スエヒロに案内されたのは、男女別の部屋だった。翌日からは革と巳束は、ここで初めて別々のことを行なうことになる。

「巳束、無茶するなよ」
「大丈夫だって、革。意外に心配性だね」
「心配するのは当たり前だろ」

翌早朝、労働服ともいえる作業着に着替えて巳束はコトハと織物工房へと向かい、革やカンナギ、カナテは石切り場へと向かった。

「俺、働くの初めてさー」
「俺も」

革は巳束とコトハと離れてしまったことを心配していたが、ヒルコ邸であった“スエヒロ”にボケっとするなと背中を叩かれてしまう。スエヒロが革たちを監督するといい、ここは長く詳しいので任せておけという。
働いた時間(ブン)は首に掛けた認識札に数が出て、その分を花降と交換するとのことだ。働く意欲を出す革とカナテは示すが、カンナギは神鞘の自分が、っと溜め息を漏らしていた。

石を削り、丸太を運び、石を叩き、ただひたすら働く。陽が暮れてもひたすら働けば、夜になっていた――

「ちょっ、スエヒロさん!ここの労働基準法は…」
「ハイ“13”ね。じゃ、休憩分抜いて花降銅12枚分!」
「銅!?」
「あ、銅100で銀1枚渡すから」
「ガチで!?」

スエヒロに革が告げれば、本日分の労働に関する花降を伝えた。銅が100枚で銀1枚、簡単に考えて10時間、10日間働いてやっと銀1枚になるということだ。
過酷な労働にカナテは口から、己の魂を出して放心状態になっていた。革は天に召されそうだよと訴えるが、体よくあしらわれてしまう。銀100枚、集まるまで何日かかるか、途方に暮れそうな思いに革は涙する。

「…しょうがない。特別にお前らにてっとり早い、仕事を紹介しよう」

革たちはスエヒロの後について行くように、屋敷まで戻っていた。屋敷の中の一角、薄暗い廊下を通り竹で造られた壁の前にしゃがむようにと言われる。そして、仕事の説明がされる。

「え――――っ、一回で“銀”1!?」
「シッ!これが難易度の高い仕事でね、必要なのは“平常心”すなわち、激しいまでの“自分との戦い”が要求される…」

仕事の内容に、革は唾を呑み込んだ。スエヒロに、壁にある小さな天窓のような覗き穴から見ろと言われる。そこが職場であると。


「……!!」

「こ…っ、これは!!」


その頃、ちょうど巳束とコトハも仕事がひと段落して屋敷に戻っていた。労働後には、汗を洗い流したいもので屋敷の中に大浴場があることを聞いた巳束とコトハは向かうことにした。そこに革たちがいるとは露知らず。


「おい、アラタとカナテ?」


覗き穴から見えたものは、それは幾人もの女性が体を洗っている光景であった。湯の流れる音と桶を使う音。大浴場を覗き見てしまったことに、鼻血を垂らし2人は床に伏せてしまう。
スエヒロは、お構いなしにその仕事は“サンスケ”であると熱意に満ちた声で告げた。背中を流す高度な技術と、裸の女性客の肌に直接触れなければいけない、究極の仕事。

「誘いをかける女がいても、振り切り、冷静さを保たねばならん過酷な――」
「おい、聞いてないぞこっちの2人」
「あ、疲れてるならやめても…」
「イエ!僕、もうどうしちゃったのってくらい元気です!!」
「僕、この仕事に巡り合うために生まれてきました!!」

カンナギの声によって、革とカナテが伏せてしまっていることに気付いたスエヒロが、止めるかと訊くが革とカナテが立ち上がる。
革は手をブンブンと振って、カナテは手を高く掲げ、やる意欲を示せば、2人はお互いの目で火花を散らした。

「(カナテ!?おっま、普段コトハ、コトハと言っときながら!!)」
「(アラタ!!てっめ、最近ミツカと親しいくせに!!やんのか、ああ!?)」

取っ組みでも始まりそうな勢いだったが、カポーンっと聞こえてくる音に革とカナテは頭を切り替えた。ここはひとつ、金のためと2人は固い握手をして。それを見ていたカンナギは鼻で笑う。

「アホらしい、俺は遠慮するぞ。第一、女の背中を流すより流されてるからな」


革とカナテは暖簾の前で佇み、スエヒロの言っていたことを思い出していた。客の目印は札であり、番号順に回る。順序を間違わず、お客を待たせない。

「うまくこなして、札を受け取った数が“銀”の数ってワケさ!」
「そう、これはヒルコへ近づく“仕事”行くぞ!!カナテ、偶数札は任せたッ!!」

奇数札を見つければ、革はサンスケの仕事を行なうために女性の背中を洗い流す。一に正常心!二に正常心!!三に正常心!!の心で女性から声を掛けられて、革は正常心を繰り返していた。
首にたまっていく札の数と仕事への喜びに充実感を得ていた。これなら軽く銀100枚もいけるんじゃないかという実感だ。

「あとは札は…」

次の札が置いてある客へと革は目をやるが、裏面を向けて置かれているため それが奇数なのか偶数なのかが分からないでいた。
そこへ、今までの担当した客が若い女性ではなかった偶数を担当していたカナテが走り出してしまう。この際、札はどちらでもいいと。その勢いに革もカナテを追いかけるように走りだす。
2人は濡れた床に足を取られて、滑って転倒してしまう。カナテは桶へと衝突し、革はぶつかった勢いで女性を押し倒してしまう。

「……てェ」
「ちょっとぉ〜」
「す、すみませんっ…」

女性の顔の横に両手を付いて革は謝るが、なかなか動こうとしない。ぴたっと近くで止まった足音が聞こえ、顔を向ければ、そこには体を隠して俯く巳束が立っていた。

「えっと、巳束!!これは、その!っ…」
「コトハ!桶っ!」
「あ、ハイ!桶だよ、巳束!」
「ありがとう、コトハ!」

ニッコリと笑って巳束は力の限り腕を振りかざし、コトハから貰った桶を革に向けて投げつけた。ガンッという音がその威力を物語っていた。

「行こっ、コトハ」

「あ、うん……」

「や…、これっ、違…っ…」


結局、集まった銀もスエヒロに紹介料として持ってかれてしまい革の手元に残ったのは銀1枚と巳束への誤解だった。




労働とは過酷なもの

<<  >>
目次HOME


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -