08


「はぁ」
「どうなされたのですか教祖様、ため息など付かれて」
「ちょっと嫌な事があってね…」

俺が大袈裟にため息を付くと教団の幹部の男が「嫌な事とは?」と心配そうに俺を見てくる。

「まぁ、ちょっとね」
「教祖様がため息だなんて、余程の事があったのですね」

余程の事?ああそうさ、ため息も付きたくなる程の事があったんだ。だって自分の婚約者が余所の男と手を繋いで夜道を歩いているんだぜ?もしかしたら少しでも話せるかもしれないと楽しみにしながら行ったのに、よりにもよって鬼狩りの男なんかと楽しそうに話しているんだ。それを見て嫌にならない男なんて居ないだろう。

「教祖様が心配です、私共に出来る事はありますでしょうか」
「なら一人にしておくれ。考えたい事があるんだ」
「わ、分かりました」

俺が少し不機嫌そうな顔をしてそう言えば男はそそくさと部屋を出て行った。あーあ、疲れた。信者の話を聞くのも面倒くさい。今までこんな事思いもしなかったのに、これも全て可愛い可愛い莎弥のせいかな?もうじき一緒になれると思うと楽しみで待ちきれない…早く莎弥に触れたくて仕方がないよ…。

嗚呼、愛しい莎弥。
君に最後に触れたのはいつだっただろうか。
最後に触れたのは…そう、もうすぐ十四年前になるんだね…。





「どうか、どうか我らを助けてくださいませ教祖様…」
「おやおや可哀想に。随分と辛い目に遭ったんだね」

うちの寺院にやって来た莎弥はとても小さな赤ん坊だったね。親に結婚を認めてもらえなかった両親に連れられ救いを求めて俺の元にやって来たんだっけ。俺の万世極楽教は可哀想な人々を受け入れていたから莎弥達家族も俺の寺院で生活するようになって安息の時を手に入れたようだった。両親以外に抱かれても泣く事はないし、誰にでも笑ってくれる可愛らしい莎弥は信者達の人気者だったね。父親の名前は忘れてしまったけど母親の名前は確か八重…だったか。美人だし肉も柔らかそうだしいつか喰ってしまおうと思っていたから覚えているよ。

「ん?二人してどうしてそうも浮かない顔をしているんだい?」
「教祖様…」
「何かあるなら言ってごらん。俺が話しを聞いてあげるよ」
「実は…その、」
「うん」
「…私達は、不安なのです」
「不安?」
「はい、悩みがあるのです。その悩みとは莎弥の事なのです」

寺院に来てから半年が経った頃だろうか。幸せそうに過ごしていた莎弥の両親だったけど二人は悩みや不安を抱えていたんだ。それは、莎弥の事さ。実はその頃になると八重は病にかかっていて身体がとても弱くなっていた。父親も元猟師だと言うけれど最愛の妻が体調を崩しそれを思う心労からか自分も身体の調子が優れないようだった。だからもし自分達に何かあれば莎弥が一人残されてしまう、自分達には頼れる身寄りがいない、そうなると莎弥が可哀想だ、その事が不安で不安で仕方がないと二人は涙を流しながら言っていた。馬鹿だよねぇ、いくら身体が弱いとは言えすぐに死ぬ訳ではないしそのうち莎弥も大人になれば結婚して家族も出来るかもしれないのに、そんな事まで考える事が出来なかったんだろうね。夫婦揃ってひどく悲しい顔をしながら言うものだから、俺は不憫で仕方がなくてこう言ってあげたんだ。

「じゃあ、莎弥が大きくなったら俺がお嫁さんに貰ってあげるよ!」
「えっ!!」
「俺が莎弥と一緒になると約束してあげる、そうすれば莎弥が一人になる事はないし俺が莎弥の旦那さんになるのなら、それなら二人も安心だろう?」

俺がそう言えば八重もその夫も驚いてポカンとしていた。

「ん?嫌なのかい?」
「い、いいえ、いいえ!あまりにも光栄な事だったので言葉を失くしてしまって…!」
「莎弥を教祖様に貰っていただけるなんて、それは本当なのですか?」
「ああ本当さ、君達二人が望むならばだけどね」
「勿論でございます!!!」

