可哀想なあの子 | ナノ
08

「夜留子」
「…」
「夜留子」
「…童磨、様」
「ああ、起きたようだね」

良かった、と童磨はようやく目を覚ました夜留子の頬に優しく触れた。布団に横たわる夜留子の意識はまだぼんやりとしていて覚めたばかりの目で童磨を見つめる。

「…私、口から血が」
「おっと!まだ起き上がってはいけない、ゆっくり寝ていないと」
「でも」
「でも、じゃないよ。安静にと医者にも言われたからね」

昼間幹部からの報告を受けて童磨はそれはそれは驚いた。だっていつものように信者の話を聞いてひと段落ついたと思っていたらバタバタと騒がしい足音がする。何事だろう、騒がしいなぁと思っていれば部屋に駆け込んできた幹部から「教祖様!!夜留子が、夜留子が血を吐いて倒れました」と言う予想だにしない事を言われたのだから。日の光を浴びれない童磨は外に出れないから少し慌てながらもとりあえず夜留子を自分の部屋に運ぶよう幹部に指示した。その後別の幹部に医者を呼びに行かせ、時間はかかってしまったが村の医者が来てくれて夜留子の処置をしてくれた。

「お医者様を呼んでくださったのですか」
「うん。俺は教祖様だけど医者ではないから、夜留子の症状が分からないからね」
「そうですか…」

げっそりと疲れ果て、夜留子はどこか遠くを見ている。

「童磨様」
「ん?」
「私は何と言う病気なのですか」
「病気じゃないよ、ただの風邪さ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃないよ」
「童磨様」
「…なんだい」
「本当の事を、教えてください」

人の気も知らずにニコリと笑う夜留子が、童磨は少し憎らしく見えた。いつもなら愛しくてたまらなかった夜留子の微笑み…だが今の童磨にとってはとても残酷なものだった。

「…夜留子は…」

嘘をつけば、適当な事を言ってしまえば、良かったのかもしれない。だがそれをしなかったのは夜留子に嘘は付きたくないと、童磨が思ったからだろうか。

「今の医療では、治す事の出来ない…不治の病らしいよ」

童磨は先程言われた医者の言葉を思い出す。
倒れた夜留子を心配する童磨や幹部らを余所に病人は見慣れているのか医師は淡々と夜留子を診察していて一通り看てしまうとこうもあっさり「こりゃあ結核ですな」と言った。そして「この娘の体力も無さそうなので、まぁ、半年も持たぬでしょうな」と続けたのだ。

「夜留子のその命、あと半年なんだって」

医者がこうもあっさり言うのだから童磨は腹が立って、こんな山奥にまでわざわざ来てくれたのだからお礼をさせてくださいと言って奥の部屋に連れて行き医者を喰ってしまった。家族が居ても知ったこっちゃない、何か言われても帰りに道に迷ったのか、それとも鬼に出くわし喰われてしまったのじゃないかとか、適当に理由をつければ良いだけだ。

「そうですか…」

風邪にしては随分と長引くし近頃すぐに疲れを感じてしまうと思ってはいたが…まさか結核だったとは。だがその病名を聞いても夜留子は淡々とするだけだった。それとは反対に童磨はとても悲しそうな顔をした。眉間に皺を寄せ目を細め哀れな娘を辛そうに見つめ夜留子の手をとりギュウと握る。

「咳が出て辛かっただろう?でもこれからもっと酷くなるよ…」
「はい…」
「青ざめた顔で布団に横たわる夜留子を見るのはとても辛いよ」
「童磨様…」
「医者は治らないって言ったけどね、俺、一つだけ楽になる方法を知っているんだ」

童磨は医者ではないから夜留子の病は治せない。だが夜留子を、病に苦しめられることのない身体にする事は出来る。

「夜留子も鬼になろう」

それは夜留子を自分と同じように鬼にする事。鬼になれば頚を斬られたり日の光を浴びたりしなければ死ぬ事は無い。

「俺なら夜留子を救う事が出来るんだ。医者には出来なくても俺には出来る。鬼になればずっと一緒に居れるよ?」

病で死ぬ事は無くなり、そして童磨ともいつまでも一緒に居れる。

「夜留子が死んだら離れ離れになってしまう。前にずっと一緒に居ると約束してくれただろう?俺はいつまでもいつまでも可愛い夜留子を見ていたいんだよ、死んでしまうなんて俺は嫌だよ」

夜留子はきっと「はい」と言ってくれる。いやきっとじゃない、必ず「はい」と、鬼になると言ってくれるだろう。鬼になったら人を喰べていかねばならないがはじめこそ戸惑っても慣れてしまえばなんて事ない。それは鬼にとってごく普通の生業だから罪悪感は無くなり苦ではなくなる。人間のまま病で苦しむよりもずっと楽だ。それに夜留子は童磨と一緒に居てくれると、どこにも行かないと、ずっとずっと一緒だと約束してくれた。だか童磨は安心しきって、今すぐにでも鬼にしてしまおうと身構えて夜留子に笑いかけた。

「童磨様…」

しかし、夜留子は。

「私、鬼にはなりたくありません」

鬼になる事を望まなかった。

「どうして?このままだと死んじゃうよ?生きたくないの?」
「鬼には、なりたくないのです」
「…うん、そうだよね。急にそんな事を言われたのだから夜留子も困惑したんだよね。ううん、いいよ、ゆっくり考えておくれ」

夜留子の返事に童磨は一瞬ポカンとしたがいつもようにニコニコと笑いなおしそう言った。そうだ、突然鬼になろうなんて言われてもすぐに返事なんて出来ないだろう。今はまだ病の症状も重くないし自分が死ぬと言う事に関してピンとこないから夜留子は鬼にはならないと言っているだけだ。童磨は自分にそう言い聞かせた。



だがそれから童磨は毎日毎日夜留子に会う度に鬼になろうと言ったが、夜留子が一度も「はい」と言う事はなかった。

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