「“花降”銀1枚…、あれだけ働いてこれだけかァ。しかも巳束に誤解され…」
宿所として宛がわれた大部屋で、革は竹筒のベンチに腰を掛け溜め息を吐いていた。銀100枚を提示されている属鞘ヒルコまでの道のりは遠く、確実に誤解を招いてしまっていることに溜め息しか出てこない。
「よぉ 少年っ、おつかれっ!!」
バンッといい音を立てスエヒロは革の背中を叩き、同じようにベンチに座る。ちなみにカナテはすでに、くかーっと鼾を掻いて床に伏せていた。
「ケホッ、スエヒロさんっ!?」
「どうだ、ここ“スズクラ”は?…なに、仕事ならすぐ慣れるって!ときに、少年!あーと、名前なんだっけ?」
「ア…いや、ヒ…“ヒノハラ”!」
「よし、ヒノハラ!お前連れの ちょっときつめのあの娘って、コレだろ?ん?」
スエヒロは革の首に腕を回して、もう片方の手の小指を立てて革の目の前に見せ付ける。スエヒロのいうのは巳束のことだ。サンスケでの一連を視察していたので、少しきつめと判断したのだろう。
「いっ、いや〜あの〜…」
「かくすなって!お兄さんがイロイロ指南してやるから」
「指南(アドバイス)?」
「――あの夜行蝶を見ろ…」
照れる革をからかう様にスエヒロは楽しそうに周りを飛ぶ蝶に目を向けて、口元の前で手を組んだ。
「うわ〜キレーイ。ね!ヒノハラ!……と、なった場合に適切な“彼女にかけるべき言葉”は次のうちどれ!!」
“一、ホントキレイだね”
“二、君のほうがキレイだよ”
“三、君の瞳の輝きはこの蝶を万集めても、かなわない神秘の光さ”
指で数を表して告げるスエヒロのいきなりことに声を上げつつも、戸惑いながらも“三”かなと答えた。スエヒロは眼鏡を直し、ふっと鼻で笑う。
「正解は二!!“三”までいくとクドイ!!作りすぎたセリフは、引かれる可能性大!!女は直球でホメたたえるべし!!」
革はその答えに納得をして、拳を強く握る。直球で行けばいいんだなと。そして石切り場と巳束が働いている織物工房は近いと教えてもらう。
「スエヒロさん…実はいい人っスね」
「ちなみに。恋愛相談料は銀1枚でお受けしております!」
人の良さと思いきや、手に持っていた銀をスエヒロに奪われてしまう。そのスエヒロに俵型の小ぶりな枕がボンと当たる。話を聞いていたカンナギが、耐え切れず話に割り込んだのだ。
「いいかげんにしろ。人をうまく乗せて儲けをくすねるな、貴様!」
「カンニャギ〜、もっと言って――」
「え?」
革の言葉に、スエヒロは声を上げた。身分を隠しているのにバレてしまったのではないかとカンナギは心配になる。
「…これは俺の商売だよ。世の中に“ただ”なんてものはひとつもないんだぜ、カンニャギさん?」
「…我々はお前みたく、ここに長居する気はない。花降銀100以外に“ヒルコ様”に近づける方法はないのか?」
「…ないね――。ヒルコ様も金のない人間は相手にしない」
カンナギの問い掛けに、金以外無いときっぱり答えれば革に花降“銀”1枚を返した。
「…人間(ヒト)の心は変わる、けれど金は決して裏切らない…。なーんて月並だけどな」
言うだけ伝えれば、スエヒロは“ヒルコ様の情報、花降銅20枚分”差し引いておくとからと“カンニャギさん”と言い残してその場所を後にした。
翌早朝、再び仕事は始まった。中々、貯まらない花降に休憩中に他の人たちにヒルコに直接会う機会はないのかと訊いた。
だが、ヒルコは上座に何年も鎮座したまま部屋から一歩も出ないと教えてもらう。劍神でこの街を治めて周りの人間を動かすのみで、自分は動かないそうだ。
「巳束、大丈夫?重くない?」
「これぐらいは、大丈夫だよ」
沢山の布が入った籠を両手で抱えて石切り場の通りを歩けば、崖下でひと息入れている革たちがいることに気付く。一緒に働いている女の子たちも同じように革とカナテに目をやった。
昨日見た、風呂屋のサンスケの子だと。腕は未熟だけど顔が可愛いので札を渡してしまったと話している。それを複雑な気持ちで巳束は聞いていた。
「あ、こっち見た」
「ホント!今夜もこないかしら」
見上げる革と巳束は目が合ってしまうが、その視線から逃れるように、水洗い出来る場所へと足を向けた。コトハは少し気にしていたが、コトハはコトハの仕事があるので別の場所へと移動した。
(革が、ああなのは今に始まったことじゃないんだけどな。気にし過ぎだよ、私)
水に布を浸けて、手荒らしをするが水面に映る自分に巳束は溜め息を漏らした。
「巳束!」
「え?革…」
「俺、まだ10分ほど休憩あるんだよ。だから、その仕事手伝おっか?」
「……大丈夫」
2人の間に沈黙が流れてしまう。巳束の揉み洗いする布の水音だけが妙に煩くて、それが耳に届く。
「あの、巳束!昨日のあれは、ヘンなことじゃなくて――ー」
「大丈夫、わかってるよ。仕事だったんでしょ。ここって綺麗なお姉さん多いよね!」
「……っぷ」
「ちょっと、なに笑ってんの!」
巳束の言葉に革は口元に甲を当てて、ニヤけてしまう顔を隠す様に横へと逸らした。革の態度に巳束は声を上げれば、ふわりと包まれる。
「いや、すげー嬉しくて。だって、それヤキモチだろ?」
耳元で囁かれる声に、赤くなりながら腕から逃れるように革の身体を押した。
「知らない!前にも言ったけど、革の変態は今に始まったことじゃないぐらい理解しているから」
「おい、巳束!?」
巳束は革の腕から逃れれば、布の入った籠を抱えて去ってしまう。ひとり残った革は、巳束の態度に頭を抱えてしまう。直球がいけなかったのかと。
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