その頃の二人は万世極楽教の熱狂的な信者だったから、教祖である俺に自分達の娘を貰ってもらえるなんてとても喜ばしい事だったんだろう。悲しい顔はどこへやら、二人ともそれはそれは嬉しそうにしていたよ。

「じゃあ、約束だね。今日から俺と莎弥は婚約者だ!将来が楽しみだね!」
「はい、教祖様!」

俺はその時、確かに莎弥の両親と約束したんだ。莎弥をお嫁さんにもらうと、莎弥は俺の婚約者だと。これは俺の嘘じゃない、証人はいないけど、約束を交わした事は、事実なんだ。

だけどある日、八重とその夫に信者を喰っているところを見られてしまった…俺の正体が鬼だと言う事がばれてしまったんだ。二人は寺院を飛び出した、あろうことか莎弥も一緒に。おいおい莎弥を連れて行くのはやめておくれよ、莎弥は俺のものなんだ、どこかへ行くのなら二人だけにしておくれ。

「あ、あなた!!」
「逃げろ!逃げるんだ!莎弥を連れて遠くへ逃げろ!立ち止まるな!行くんだ八重!」

あの時の莎弥の父親はかっこよかったなぁ。鬼狩りではないから鬼を殺せる術を持っていないのに必死に俺に立ち向かって来たっけ。俺の血鬼術をどんなに食らっても倒れる事なく抗って、ようやく息の根が止まった頃には八重と莎弥は随分と遠くまで行っていたよ。まぁ、結局それは無駄な努力だったけどね。母子に追いついた俺は莎弥を返してくれるよう優しく八重に頼んだんだけど八重は全然聞いてくれなかった。

「落ち着いておくれ八重、俺は何も無茶な事を言っている訳ではないだろう」
「何を言っているの?!娘を…莎弥をあなたなんかに渡しはしない!!あなたは教祖の皮を被った…恐ろしい鬼よ!!!」

八重は冷静さを失っていて狂ったように、娘は渡さない莎弥に触れさせはしないと叫ぶんだ。八重は俺の血鬼術で傷つきながらも走り続けて遂には自分の家へと辿り着くことが出来た。まぁその頃には生きているのが不思議なくらい八重はボロボロだったんだけどね。八重の両親も約一年振りに会う娘との再会がこんな事になって、とても辛かっただろうなぁ。でも悪いのは俺じゃあない、悪いのは八重の両親だ。自分達がいつまでも八重とその夫の結婚を認めなかったから二人は姿を消したんだろう?強情を張らずに一緒になる事を許していれば二人が駆け落ちする事も、俺の寺院に来る事もなくて俺とも出会わなかったのに。せめて孫娘を連れて行くのはやめてくださいと祖母が叫んでいたっけ…俺は慈悲深い男だから祖父母と孫娘が過ごす時間を与えてあげたんだ。でも時が来れば迎えに行くよ。だって莎弥は俺のお嫁さんになると約束したのだから。それは莎弥の両親と交わしたのだから。可愛い莎弥は俺のものさ…。

ねぇ、莎弥。
莎弥は約束は守る方?俺はね、交わした約束は必ず守るよ。だからこれまで我慢してきたんだ。会いたい気持ちを抑えてきたんだ。莎弥が夢に出てきた事もあったよ?夢の中で莎弥が泣くんだ。童磨様に早く会いたいって。嗚呼、可哀想な莎弥。俺だって会いたいよ。会いたくて会いたくて堪らないよ。莎弥の事を抱き締めたくてたまらない。我慢させて、辛い思いをさせてごめんよ。必ず迎えに行くからね。莎弥が十五になったその日に、莎弥の事を迎えに行くよ。明日は莎弥の十五歳の誕生日だね。ようやくこの日が、二人が夫婦になれる日が来るんだね。可愛い可愛い俺の莎弥。嗚呼、明日が待ち遠しいね。早く、明日にならないかなぁ…。

 


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -