火をつけたように青年はやり場のない怒りを冴木にぶつけた。青年にとって冴木は鬼から命を救ってくれた恩人ではなく肉親を殺した憎い仇…青年に感謝の気持ちなんか無くてそこらに転げている手の平程の石を掴むと力いっぱい冴木に投げつけた。

「当たると痛いのでやめてください」
「っ」

だが石は当たりはしなかった。冴木はお見通しとばかりに石を避けると青年のすぐ目の前にやって来る。ニコリともせずだからと言って眉間に皺を寄せる事もなく、青年の目をジッと見てくる冴木の表情はとても冷たくて青年はビクッと怯む。

「私の役目は鬼を斬る事。私は人殺しではありません、私が斬ったのは鬼です」

冴木の鋭くハッキリとした言葉に青年は何も言えずに黙り込んでしまった。

「では、私は帰りますね。鬼は全て退治しましたから安心してください」

青年は怒りがまだ収まらない様子でフルフルと拳を握り締め震えていたが、冴木の冷たい言葉に泣き崩れるように地面に伏せてしまった。だが冴木はそんな青年に優しい言葉を掛ける事もなく踵を返し青年から離れるように歩き出す。

「…弟さんを殺してしまって、ごめんなさい」

だからポツリと言ったその言葉が青年に聞こえたかどうかは、分からなかった。



仲間達との合流場所に一足先についた冴木は膝を抱えるようにして適当な場所に座り込んで居た。

「はぁ」

気だるそうに漏れた小さなため息…冴木は先程の事を思い出し気分がどんよりと落ち込んだ。すると。

「一人か?」
「あっ、冨岡様…?」

現れたのは水柱の冨岡義勇。冴木は立ち上がろうとするが冨岡に制止されたので座ったままペコリと頭を下げる。

「冨岡様が何故ここに」
「任務が終わり戻る途中、様子を見に来た」
「そうですか…わざわざ来ていただきありがとうございました。戦った鬼に血鬼術を使うモノは居なかったので、他の隊士達ももうじき集まってくる事でしょう」
「そうか」

冨岡の説明は短かったが、おそらく彼はこの近くで別の任務に就いていてそれも無事終わり屋敷に戻る途中後輩達が鬼退治の任務についていると鎹鴉から報告を受け一応様子を見に来た、というところだろうか。柱と話すのは緊張するが冴木の性格かはたまた今は疲れていたからか、水柱を前にしそう説明すると冨岡は短い返事をした。

「そのため息」
「え?」
「先程言われた事を気にしているのか」
「…あ、見ていたんですか」

一瞬何の事かと思った冴木だったが冨岡の言う先程言われた事とは鬼から救った青年との出来事だと言う事を理解し冴木はあははと困ったように笑った。

「気にしているというか…昔の事思い出しちゃって」
「昔の事?」
「はい。…私、同じ事を言われた事があったので」

冴木がそう言うと冨岡は黙って冴木をジッと見ていた。何も言わなかったが話を聞いてくれるのだろうか、その視線は話せと言わんばかりの真っ直ぐな視線…。冴木はかつての出来事を思い出していく。

「私が鬼殺隊に入ったきっかけも、鬼に襲われた事があったからでした…」



冴木はとある商家の家に生まれ穏やかな父にしっかり者の母、気の良い兄姉に囲まれ育った明るく元気な娘だった。7歳になった頃家が火事になり家族を亡くしてしまってからは両親と親交があった地主の家に引き取られたが、彼らは小さい頃から知る冴木の事を実の娘のように可愛がってくれて何不自由ない生活を送らせてくれた。そしてその家には冴木の幼馴染である二人の兄弟が居て冴木と同い年の長男は普段は強気で意地悪な事も言うが根は優しい男でそんな彼は冴木の許婚でもあった。二人の関係は仲の良かった父親同士が決めたものだったが、親が決めたと言っても許婚と言う関係を嫌だと思うことも微塵も無いくらい本人らの関係はとても良いもので冴木を引き取る際も許婚の父は「なあに!どのみち冴木ちゃんは家の嫁に来てくれると決まっていたんだ!それがほんの少し早まっただけじゃあないか!」と嫌な顔を一つもせずに豪快に笑ってくれたのだ。

