05


いつも長閑な夷隅家。

「駄目だ駄目だ!絶対に駄目だ!!」

だが今日は莎弥の祖父の怒号が響いていた。

「どうして駄目なの?!年に一度のお祭りなのに、どうして私は行っちゃ行けないの?!」

祖父に対抗するように莎弥も必死に声を上げる。だが祖父は駄目の一点張り…何故そうも頑なに許してくれないのかと莎弥の目には涙が浮かんでいた。
こんな事になったのは、莎弥がもうじき始まる町の祭りに行きたいと言い出したのがきっかけだ。莎弥の住む地域では年に一度神への豊作を祈願する秋祭が行われている。普段は静かな神社周辺もその時ばかりは露天が開かれ大道芸人が来たりとそれはとても賑やかになり子供達にとっても年に一度の楽しみとも言えるべき催しになっている。莎弥も毎年祖父母と祭りに行っていたのだが。

「夜出歩くのは危険だからと、何度言えば分かるんだ!」
「危険?お祭りに行くだけよ、それに一人じゃない桜ちゃんと行くのよ?一緒なら安心でしょう?!」
「祭りならばいつものように昼間に行けばいいだろう、毎年そうしてきたじゃないか」
「今年は大きな花火が上がるの、だから夜に行きたいの!」
「夜出歩くのは駄目だ!誰と一緒だろうが安心なんて事はない!!」

今年は夜に花火が上がると言うから年頃になった莎弥は他の子らのように友達と行きたかった。桜と言うのは莎弥と同じ琴を習いに言っている一番仲の良い女の子の事である。知らない子ならまだしも祖父母は桜の事を知っているし莎弥の祖父母も桜の両親もどちらも社交的だから町で出会えば話し込むぐらいの仲だ。そんな桜と一緒に行くのだから心配もいらないと言うのに、何故そうも祖父は夜、祭りに行くのを許してくれないのだろう。

「安心なんて事は、ないんだ。夜外に出ると言うこと自体が危険だと、前にも言っただろう」

祖父の声はひどく重い。そしてもうこれ以上は言う事はないとばかりに莎弥に背を向けてしまった。一緒に行く人物が女の子の友達だと言う事を伝えれば許してくれるかもしれない、と思ったがそれは無駄な事であった。祭りだと言うのに夜出歩くななんて祖父はいつまでも莎弥の事を幼子扱いしているのだろうか。莎弥はもう何を言っても許してくれそうにないと思ったのか。

「…分かった、もういい。お祖父ちゃんなんて大嫌い!」

莎弥は諦めて自分の部屋に戻ってしまった。残された祖父と、静かに部屋に入ってくる祖母。あなた、と祖母が声を掛けるが祖父は腕を組んでだんまりとしている。友達と一緒に夜の祭りに行きたいと言う莎弥の気持ちは痛いほど分かる…だが祖父の気持ちも祖母は知っている。だから祖父の言う事を祖母は止めたりは出来なかった。夜出歩くなと言う事、それは莎弥の為である事は確かだからだ。孫の事が可愛くて出来るだけ莎弥が望む事は叶えてあげようと祖父はいつも莎弥を甘やかしてきたが夜祭りに行きたいと言うこの願いだけは叶えてあげれない…莎弥はもうすぐ十五になる…だからそれだけは絶対に許してはいけないのだ。莎弥がまだ小さい頃から門限だけはとても厳しく言いつけて友達と遊びに行っても陽が落ちる前に必ず帰って来るようにと言って守らせてきた。少し前に習い事で遅くなったと言って暗くなった頃に帰ってきた莎弥をどんなに心配した事か、そして心配故に怒鳴るように怒ってしまった。だがそれは莎弥を守る為なのだ。

「あなた…。莎弥ちゃんに、本当の事を話した方がいいんじゃないんですか?」
「…」
「莎弥ちゃんだってもう十五になるんです…きちんと話しておかないと…」

そう、莎弥はもうじき十五になる。いつまでも、隠し事を隠し通す訳にはいかない。祖父母はこの日、莎弥に言っていなかった事をきちんと話してしまおうと決意をした。



「莎弥」
「莎弥ちゃん」

莎弥の部屋の前に立ち声を掛ける祖父母。

「…なあに」

グスッと鼻をすする声が聞こえる。きっと莎弥は泣いていたのだろう。莎弥のか細い声を聞いて祖父は胸が締め付けられる想いだった。

「話があるんだ」
「話なんかしたくない」

先程喧嘩をしたばかりだから莎弥は素直に部屋の戸を開けてはくれない。

「大事な話なんだ、莎弥の、両親についてだ」
「えっ」

だが莎弥の両親、と聞いて莎弥は驚いた声を上げてすぐに部屋の戸を開いてくれた。

「お父さんとお母さんの話って、なあに」
「…今から話そう。さぁ、座って」

莎弥は記憶にない両親の事がとても気になった。幼い頃「私のお父さんとお母さんはどんな人だったの」と聞いても曖昧にしか答えず病で死んだとしか教えてくれなかったのに、どうして今になって話をしてくれると言うのだろうか。祖父が莎弥の部屋に座り込みその隣に祖母も腰を下ろした。莎弥も静かに二人の前に座る。

「莎弥。莎弥はもうすぐ十五になるね。だから、莎弥にも本当の事を話しておかねばならないね」
「本当の事ってなに?お父さんとお母さんは病気で死んで、それでお祖父ちゃん達が私を引き取ってくれたんでしょう?」
「違うんだ…、病気と言うのは…嘘なんだ」

莎弥は、祖父の言葉に衝撃を受ける。

「莎弥の両親は、鬼、に、殺されたんだ」
「えっ…」

それから祖父が、両親の事を全て莎弥に話してくれた…。





莎弥の母親は、両親、つまり莎弥の祖父母に箱入り娘の如く大切に大切に育てられた一人娘だった。いつか良家の素晴らしい殿方に嫁ぎますようにと躾や教養をしっかりと受けながら育てられまるでどこぞのお嬢様かのように淑やかで品のある女性に育ったのだ。これなら完璧だ、容姿も整っているし作法もある…あとは見初めてくれる立派な男を見つけるだけと、祖父母はそう思っていたのに。
ある日娘は恋をした。相手は山で狩りをする猟師だった。猟師は頼りがいがあるとても優しい男と評判は良かったが、祖父母にとってはあろう事か猟師なんぞと恋に落ちてとそれはそれは憤慨したのだ。一緒になりたい、この人と結婚したいと娘と男は頭を下げて説得するが勿論祖父母は許さなかった。そんな男との結婚なんて認めない、絶対に許さない、男に向って目の前から姿を消せと怒鳴りつけ二人の結婚を断固として認めなかったのだ。それでも娘と男は逢瀬を重ね遂には莎弥を身篭った。だがそれでも祖父母は結婚を認めず、二人は生まれたばかりの莎弥を連れて駆け落ちをし祖父母の前から姿を消した。





「あの時結婚を認めていれば…あんな事にはならなかったのに…」

我慢が出来ず祖母は涙を流し始める。祖父も当時の事を思い出しているのか辛そうに表情を曇らせていた。そんな事があったなんて…莎弥はにわかに信じられずにいる。





話は続く。二人が駆け落ちして居なくなってから一年後。娘はどこへ言ったのだろうと毎日損失感を感じながら過ごしていた祖父母の元にある日客が訪れた。
あれは夜中の事だ。祖父母が布団の中にいるとドンドンドンと屋敷の扉を叩くものがいる。こんな時間に来る客なんて誰だろう鬼狩り様だろうかと二人が起きて扉を開き外に出てみると、そこには息絶え絶えで一人の人物が倒れていた。任務で重症を負った鬼狩り様だと二人は慌ててその人物に近づく。だがそれは鬼殺隊士ではなくて。

「八重!!!」

祖父母の娘、そして莎弥の母、八重だった。八重の傷は酷く頭や腕、足から血を流し弱々しく顔を上げる。そしてその腕の中には、しっかりと抱えられて、寝息をたてている赤子の莎弥が居た…。

「八重!八重じゃないか!一体なにが…」
「お父さん…、お母さん…、この、子を、莎弥を、頼み…ます、ゴホッ!」
「しっかり!しっかりするんだ!嗚呼何があったと言うのだ、何故こんな怪我を…」

八重を抱える祖父の腕が見る見るうちに赤く染まっていく。八重は最期の力を振り絞るかのようの莎弥を祖母に手渡すとゴホゴホと酷い咳をして血を吐いた。

「鬼が…、教祖の皮を被った、鬼が…、莎弥を…、狙っています…、どうか、どうか莎弥を、守って…」

八重はそう言うと涙を流した。力なく手を上げてフルフルと震える手で愛しい娘を探している…祖母は八重の手を取り眠る莎弥の頬にソッと触れさせてやれば八重はニコリと安心したように微笑んだ。

「お父さん…お母さん…ごめんなさい」
「八重!!」
「莎弥…を、おね、がい…」

そして、目を閉じ息絶えた。呆然とする祖父、赤子の莎弥をギュウと優しく抱き締め涙を流す祖母。一年ぶりの娘との再会がこんな事になるなんて、一体娘になにがあったのか、今までどこに居たのだ、その怪我は、娘の夫になったあの猟師の男はどうしたと言うのだ。なに一つ分からぬままただただ娘の亡骸を見つめる祖父母の元に。

「あれ?八重、死んじゃったの?」

場違いな、飄々とした男の声が響いた。

「でも家まで辿り着いたんだね!凄いねぇ母親の力ってのは!」

祖父母は顔を上げればそこには一人の男が立っていた。どこか風変わりな帽子と着物、同じ人間とは思えない程美しい白橡の頭髪に虹色の瞳を持つ年のころは二十代の男だ。男は悲しみに暮れる祖父母を余所にケラケラと可笑しそうに笑っている。

「な、なんだお前は…」
「ん?あぁ八重の御両親だね!初めまして、俺の名前は童磨!万世極楽教の教祖をやっているんだ!」

よろしくね、と言って童磨と名乗るその男は帽子を取って挨拶をしてみせた。血を被ったようなその頭…鋭い牙と爪に血がベッタリと付いた対の扇。それを見てこの男は人間ではないと祖父母は気付いた。二人は鬼狩りではないが長いこと藤の花の家紋の家として鬼殺隊に携わる者…目の前のこの男が鬼だと言う事ぐらい、すぐに分かった。

「教祖だと?!…や、八重が言っていた教祖の皮を被った鬼とはお前の事か?!」
「んー、そうだよ」
「お前が八重をこんな残酷な目に遭わせたのか!!」
「酷い言い草だなぁ。俺は八重たちを助けてあげたんだぜ?両親から結婚を反対されて行き場のない可哀想な親子を自分の寺院で保護し生活させてあげてたのに…残酷な目に遭わせたのは自分達だろう?」

童磨に言われ祖父母は何も言い返せない。

「あ、ちなみに八重の夫も死んだよ。妻と娘を逃がそうと必死でさぁ、ただの人間なのに頑張っちゃって鬼狩りみたいにしつこかったよ。まぁそのおかげで八重は家に辿り着いたようだけどね!」

童磨曰く、八重の夫である猟師だったあの男は八重と莎弥を少しでも遠くへ逃がす為鬼に敵う訳がないのに息絶えるまで抵抗し童磨の足止めをしようとしていたらしい。しかし夫は殺されて男の肉はあまり好きではないのだけどと言う童磨に喰われてしまい、八重は家に着いたものの童磨にも追いつかれてしまった。

「お前の…」
「ん?」
「お前の目的はなんだ!八重を…八重の夫のように喰うつもりか!!」
「あー違う違う。俺は別に八重を喰べたい訳ではないよ」
「な、なら一体…」
「俺が欲しいのは、莎弥さ」

童磨はバチンと閉じた扇で祖母が抱く莎弥を差した。童磨の視線が孫に向けられビリリとした空気が祖母を襲う。

「さぁ、莎弥を渡しておくれ」
「なにを言う!!!この子は絶対に渡しはしない!!!」

娘が残した忘れ形見である莎弥を守ろうと祖母は胸に抱く莎弥を庇うように童磨に背を向けた。この鬼は娘とその夫を奪っただけではなく孫娘まで喰おうとしているのだろうか…そんな事は絶対させないと祖父は祖母の前に立ち童磨に声を上げる。

「そんな事言っても駄目駄目。俺はちゃあんと約束したのだから」
「や、約束…?」
「あぁそうさ。莎弥が大きくなったら俺のお嫁さんにするって八重達夫婦と約束したんだ。これは嘘じゃないよ、まぁ証拠なんてものは無いから信じられないかもしれないけど」

だけどその子は俺のものさ。
さっさと寄こせと言わんばかりに童磨は手を広げて祖父母達に近づいてくる。祖父は鬼殺隊ではない…だから戦ったところですぐに鬼に殺されてしまうだろう。祖母と孫を逃がす為にどうすればいいのだろうと必死に考えるが何も良い案は浮かばない。大声を出したところで間に合わない、人が来ても無駄なだけ、日が昇るまでまだまだ時間がある…。鬼殺隊が偶然来てくれない限り、祖父母の命は無く莎弥は連れ去られてしまう…。嗚呼、どうすれば…。

「お、お願いします!!!」
「ん?」

その時。莎弥を抱く祖母が祖父の前に出てひれ伏すように頭を下げた。

「どうか、どうか!莎弥を連れていくのはやめてください!!お願いします、お願いしますから…!」

祖母は涙を流しながら必死に訴える。そんな事をしても無駄だ、だって相手は鬼だ、人間に情などかけない。特に今目の前にいる鬼…童磨は冷たい笑顔でこちらを見ている。端から人の意見など聞く耳持たぬと言ったそんな笑顔で一歩ずつ一歩ずつ近づいてくる。そして祖母と莎弥の目の前に来た時、閉じていた扇をバッと開けた。嗚呼駄目だ、殺される。八重だけではなく莎弥まで…。そう、思ったが。

「…よし!分かった!」

アッサリと。

「今はまだ莎弥を連れて行くのはやめるよ。莎弥も血の繋がった人間に育ててもらった方が幸せだろうから!」

童磨は祖母の願いを聞き入れた。その言葉を聞いて身体から力が抜けたようにヘタリと地面に膝を付く祖父。祖母も憑物が取れたように身体が軽くなり、何事もなかったかのように目を覚ましもぞもぞと動き出した莎弥の顔を見てホッと一息つく。

「でも、いつか迎えに行くよ。うーん…あ、そうだ!莎弥が十五歳になった時にしよう!」

だが安堵な瞬間も束の間。ビュウと突然突風が吹いて童磨の姿が消えたと思ったらその声が静かな夜の空に響いた。

「大丈夫、俺は鬼だから老けることもないし、莎弥が15になる頃には似合いの男女になるはずさ」

きっと迎えに行くからね。約束はちゃんと守るから。それまで待っていておくれよ。可愛い、可愛い、俺の莎弥…。
童磨はまるで呪いをかけるようにそう言うと、ようやく祖父母らの前から姿を消したのだった…。





「そんな…事があったなんて…」

祖父の話しを聞き終わり莎弥の額にはツウと汗が滲む。病で亡くなったと思っていた両親は鬼に殺されていた…しかもその鬼は莎弥が十五になったら迎えに来ると約束をしている。そしてその鬼の…童磨と言う名に聞き覚えがあり莎弥はカタカタと身体が震えた。

「鬼は莎弥を狙っている…嫁にすると言っていたが相手は鬼だ…莎弥の事を…喰ってしまうかもしれない」
「そ…んな、」
「鬼は昼間は動けない。だから莎弥、お前は決して夜に出歩いてはいけないんだ」

だから、か。温厚な祖父が血相を変えて莎弥に夜出歩くなと言っていたのはこの事があったからなのか。

「あの鬼の恐ろしい顔が今でも忘れられない…人を殺す事なんてなんとも思わない冷酷な鬼だった…動かぬ莎弥の母親を見て、子供のような屈託の無い笑顔で笑っていたのだから…」
「莎弥ちゃん、お願い。おじいさんの言う事を聞いてちょうだい。私達は…娘達に、莎弥ちゃんの両親に酷い事をしてしまったの。二人を祝福してあげれなかった…なんて…心の狭い人間だった事でしょう…」
「お祖母ちゃん、」

普段見ない祖母の涙に莎弥は心がズキンと痛んだ。

「娘達を殺され、その上、託された莎弥ちゃんまでっ…莎弥ちゃんまで死んでしまったら…!」

天国の娘達になんと言ったらいいか、と声を出して泣き出した祖母の肩を何も言わずにソッと抱く祖父。いつもより弱弱しく小さく見える祖父母を見て莎弥まで泣きそうになる。そんな事があったなんで…知らずに我侭を言った自分が、お祖父ちゃんなんて大嫌いと言った自分はなんて愚かで情けない事か。莎弥は動いて祖父母の手に触れた。

「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、ごめんなさい」
「莎弥…」
「莎弥ちゃん…、」

顔を上げる祖父と祖母。

「お祭りには行かない、夜も出歩かない。これからはちゃんとお祖父ちゃん達の言う事を聞くわ」

だから、泣かないで。
莎弥が十五になるまであと二週間程…。どうなるかな分からないが、鬼の元へも行きたくないし、祖父母の泣き顔も見たくない。困らせるような事は二度と言わないと、莎弥はそう固く決意したのだった。

 


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