06


「楽しそうだな…」

ドンドンシャララン、ワイワイ、ガヤガヤ。
遠くから聞こえてくる祭りの音…時々小さな子供の笑い声が響いたりしてみんなとても楽しそうだ。今日は祭りの最終日…祖父母と夜出歩かないと約束したもののやはり祭りに行きたかったなと莎弥は庭が見える縁に座ってぼんやりと夜空を見上げていると。

「莎弥!!」
「煉獄さん…!」

訪れたのは煉獄。廊下をズンズンと歩いて来て元気良く「ただいま莎弥!」と言った。

「おかえりなさい煉獄さん、これから鬼退治に行くの?」
「いや、明日だ!明日の朝他の隊士と合流して向うのだ!だから今晩はこの家で世話になる!」
「そうですか…!」

祭りに行けなくて寂しかったが煉獄が居れば話し相手になってくれるだろう…煉獄が今晩泊まると聞いて莎弥は少し嬉しくなる。

「そう言えばここに来る途中神社の方が随分と賑やかだったが祭りか何か行われているのか?!」
「はい、豊作を祝う秋祭りなんです。夜は花火も上がるらしいから、煉獄さんも時間があるなら見に行ってみてはどうです?」
「それは良い!ならば莎弥、共に行こう!」
「えっ」

煉獄は莎弥の返事を待たずに彼女の手を取るとグイと立ち上がらせさぁ急ごうと玄関へと向おうとした。莎弥は慌てて煉獄の手を優しく振りほどくと煉獄はどうした?と言って立ち止まる。

「私は…行けません」
「何故だ?」
「えっと、お祖父ちゃん達に、夜は外に出ては行けないと言われてるから」
「そうか…確かに年頃の娘が夜出歩くのは危険だからな!」

煉獄は思いの他聞き分けが良くて腕を組むとうんうんと頷いた。莎弥としては祭りに行きたいから煉獄が誘ってくれてとても嬉しかった。だが夜は家の外には出ないと祖父母と約束したのでそれを破るわけにはいかない。

「しかし、それは祭りの日でも駄目なのか?!」
「…はい」
「俺が一緒でもか?」
「おそらく…」
「そうか…。莎弥は、祭りには行きたくないのか?」
「私は、」
「うん」
「…行かなくても大丈夫」

だが煉獄は祭りに行きたかったのか、それとも本当は行きたいと思う莎弥の気持ちを察してくれたのか。

「…よし!俺から御祖父に頼んでみよう!行こう莎弥!」
「あっ!待って煉獄さん!」

煉獄はパッと顔を上げると祖父が居る座敷の方へと向った。莎弥は慌てて煉獄に続くが煉獄のズンズンと進む足は早くて中々追いつけない。煉獄の気持ちは嬉しかったがそんな事を言ってしまえば祖父は困るはずだ…祖父に限って鬼殺隊に怒鳴り散らすと言う事はないだろうが、もし自分の事で言い合いにでもなってしまったら…。

「御祖父!」
「おや、どうなされた鬼狩り様」

莎弥の心配を余所に煉獄はスパンと勢い良く襖を開いた。煉獄の事を気に入っている祖父は読んでいた本から顔を上げてニコニコと煉獄を見上げる。

「腹でも減りましたかな?今ばあさまが準備をしているので少々待ちなされ」
「違うんだ、そうではなく御祖父に頼みがある!」
「はて、頼みとは?」

ようやく煉獄に追いついた莎弥が煉獄の後ろに立つ。慌てた表情の孫を見て祖父が二人してどうしたのだと思っていれば。

「莎弥と一緒に祭りに行ってもいいだろうか?!」
「え?」
「煉獄さん!」

簡潔に、真っ直ぐに、伝えたい事はハキハキと話す煉獄。祖父は一瞬眉間に皺を寄せそれに気付いた莎弥も止めようと煉獄の腕を掴んだ。

「私はいいから、お祭りは我慢出来るから」
「俺が莎弥と一緒に行きたいんだ!だから御祖父、頼む!莎弥から片時も離れないと約束するから祭りに行く許しが欲しい!」

まるで娘さんを嫁にくださいと言わんばかりの真剣な表情で話す煉獄。祖父が怒鳴る前に莎弥はなんとか煉獄を止めようとするが煉獄は構わず祖父の目をジッと見ている。私なんかのせいで煉獄さんが怒られるのは嫌だと莎弥が思っていれば。

「…分かりました」

祖父から出たのは、意外な返事。

「おお!」
「えっ…!いいの、お祖父ちゃん?」
「鬼狩り様にこうも頼まれては断りきれんからな…鬼狩り様と一緒なら、祭りに行って来てもいいよ。ただしあまり長時間は出ないこと。花火が終わったらすぐに帰って来なさい」
「ありがとう御祖父!」

