09


いよいよ迎えた莎弥の十五歳の誕生日。
その日莎弥は年に一度の誕生日を存分に楽しんだ。昼間は親友の桜が自宅で莎弥の誕生日会を開いてくれて桜の両親からは彼らが仕事で浅草に行った際に見つけたと言う櫛を贈ってもらった。それは桜と揃いの兎の柄の入ったものだったから莎弥はとても喜んだ。

「ねぇ莎弥ちゃん、煉獄さんからは何か貰ったりしたの?」
「ど、どうして煉獄さんが出てくるの?」
「どうしてって煉獄さんは莎弥の恋人でしょ?」
「だから違うってば!」
「ふーん?でも誕生日は今日なんだし、何かあるかもしれないわよ?」
「…」
「え!?本当になにかあるの!?なにか約束したの!?ねぇ教えてよ!」

桜は相変わらず煉獄の事に興味津々で今日は彼との関係の事ばかりを聞かれていた。なにかあるの、なにか約束したの、と桜に言われて莎弥は思い出す。今朝桜の家に行く前に煉獄の鎹烏がやって来ていて、鎹烏によると煉獄の任務は無事終わったらしく本日の夜頃莎弥に会いに行く、との事だった。煉獄は莎弥が十五になったら伝えたい事があると言ったのを実行しようとしてくれているらしくあの日の事を思い出すと莎弥の顔は赤くなった。それを見て桜は更に楽しそうにしながら莎弥を問い詰めようとするのだった。



そんな誕生会も夕方になるとお開きになり暗くなる前に莎弥は家へと帰るのを急ぐ。夜は自宅で誕生会だ。祖母が腕によりを掛けて御馳走を作ってくれているはず、今日は莎弥ちゃんの好物ばかりを作るからねと言っていて祖父も莎弥には内緒で贈り物を用意してくれているらしいしそれに今年は、煉獄が来てくれる。莎弥は楽しみで楽しみで仕方がなかった。

そして丁度陽が落ちた頃莎弥は家に帰って来たが、莎弥はどこか普段と違う違和感に気付く。見た目はいつもと同じだがどことなく家がいつもより静かで妙にシンとしていて門をくぐり玄関の前まで辿り着くとツンと鉄の匂いがする。なんだろうと、莎弥が恐る恐る玄関の戸を開ければ。

「っ!!!」

見た事もない恐ろしい光景に莎弥は腰を抜かしそうになった。何故なら玄関の土間に一人の鬼殺隊士が胴を真っ二つにされて息耐えていたからだ。日輪刀を持ったまま目を見開いて血の海の中で死んでいる…彼は任務での傷の治療する為にこの家に来て辿り着いたが間に合わずに事切れたと言う訳ではないだろう…。

「ぐわあああ…」

すると座敷の方から祖父の悲鳴が聞こえた。莎弥はハッと我に返ると急いで家の中に入り座敷を目指す。途中廊下には、身体の一部が凍りついて死んでいる二人の鬼殺隊士が倒れていた。…一体ここで何が起こったと言うのか。

「お祖父ちゃん!お祖母ちゃん!」

人の気配を感じ座敷へと飛び込む莎弥。そこで目にしたものは。

「莎弥!!来てはいけない!!!」
「えっ…?!」

腕から血を流ししゃがみ込む祖父とそれを支える祖母、そして二人の前に立つ…。

「あっ!莎弥!!」

風変わりな帽子に着物、そして鋭い対の扇を持った笑顔の青年。

「あなたは…」

その青年に莎弥は見覚えがある。格好はあの時と違うが、それは、そう、少し前に夜道で出会ったあの優しい青年、童磨だ…。

「なんだ、本当に出かけてたんだね。てっきり嘘をついているとばかり思ったよ、ごめんごめん」

童磨はケラケラ笑いながら祖父母を見るが二人の険しい表情は変わらない。痛みと怒りで祖父は青年を睨みつけ祖母は青ざめた顔を上げて莎弥に叫ぶ。

「逃げて莎弥ちゃん!!」
「おっと。余計な事を言うのは止めてくれないだろうか」

鬼血術、蔓蓮華。
童磨はそう言うと氷の蔦を作り出し今まさに祖母目掛けて扇を振ろうした。それを食らうと間違いなく祖母は死んでしまう、童磨が加減したとしても怪我をしてしまう。その事が瞬時に分かり莎弥は血相を変えて大声を上げた。

