推しに尽くしたい話 | ナノ


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 黒スーツさんとガタイのいいスーツさんが管轄の案件だったようで、二人は降谷零に謝罪と感謝を述べると早く行けとせっつかれて、きびきびと犯人を連れてビルに戻った。尋問中に脱走でもしたんかな。それとも捉えてここに車でも呼んでいるところか。そもそも降谷零はもう既に黒ずくめの組織のスパイ活動を行っているんちゃうんか。潜入捜査官は通常その他の案件に関与しないというが、スピンオフでもあったように目の前の事件を放っておけない質だからか、それとも規格外のため同時進行で任務を与えられ遂行する公安のエースなのか。あるいは私立探偵の安室透という偽りの顔を都合よく利用して部下の手助けでもしているのかもしれない。いざ出会ってみてもその本当の為人を私などが理解などできへんのやろうな。ぐるぐる考えたところでかの降谷零と二人取り残されたことに気づいた。
 あっ、あかん。スーツの兄ちゃんたちいってしもたやん。しかし何はともあれ私が決して怪しくなどない一般市民であることをきちんとお伝えしなければならない。
「こちらへ」
「は、はい」
 誘導される道すがら、思い立ってバッグから財布を引っ張り出してそこから免許証と保険証、つまり手持ちの身分証明書を抜き取り降谷零に掲示した。病院勤めという職業柄名刺などは持ち合わせていない。それから緊張で震えそうになる手を必死に抑えて気丈を装い、なんとか平然とした声で自己紹介をする。
「進藤悠宇といいます」
 降谷零は足を止めて一瞬なんとも言えない表情をした後、身分証を検めてすぐに返却する。それから、交差点から左に踏み出したところを体を翻して右に向き、そのまま歩いていく。
「──進藤さん、乗って」
 目の前にあるのはかの有名な白いRX-7だ。ご丁寧に助手席側のドアを開けられてしまえばもう引けない。いや、とっくに引けなくなってはいたんやけれども。失礼しますと一言入れ、恐れ多くもその助手席に乗り込んでしまった。頭をよぎる文字は当然、炎上、である。
「さて」
 あっという間に降谷零は運転席についてロックをかけ手を組んでこちらに鋭い視線を投げかけており、逃げ場はない。
「進藤さん。先程の件だが」
「大丈夫です、忘れますよ。まだ公開情報じゃないってことなんですよね。あの人のことは聞きませんし、事件の真相も探りません。今日のことも喋りません」
 食い気味に言った内容からか、胡乱げな表情で見つめられる。先走ってしまった。どうにも冷静になれない。
「──ああ、誰にも口外しないでくれ。理解が早くて助かる」
 そして降谷零は顎に手を添え悩む素振りを見せる。その姿にいちいち様になるなあと感心してしまった。降谷零は小さく嘆息して呆れたように口を開いた。
「あなたは警戒心が足りない」
「あー、すみません」
「警察と名乗ったものの警察手帳も見せない僕達を容易に信じ、あまつさえ身分証なんて個人情報を晒す。その上のこのこついてきて、こんな密室に平然と入って……この状況を分かっているのか?」
 公安と知られたくなければ手帳を見せないのも道理と確認しなかったのが良くなかったらしい。ちょっとした親切心のつもりが裏目に出た。相手が悪いが自分もそもそも悪手だ。確かに声に出してみるとなかなかに頭が悪い人間だ。もしそんな知り合いいたら普通に心配するわ。納得。
「じゃあ、警察官って言うんは嘘なんですか?」
「嘘じゃないさ」
「だったら、いいです。口は堅いですよ」
「そういう話をしているんじゃない」
「危機管理能力のことならご心配なく」
「そうは見えないな」
「本当に大丈夫ですから」
 真顔で探るように見つめられ、負けじと見つめ返す。ああもう、ほんと顔がいいな。いっそ一周して腹立つレベルや。
「住所は大阪のようだが、どうしてこちらへ?」
 堂々巡りを読んでか、話の方向性が切り替わった。免許証から住所が、保険証から職場がきっと降谷零の頭には既に登録されてるんやろな、と思いながら旅行です、と簡素に答えた。
「誰とか聞いてもいいかな」
「気ままな一人旅ですよ──いえ、ただドタキャンくらっただけなんですけどね」
「旅行を取りやめにはしなかったんだな」
「まあ、折角の三連休ですし」
「明日もこっちにいるのか」
「そのつもりです」
「このあとはどこに行く予定なんだ? 良かったら送っていこう。巻き込んでしまったお詫びに」
 いやばりばり疑われてますやん。目の笑っていない降谷さんはすぐ近くなのでと言っても引き下がらないので、諦めて正直に話すことにした。
「本当に、ちょっとショッピングモールに行くだけですから」
「この辺りだと杯戸ショッピングモールか?」
「そうですけど」
 行く候補のうち最も近いところを選んだが、それでも駅のさらに向こう側だから、あまり言いたくはなかった。まさかそこに行く目的がバレるはずもないのでその点は全く気にしていないが、代わりに最もらしい理由を組み立てていく。
 シートベルトを締めるよう促され、車が発進してしまった。是非とも安全運転でお願いします。カーチェイス反対!
「どうしてあんなところにいたんだ?」
「おいしいパスタの店があるらしいからと行ってみたんですが、お恥ずかしながら帰りに道に迷ってしまったところだったんです」
 ようやく来た想定していた質問には、笑みを添えてゆとりをもって答えられる。
「ああ、カルボナーラの」
「そうです、そこです! ご存知なんですね」
 目的が伝わったという安堵からつい声音が強くなる。一般市民の用事なんてそんなもんですから。
「有名店だからな。とは言え、僕は行ったことはないが」
 潜入捜査官はどこかしこで食事などできず、基本的に未開封の既製品や自分で食材を揃えて作った料理などしか口にできないと聞いたことがある。当然酔っ払うなど論外である。だからこの人は料理が上手なのかもしれない。いつかご相伴に預かりたいところだが、降谷零と会ってしまった以上安室透のいるポアロに行くことは厳しいだろう。そんな鋼のメンタルはない。死しかみえない。もったいないことをしたなあ、と不可抗力ながらちょっぴり後悔した。
 赤信号で停止する。現時点で一点の曇りもない安全運転に安心した。どうかこのままでお願いします神様仏様死神様、と全力で祈っていたところで視界の端に人が倒れるのが映った。停車中なのを幸いにすぐさまシートベルトを外して車から飛び出す。呼び止められたが、今はそんなこと気にしてる場合やない。

「大丈夫ですか!?」
 うつ伏せに倒れている小柄なおばあちゃんに駆け寄りながら声をかける。肩を叩き再度声をかけるが反応はない。救急車とAEDと叫び、仰向けにして呼吸と脈を確認する。脈拍は感じられずしゃくりあげるような呼吸──もしや、死戦期呼吸か? 動画や実習でしか経験のない事態に直面し血の気がひく。気道を確保し胸骨圧迫を開始する。遠巻きに人だかりができていた。見つめるばかりで動く気配がない。
「眼鏡のお姉さん救急車! ボーダー服のお兄さんAED! 誰かこの方の知り合いはいらっしゃいませんか!」
 脳内でアンパンマンのマーチを鳴らしてリズムを取りながら胸骨圧迫に専念する。名乗り出る知人はいないようだ。なんでこんなことになってんのや、と心の中で悪態をつく。一分二分と経つ時間が永遠にも感じられ、少しずつ腕が重くなるが絶対に止められない。ぐっと下唇を噛み、おばあちゃんをじっと見下ろす。どうか、どうか。
「代わる」
 静かで強い声と共に褐色の手が伸びてきた。神様みたいや、と思った。

 さらに二人が手伝いに名乗りをあげ、そして奇跡的にも一度目のAEDの電気ショックで呼吸が戻った。元々消防署が近かったのか、偶然近くにいたのか、まもなく到着した救急車がきたところで娘を名乗る中年女性が人混みをかき分けてきた。救急隊員と家族に引継ぎ、気付いた頃には姿が見えなくなっていた降谷零に倣って名乗らず、どうにかこうにか人だかりを脱出した。



 まだ手が震えとる。白いRX-7がもう元の場所にはないことを確認し、現場から一区画遠ざかって角を曲がって姿を隠す。
「こんなもんかあ」
 カラカラになった喉から声が漏れた。登場人物との邂逅は嵐のように過ぎ去った。近くの自動販売機で水を買い、一気に半分を飲み干した。
 主人公兼死神なコナンくんは週五ペースで事件を解決している計算になると友人に言われた時は出勤かよと突っ込んだのが懐かしい。すまん私は一日に二件だったわ。いや一件は事故の分類やけどこの世界線なら正常の範囲内だったわ。米花町じゃなきゃゆーていけるっしょとか思ってた、全然あかんやん。

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