飛行レースの内容、それは無数にそびえる険しい岩山や怪鳥を避けて進み霧がかかる断崖絶壁の旗のあるゴールまで辿り着く事だ。先日行った使い魔召喚とこのレースの結果で生徒のランクが決定する事となる。このレース会場には「囀り谷」と「金剪の谷」の二つのコースがあるのだが今年は何故か金剪の長の気が立っているらしく金剪のは立ち入り禁止で進んでいいのは囀り谷コースのみだ。その事に魔王になる事を目指しているサブノック・サブロは不満で一杯のようだがカルエゴは「知るか」とあしらい「総員準備」と皆に指示した。
その合図と共にバサッと背中の羽を広げる生徒達。そんな中「えっ」と驚くのは入間一人。
「用意…」
さぁ、いよいよ。
「スタート!!」
飛行レースがスタートした。皆羽を羽ばたかせ次々に飛び立っていくが羽を広げていない入間は風に煽られ崖っぷちまで飛ばされてなんとか体勢を整えた。だが「セーフ」と安堵するのも束の間「早く行け」とカルエゴに突き飛ばされ崖の底へと落ちていった。
「これで全員行ったな…」
さて自分もゴール地点に向かおう、カルエゴがそう思い踵を返せば。
「…なんだ、まだいたのか」
そこにはまだ残っていたのか生徒が一人。
「はい、カルエゴ様」
「さっさと出発しろ」
それはアリエノールだった。アリエノールは羽も開いておらず飛び立とうとする気配がない。そのわりにはニコニコとしていて何を企んでいるんだとカルエゴは少し身構えた。
「勿論すぐに行きます、でも忘れてますよ!」
「何?」
今は授業中であるが皆飛び立ってしまったからこのスタート地点にはカルエゴとアリエノールしか居ない。アリエノールはタッと軽やかにカルエゴの前にやって来るとニッコリと笑いカルエゴを見上げた。
「いってらっしゃいのキスです!」
そしてそんな事を言って無邪気に笑う。何を言うかと思えば、そんな事。少し驚いたがカルエゴは相変わらずの表情で一言。
「馬鹿者」
とだけ言った。アリエノールだってこんな事でキスなんてしてもらえるとは端から思っていなかったから言ってみただけで満足したのか「えへへ」とだけ笑うとすぐに自分も飛び立とうと崖の縁に向かった。
「アリエノール」
「はい」
だがカルエゴに呼び止められてクルリと振り向くと、するとすぐそこにカルエゴが居た。二人が向かい合うとカルエゴは前屈みになりアリエノールの耳元に顔を寄せ、
「無事ゴール出来たらおかえりのそれをしてやろう」
そう言ってニヤリと笑った。耳元で、突然そんな事を言われたアリエノールの顔は勿論真っ赤。おかえりのそれ、と言う事は無事ゴールまでついたらおかえりのキスをしてくれるという事だろうか。
「分かったらさっさと行け」
「っ行ってきまぁす!」
本当にしてくれるのかは分からない、だがそんな事を言ってくれただけでアリエノールは嬉しくて元気よく返事をすると羽を広げて空へと飛び立っていった。
「やれやれ…」
そんなアリエノールを見えなくなるまで見送るカルエゴ。
アリエノールの事を健気で可愛いと思っているのか単純で扱いやすいと思っているのか、どちらなのかはカルエゴにしか分からない事である。
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