「やめて!!!」

莎弥の声により童磨はハッと気付き攻撃を止める。そして莎弥の方を振り向くとニコニコとあの日のような優しい青年の面持ちで莎弥に一歩近づいた。

「莎弥、久しぶりだね」
「…」
「俺の事を覚えているかい?」
「…以前、家まで送ってくれた人でしょう」
「そう!そうだよ!ああ覚えていてくれたんだね!俺は嬉しいよ!」

童磨は余程嬉しかったのか頬を赤く染めて喜んだ。祖父母も莎弥も、少しも笑っていないのに一人場違いに笑っているのは童磨だけだ。

「でも莎弥、俺はそれ以前に莎弥に会った事があるんだ。莎弥はまだ小さかったから…覚えていないかもしれないけど」

覚えてはいない。だが十五歳になると鬼が自分を迎えに来ると言う事を祖父から話を聞いたので知ってはいる。そしてその鬼が今目の前に立つ童磨だと言う事も。

「莎弥、約束を守りに来たよ」

遂に、この日が来たのだと童磨を見て実感する莎弥。
祖父母はこの日の為に何もしてこなかった訳ではない、鬼が寄り付かないように藤の花の香炉を焚いたし柱ではないが階級の高い三人の鬼殺隊士に事情を話して孫の護衛をしてもらう為に屋敷に来てもらった。彼は夷隅家でよく世話になっていたので「そんな訳があるのなら」と快く祖父母の頼みを聞いてくれた、だが童磨は十二鬼月の中でも上弦の弐である鬼…柱でもない鬼殺隊士が敵うはずなどなかった。

「俺は莎弥が十五歳になったらお嫁に貰うと約束したんだ。今日がその日だよね?さぁ、一緒に行こう」

守ろうとしてくれた鬼殺隊士を三人も殺し、祖父の腕を切りつけ、そして祖母にまで攻撃しようとしたのに、童磨は場違いな柔らかい表情で莎弥に手を差し出す。莎弥は怒りと恐怖でわなわなと振るえながらギュウと拳を握り締め童磨を睨みつけた。

「…私は」
「ん?」
「あなたと約束した覚えなどありません…、だから、あなたの元にお嫁には、いきません」
「えー!?」

精一杯に勇気を振り絞り恐ろしい鬼に抗議する莎弥。困ったように眉を下げる童磨。

「でも俺は莎弥の両親と約束したんだよ?莎弥を俺のお嫁さんに貰ってあげるって、一緒になるって、ちゃんと約束したのに…」

ひどいなぁ。
童磨はそう言うと悲しそうな顔をした。だが。

「一度交わした約束を破る気かい?」

そう言って莎弥の方をジッと見つめると、莎弥だけではなく祖父母にまでビリビリとした空気が伝わった。祖父も祖母も互いの命より孫娘である莎弥の事を守りたい、今すぐに庇うように莎弥の前に立ちたいが鬼の威圧感のせいか動く事は出来ない。莎弥もまた童磨から目を反らす事も出来ないまま恐怖で身体が強張った。そんな莎弥に気付いたのか。

「…ごめん、莎弥」

童磨は柔らかな表情に戻り申し訳無さそうに莎弥を見た。

「怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ…俺は莎弥と一緒になるのを楽しみにしていただけなんだよ…」

そしてまた一歩莎弥に近づいてくる。

「聞いて莎弥、俺は本当に莎弥と一緒になりたいだけなんだよ?」

童磨の莎弥に対しての言葉遣いはとても優しくて、先程一瞬睨みつけるようになってしまった事を童磨は心底申し訳無さそうにしながら莎弥のすぐ前にまでやって来ると、ソッと莎弥の頬に触れようとする。

「やめて!!!」
「莎弥に近づくな鬼め!!!」

それを見て同時に声を上げる祖父母。そちらの方を振り向く童磨。

「…ねぇ、どうしてそうも俺の事を悪く言うんだい?君達は実の娘の幸せも願ってあげなかったかったんだろう?莎弥は俺と一緒になる事が幸せなんだ、なのに何故その邪魔を?せめて孫の幸せぐらい願ったらどうなんだい?」
「幸せだと!?莎弥の幸せがお前と一緒に居る事だなんて有り得る訳がないだろう!!莎弥にはこれから明るい未来が待っているんだ!お前達鬼は人間を喰い物としか見ていないくせによくもそんな事が言えたものだ!!」