莎弥の為に夜出歩く事を厳しく禁じた祖父だったがやはり孫の喜ぶ顔が見たかった。先程まであんなに暗い顔をしていたのに祭りに行く許しを得ると歳相応に喜んでパッと明るい顔になる。花火が上がる予定の時刻まであと一時間程…今から出ても長時間外に居る訳ではないしそれに信頼の置ける鬼殺の隊士と一緒ならば祖父も祖母も安心が出来る。花火が終わればすぐに帰ると約束を交わし莎弥は煉獄の腕を取り「早く行きましょう煉獄さん」ととても楽しそうにはしゃぐ。煉獄もそんな莎弥を見て嬉しいのか「うむ!早く行こう!」と言って笑っていた。

「あなた、いいんですか?莎弥ちゃんを…夜に外出させても…」

そんな三人の声を聞いて駆けつけた祖母は莎弥が煉獄と祭りに出かけると聞いて祖父にコソコソと耳打ちする。

「…鬼狩り様と一緒なら大丈夫だろう。莎弥も、あんなに嬉しそうにしているし」
「…そうですね、煉獄様になら莎弥ちゃんを任せられますね」
「あぁ。あの方は実力の有る鬼殺隊士だから」

夷隅家に来た時、いつも煉獄は莎弥と楽しそうに話してくれるし自分らにとっても気持ちの良い好青年だ。だから祖父母は煉獄の事を気に入っていて彼の実力が直柱候補と言う事も知っているから祖母も煉獄と一緒ならと納得が出来た。

「莎弥ちゃん、気をつけてね」
「うん!いってきますお祖母ちゃん!」
「煉獄様、莎弥を頼みます」
「ああ!任せておけ御祖父!」

そうして莎弥は祭りに行ける事になり、煉獄と共に賑わう神社の方へと軽い足取りで向って行った。



「煉獄さん!こっちこっち!この辺りが一番花火が綺麗に見えるって」
「おお!そうか!ならばここらで待っていよう!」

祭りの主な会場である神社はたくさんの人が行き交っていてそれはそれは賑やかだった。顔見知りの知人にも幾人か出会い莎弥ちゃんと声をかけてもらったりもした。そして祖父の友人の初老の男性に花火が一番良く見える場所を教えてもらったので莎弥と煉獄がその少し小高い丘の木陰で花火が上がるのを待っていたら。

「莎弥ちゃーん!」
「あ、桜ちゃん!」

莎弥の友達、桜が手を振り近づいて来て莎弥も駆け寄り二人は手を合わせた。

「莎弥ちゃん、おじいちゃんにお祭り行くの許してもらえたの?!」
「うん、この方…煉獄さんと一緒なら良いって言われたの!」

莎弥がそう言うと桜は「そんなんだぁ、良かったね!」と喜んでくれた。先日、せっかく一緒に行けると思ったのが駄目になって莎弥はごめんねと桜に謝った。だが桜は莎弥と一緒に行けなければ姉と行く事になったし、その事を気にはせずむしろ行けなくなって悲しそうにする莎弥が可哀想だと思っていた。だから条件付でも祭りに行ける事になって、莎弥の楽しそうな顔を見て、本当に良かったと思った。

「煉獄さん?…あら、素敵な方ね。莎弥ちゃんの恋人?」
「ち、違うよ?!」

それに桜は莎弥と一緒に来ていた煉獄を見てニコニコととても楽しそうにする。その人と一緒なら良いと言われるぐらいなのだから煉獄はそれ程莎弥の祖父母から信頼を寄せられている人物なのだろう。そして煉獄と言う男は莎弥にとっての何者なのだろうか、年頃で少しませている桜が気にならない訳がない。

「え〜?でも二人共とても仲良さそうだったけど…」
「そうじゃなくて…」
「何をコソコソと話しているんだ?!」
「れ、煉獄さん!」

そんな話でコソコソと盛り上がる女子二人に気付いて煉獄がすぐ側へとやって来た。なんでもないから、と誤魔化す莎弥をグイと押しのけ桜はキラキラと輝かせながら煉獄を見上げる。

「煉獄さんは莎弥ちゃんの恋人なの?」

桜は。両親から淑やかに育ちなさいと言われているが好奇心旺盛で行動的な娘である。初対面の煉獄にそんな事を臆せず聞いて、煉獄も驚いたのか目を丸くする。何言ってるの、と莎弥が顔を真っ赤にさせると。

「違う!!」

煉獄はハキハキとそう答える。キッパリと違うと否定されたがそれは事実なので莎弥はただい突然恋人なのかと問われ煉獄が嫌な顔をせずに居た事に良かったとホッとし桜は「なんだ…」とつまらなさそうに頬を膨らませる。