だがそんなある日悲劇は突然と訪れた。そう、鬼が地主一家を襲ったのだ。悲鳴を聞いて冴木が飛び起きると両親と女中は既に殺されていて血の海の中で横たわっている…強盗かと思い犯人を見つけると冴木はとても驚いた。そこには強盗なんかではなく世にも恐ろしい形相をした鬼が居て、そしてその鬼は今まさに許婚を襲わんとしている所だった。恐怖で身体が動かず冴木が立ち止まっていれば許婚が「逃げろ冴木!」と叫んだ。その声に反応してか鬼は獣のような雄叫びを上げて鋭い爪を振り下ろし許婚の左腕を切り落とした。許婚が表情を歪ませてぐわああと悲鳴を上げる…。

「その声を聞いた途端、私は咄嗟に座敷に飾ってある刀を掴んで鬼に飛び掛っていました」

どうすれば鬼をやっつけれるのかなんて当時は知りもしない。だが鬼に対する恐れより怒りの方が勝った冴木は許婚だけは守ろうと刀を構えて鬼に飛び掛ったのだ。日輪刀も持たない女の身でなんとか殺されずに鬼に立ち向かえたのはその後鬼殺隊に入れる素質が冴木にはあったからだろうか…鬼と揉み合っているうちに座敷から庭に転がり出てそのうち朝日が昇り始めた。空が明るくなり始めて鬼は逃げようとしたが冴木はそれをどうにか押さえつけた。その時、ようやく鬼の正体が分かったのだ。

「その鬼は…許婚の弟だったんです」

そう、鬼は許婚の弟だった。二つ程しか変わらないが冴木にもよく懐いていた無邪気で健気な弟が鬼化して両親や女中を殺し実の兄を襲ったのだ。そのうち陽が登ると鬼化した弟は元に戻る事なくそのまま朽ち果ててしまい残されたのは弟が来ていた着物のみだった。その様を見て愕然とした冴木だったが許婚はそれ以上だっただろう。

「私は、鬼になったとはいえ義理の弟となるはずだった子を殺した罪悪感でその場を動けずに居たんです。するとヨロヨロと無くなった腕を抑えながら彼が近づいてきました」

弟とは言え鬼になってしまっては理性も何も無くただ人を襲うだけ…そんな鬼から冴木は許婚の命を守った。置いて逃げる事も出来たのに女の身で鬼をどうにか倒すことが出来た。そんな冴木に許婚はなんと声を掛けたのだろうか。ありがとうだろうか、はたまたごめんだろうか。冴木はどんな言葉も要らなかった、ただ冴木と名を呼んで抱き締めてもらえばそれで良かったのに、許婚は。

「人殺し!人殺し!冴木っ…お、お前が徳次郎を、俺の弟を殺したんだ!!!」

そう言って冴木を罵ったのだった。



「自分では彼を守る為に精一杯やったつもりでした。でも彼からすれば仲の良い弟を殺された事になるんですもんね」

悲劇の出来事から鬼滅隊隊士になった今も私は間違っていない、私は正しい事をしたと冴木は自分に言い聞かせて来た。鬼から人々を助け「ありがとうございます」と言われる度に安心してこれからも人々の為に鬼を斬ろうと決めた、なのに「人殺し」と助けた青年に言われ冴木は過去を思い出してしまった。

「先程の青年にかつての許婚を重ねてしまったけど、でも大丈夫。私、単純だから次の任務で助けた人にありがとうございますって言われたらもう忘れちゃうから」

話を聞いてくれてありがとうございました冨岡様!
冴木はそう言ってこの話はこれまでと言いたげにニッコリと笑った。もう直に仲間達も戻るだろうから落ち込むような姿を見せたくなくて冴木は立ち上がるとスゥと息を吸って気持ちを落ち着かせる。

本当は辛いはずなのに無理して普段通りに振舞おうとする冴木を見て冨岡は何かを思う。他の隊士なら冴木を励ますような優しい言葉や温かな言葉を掛けていただろう。だが冨岡はそんな言葉は思い浮かばなかった。

「万城」
「はい」

思い浮かばなかったがその代わり、

「万城は、間違っていない」

冨岡は冴木が欲しかった言葉を言ってくれたのだ。万城は間違っていないと、そう言うと冨岡はニコリとも笑わないしそれ以上には何も言わない。だがたったそれだけの短い言葉だけで冴木は霧が晴れた気がした。

「…お優しいのですね、冨岡様…」

それが冴木が冨岡を気になるようになった、きっかけだった。

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