叫ぶ祖父の言葉を聞いて童磨は大袈裟にため息をつく。

「…そうか、分かったよ。莎弥、君のお祖父様とお祖母様は俺の愛を勘繰っているようだ」

そして、俺が悪かったよ、と言いながら童磨は両手を広げた。

「正直に話そう!実は俺ははじめ莎弥を喰ってしまう気でいたんだ!」

童磨の言葉に莎弥は固まる。

「人間には分からないだろうけど莎弥はおそらく稀血と言うやつで鬼にはたまらなく美味そうに見えるんだ!鬼にとっては五十人、百人の人を喰うのと同じぐらいの栄養があってね、だから俺も赤子の莎弥を見た時、大きくなって頃合になったら喰ってしまおうとそう思っていたんだよ!」

お嫁に貰うだの、一緒になりたいだの、あんなに熱く語っていたのに結局はじめは莎弥を喰う気でいたと悪びれる様子も無く言う童磨を見て祖父はわなわなと怒りで震えた。

「でもね!長年莎弥を想いながら過ごすうちに喰おうと言う気持ちは無くなってしまったんだ…どんな味かな、美味しいかな、もう喰ってもいい頃合かな、そう思っていたのが莎弥に会いたい、口付けたい、この腕で抱き締めたい、莎弥、莎弥…」

童磨は当時の事を思い出しているのかまるで苦しい胸を押さえるように辛そうに目を細める。莎弥は名を呼ばれる度に頬に汗がツウと伝った。この声…童磨のこの声…ああこれは夢の中で自分を呼んでいた男と同じものだ、童磨はずっと夢の中で莎弥に会いに来ていた、莎弥を逃がすまいと、莎弥の元に通い続けていたのか。

「十数年の会えない間、莎弥の事を想っていたら莎弥に恋をしてしまったのさ!これって純愛だとは思わないかい!?」

その想いを純愛だと思えるのは童磨本人のみだ。祖母も莎弥も童磨の言う事が理解出来ない、この鬼は、何を言っているのだ、そう思い動けずにいる。その時祖父が転がっていた日輪刀を手にし童磨に飛び掛った。

「莎弥をお前なんぞに渡しはしない!!!」
「おっと」
「ぐっ…あ、」

だが童磨に当たるはずもなく、童磨は軽々と祖父を避けて扇を振って祖父の肩から血が吹き出た。あなた、お祖父ちゃん、と祖母と莎弥が叫ぶ。

「やめろ!!」
「ん?」
「水の呼吸捌ノ型滝壷!!!」

すると突如響いた男の声。彼は…廊下で倒れていた鬼殺隊士の一人だ。

「ああ、まだ死んでなかったの?」

死んでいると思った彼はなんとか一命を取り留めていて必死に力を振り絞り莎弥らを守ろうと攻撃を出すが童磨はアッサリとそれを受け止めた。

「水の呼吸…」
「血鬼術、枯園垂り」

生きてはいたが隊士の傷はとても深く酷いもので動けるのがやっとで、そんな状態で童磨に敵うはずもなく童磨の攻撃が日輪刀を握る隊士の腕をザクリと切りつける。

「ぐ、うあ…!」

膝を付く鬼殺隊士…見下すように笑う童磨はとどめをさそうと扇を振り上げニコリと笑う。祖父がやめろと叫ぶが童磨は聞き入れる様子もなく腕を振り下ろそうとした。

「もうやめて!!!」

そこに響く莎弥の悲痛な叫び。そこでようやく童磨の動きがピタリと止まった。

「こ、これ以上…人を殺さないで!お祖父ちゃんも、お祖母ちゃんも、鬼狩り様も、誰も殺さないで…」

飛び交う血、傷つく祖父や鬼殺隊士、人を殺すのを躊躇わない恐ろしい鬼…。十五の若い娘にとって今目の当たりにしている光景はあまりにも残酷で、人が死ぬのを見たくなくて莎弥は涙を流しながら童磨に必死で懇願していた。