「だが俺はそうなりたいと思っている!」

しかし煉獄はより一層通る声でそう言ったものだから今度は莎弥の方が驚き、そして桜は「えっ!?」と一際目を輝かせた。

「も、もう行きましょう煉獄さん!桜ちゃん、またねっ!」
「莎弥ちゃん!今度話を聞かせてね!」

絶対よ、絶対だからね!!
これ以上この場に居たら桜から根掘り葉掘り煉獄の事を聞かれる事だろう。逃げるように莎弥が煉獄の腕を引いて木陰に戻れば無邪気な桜の声が背中に響いていた。焦る莎弥が可笑しかったのか、煉獄は呑気に笑っている。

「あの娘は莎弥の友達か?!」
「そうです、…もう、煉獄さん!なんであんな事を言ったの?」
「あんな事とは?!」
「…こ、恋人に、なりたいと思ってるだなんて…適当な事を言っては駄目よ」
「む!適当ではない、俺は…」

煉獄が言葉を続けようとしたその時。ドンと言う音と共にワァァと人々の歓声が上がった。

「おお!花火が上がったぞ!!」
「わぁ!とても綺麗!」

丁度花火が始まったのだ。真っ暗な夜空に美しく咲く花火…立ち止まって煉獄も莎弥を空を見上げる。花火は次々に打ち上がって夜空を鮮やかに染め上げていく。

「来て良かったな…!」
「はい!」

ドン、ドンと盛大に打ち上げられる花火。丘には煉獄と莎弥以外にも人はいるが穴場とだけあって数は疎らだ。神社の境内程人々の歓声は無く花火の大きな音に反して煉獄達の周りは割りと静か。花火が上がり始めて十数分が経った頃、煉獄はチラリと横目で莎弥を見た。莎弥は花火が見れて余程嬉しかったのかとても楽しそうに黙って空を見上げている。花火が咲く度に明るく照らされる莎弥の顔…。そんな莎弥を見ていると、煉獄の心は熱く高鳴った。藤の花の家紋の家である夷隅家に初めて来た日、あの日初めて莎弥を見た日から、煉獄は莎弥に想う事がある。

「…莎弥」

その想いを伝えるにはまだ早いだろうか、もう少し時間を掛けた方がいいだろうか。そんな事を考える自分はらしくないなと思う。いつもならパッと考え事も解決するのに、莎弥の事になるとどうも伝える言葉を悩んでしまう。だが今日はどうしても莎弥ともっと近づきたくて、煉獄は莎弥の手に自分の手を絡ませギュウと繋ぐ。花火に夢中だった莎弥は自分の指に煉獄の指が合わさった事に驚いてハッと顔を上げれば煉獄がジッと莎弥の方を見ていた。どうかしましたか、莎弥がそう言うが煉獄は何も答えない。

「あの、煉獄さん?」
「帰ろう」
「えっ?あ、は、はい」

花火はまだ終わってはいないが煉獄が歩き出したので手を繋いでいる莎弥も煉獄に続く。それから丘を下り神社を出て家までの道を歩いているが煉獄は一言も喋らない。

「…」
「…」

とても良い場所で花火を見れて莎弥は満足だったが、煉獄が何も話さないから知らないうちに機嫌でも損ねてしまったのだろうかと莎弥は思った。友達が突然質問したのが失礼だっただろうか、それとも自分が何か言ってしまったのだろうか。そんな事を考えていると。

「莎弥」
「はい、」

ピタリと立ち止まり煉獄が莎弥の方を向く。

「祭りは楽しかったか?」
「…はい!煉獄さんのおかげです。一緒に来てくれてありがとうございました」
「いや、礼はいらない!俺が莎弥と行きたかっただけだからな!」

良かった、煉獄は、いつもの煉獄だ。恩着せがましい事は言わずに「こちらこそありがとう」と言って莎弥に笑ってくれた。

「莎弥、俺は莎弥が思っている以上に今日はとても楽しかった!」
「そうですか、それなら良かった!私一人だけで楽しんでしまったと思ったから」
「そんな事はない!莎弥と一緒に見た花火、一生忘れる事はないだろう!」
「私も!」
「また来年も二人で見に行こう!」
「はい、そうですね!」

手を繋ぎ笑い合いながら歩く二人は恋人同士ではない。だがそれはまだ、そうではないだけ。そうなる事に、きっと、そんなに時間はかからないだろう。

煉獄杏寿郎と夷隅莎弥。二人の未来は、とても明るい。





「えーなにそれ」

そう、それは。

「せっかく莎弥に会えると思ってここまで来たのに男と手を繋いで歩いてるなんて酷い事するなぁ。しかもその顔…とっても可愛いし。そんな顔、俺意外の前でしちゃあ駄目だよ莎弥」

遠くの雑木林から莎弥を見つめる童磨と言う鬼が居なければ、の話だ。

 


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