「お願いだから…」
「莎弥」

童磨は莎弥の目の前に来るとソッと手の平で包むように優しく莎弥の頬にクイと自分と目が合うよう顔をあげた。

「そんなに悲しそうな顔をしないでおくれ。俺は莎弥の事を悲しませたい訳ではないんだ、莎弥がそんな顔をしていたら俺まで悲しくなってしまう…。俺はただ約束を守りに来ただけなんだよ?莎弥が一言一緒に行くと、約束を守ると言ってくれたら酷い事なんてしないのに」

そしてその手を離すと両腕で莎弥をギュウと抱き締めた。煉獄の腕の中と違ってひどく冷たい童磨の体温…莎弥はもう震える事も出来ぬまま動けずにいる。童磨はそんな莎弥の耳元にソッと顔を寄せて小さくソッと呟いた。

「ねぇ莎弥、莎弥が約束を守ってくれるのなら俺も新たな約束をしてあげる。俺と一緒に行こう?そうしたら莎弥のお祖父さん達を殺さないと約束するから、ね?」
「…」
「莎弥一人が言う事を聞くだけでこの場に居る人達が助かるんだよ?莎弥はお祖父さんとお祖母さんの事が大好きなんだろう?鬼狩りにも死んで欲しくないんだろう?」

それは十五になったばかりの莎弥にとってあまりにも酷な選択肢。祖父母達の命は救いたい、だが鬼と一緒になど行きたくはない。莎弥は答えが出ずにいる。

「莎弥」

だが耳元で囁かれる童磨の声を聞いて、ああ、どんな事をしてもこの鬼からは逃げられない、と莎弥は思った。夢の中にまで現れて莎弥に執着する鬼…もし今この場からどうにかして逃げ出す事が出来たとしても鬼は莎弥を手に入れるまでいつまでもいつまでも追いかけてくるだろう。それに逃げ出しでもしたら間違いなくこの場にいる祖父母達は…殺されてしまう。

「莎弥、行こう?」

だから鬼殺隊士のように鬼と戦える力を持っていない莎弥にとって。

「…分かりました…」

童磨の言う事を大人しく聞く事だけが、祖父達の命を救う術だった。

「よし!莎弥はとっても良い子だね!そうと決まればさぁ行こう!早く二人の愛の巣へ帰ろうね!」

それからは、あっと言う間だった。

「待て!!!莎弥をどこに連れて行く!!!」
「莎弥ちゃん、莎弥ちゃあん!!!」

項垂れる莎弥の手を引き去ろうとする童磨を見て血相を変える祖父母。腕を抑えながらも祖父は立ち上がり祖母も両手を伸ばして莎弥の方へと向ってくる。莎弥との約束があるからか童磨は祖父母に攻撃はしなかったが莎弥をヒョイと抱えると目くらましのような凍りの霧を出した。

「莎弥!!莎弥!!!」
「莎弥ちゃあん!!!」

響き渡る祖父母の悲鳴。そうして莎弥は祖父母に別れの言葉も告げれぬまま、約束通り、童磨は十五になった莎弥を迎えに来て、そして一緒に夷隅家から姿を消した。

連れ去られる間、童磨に抱かれながら莎弥は祖父母の事を思った。
お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、ごめんなさい。私のせいでこんな事になって、ごめんなさい。私は両親の事を知らないから、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの事、両親以上に大好きだったよ。お祖父ちゃんお祖母ちゃん、私を今まで育ててくれてありがとう。

そして。

「…煉獄さん」
「ん?何か言ったかい莎弥」
「…」
「ああ気のせいか、ごめんね。疲れているのなら眠ってていいよ、うちについたら起してあげるから。可愛い莎弥、これからの暮らしが楽しみだね」

煉獄さん、煉獄さん。約束を守れなくてごめんなさい。伝えたい事があると言ってくれたのに、それは聞けそうにもありません。ああ、煉獄さん。煉獄さんには、もう二度と会えないのでしょうね。煉獄さん、最後にひと目会いたかった。煉獄さん…。

「煉獄さん、大好きでした…」

もう届かぬその想い…莎弥は眠りに落ちながら煉獄への想いを夢の中で呟いた。もう二度と会えないのなら、せめて、時々でもいいから、夢の中で会えますようにと願いながら、莎弥は童磨に身を委ねゆっくりと目を閉じた。

 


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