推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 7

「──それ、やめないか?」
 一足先に完食した零さんが箸を置いて口を開く。
「それ?」
「敬語」
「はあ……」
 曖昧に頷く。外面への拘りがあまりピンとこない。対外的にまずいほどではないと思うんやけど、さっきの孤児院での婚約者としての立ち回りがまずかったんだろうか。
「萩には普通に話してるんだし」
「研介はほら、子供ですから」
「ぷぷ、降谷ちゃん大人気なーい」
「研介、自分もそのうち降谷やからな?」
「じゃあ零ちゃん」
 にっこにこ笑う研介に、ほんまに自由やな、と呆れた。
「とにかく、敬語禁止」
 きっぱりと言われてしまえば、頷くしかない。
「──うん」
 でもこれ以上心理的距離が近付いたら、離れる時に困るやんか。折角物理的距離が伴侶とかいうポジションを中和してくれているのに。既に幻レベルなのに、もっと、と強欲になってしまう。ああ、ありえないなんて事はありえない、ってか。
「萩、笑ってないでさっさと食え」
「へいへーい」
「はっ、私も食べなきゃ」
 味噌煮込みうどんは幸せの味、覚えた。しかし零さんにスペース確認をお願いした手前、早く食べ終わらないといけない。やばいやばい。冷めちゃうし、麺類だし、中座するのも食べ物に悪いし、リクエストに応えてくれたのに失礼だ。
「ああ、言っておくが」
「む?」
 口の中に食べ物が詰まっているので、うまく返事はできないのは、私も研介も同じだ。
「ここは三人の家だぞ。つもり、じゃなくてな」
 ああもう、くそ、ときめいたやんけ。

 奥の部屋を触らなければ好きにしてくれて構わない、と言って、近くの店を教えてくれて、零さんは家を出ていった。
「いってらっしゃい」
「いてらー!」
「……うん、いってきます」
 パタン、と玄関が閉まる。きゅ、と手の中にある合鍵を握った。
「さて」
「私達も行こうか」
 食器を洗って、研介と欲しいものを照らし合わせて、
「まずは軽いものからかなあ」
「服?」
「六歳って……西ま」
「それはちょっと」
「ユニークなクロージング?」
「ぜひそっちで。ま、施設にもあるから……」
「ああ、完全撤退の時にそのへんも回収しないといけないか」
 まずは試し期間なので持ってきたのは最低限で、ほとんど身一つと言って差し支えないほど。スマホも持ってないから、零さんが自分と同じメーカーのものを手配してくれることになっている。私が契約すると苗字が変わってややこしいから仕方ない。多分実際作業するのは風見さんなんやろうな。知らんけど。
「まあこっちで沢山買っても困るし、いくつかやな」
「だね」
 手を繋いで、てくてく歩く。蘭姉ちゃんとコナンくんの気分ってこんなんかな。
「大阪に行ったら、ゆっくり好きな服買おうな」
「いいの?」
「もちろん」
 きゅ、と手に力が入る。あの場所ではそう好きにでもできなかっただろうから、思いっきり甘やかしたい。
「椅子は保留、箪笥の一段もあけてくれたし、食器買って……その前にタオルも少し追加しとこうか。あとは歯ブラシとかの日用品?」
「そんなもんじゃない?」
「大阪で買うもんはもっと浮かぶんやけどなあ」
「そうなの?」
「寝具一式と衣装ケースいるやろ? 四月からこっちの学校やん。文房具も一通り揃えたいし、本とかも読みたいのない? あと小学生の時何で遊んでたかはさっぱり記憶にないから、それは教えてな」
「小学生、ね」
「だって今の私の好みで買うならボードゲームとかになんで」
「人生ゲーム?」
「いや、カタンとかドミニオンとかカルカソンヌとかの方」
「え、それはアリ」
「まじかアリなんや。じゃ決まり。あとはもし何か習い事したいとかあれば、それも揃えないとなあ」
「習い事ねえ」
 んー、と研介が首を傾げる。はい可愛い。天使。既に親バカルートまっしぐらや。
「習い事とか、やりたいこととか。あの人はボクシングやろ、昔はテニスやっけ。私もキックボクシングやってるし」
「意外とアクティブだね」
「ピアノとかの音楽系もいいよな。定番サッカーとかバスケとか野球とか?」
「うーん、しばらくはいいかなあ」
「そう?」
「うん。大阪住んだことないし、あちこち行ってみたいから」
「そりゃそうか。二人でいっぱい行こうか」
「うん! そんで零ちゃんにひたすら写真送り付ける!」
「社畜になんという仕打ち!」
「やだなあ、幸せのお裾分けだよ」



 服を買って、食器と日用品を揃えて。一度荷物を置いて、研介のリクエストでラーメンと餃子を食べに行った。さあたんとお食べ。
 帰り道、また手を繋いで歩く。
「ねえ、悠宇ちゃんのご両親てどんな人?」
「うん?」
「完全にうっかりしてたけど……実家? 一人暮らし?」
「ああ、一人暮らしやで。そうかー、そのへんもあるもんなあ」
「雑すぎない?」
 呆れたように研介がこちらを見上げて言う。
「うーん、びっくりするやろうなあ」
「しない方がおかしいからね」
「事後報告でいいか」
「いやさすがにマズいでしょ」
「えー、予定合わせるの面倒やし、少し特殊やからどう出るかなあ……口出しの余地ない方がいいやろ」
「少しで済ませないで! 駄目だこいつ……早くなんとかしないと」
「やだなあ、計画的と言ってよ」

 順番にお風呂に入って、何処で寝るかで一悶着。毛布を引っ張り出してソファで寝る準備をしていると、研介が何してんの、と尋ねた。
「研介はベッドで寝て。私こっちでいいし」
「いやいや、女の子ソファで寝かせてそれはない。俺の方がコンパクトなんだから」
「ダメ。零さん研介ベッド、私ソファ」
「なんでカタコト。零ちゃんいつ帰ってくんの?」
「さあ」
「さあって……」
「もー、子供はベッドって決まってるの」
「何そのルール。やだよ」
 押し問答の末に、二人でベッドで眠ることになった。絶対途中で抜け出して零さんのスペースを確保してやる。疲れて帰ってきて寝る場所ないとか最悪やん。

 案の定、子供が眠りに落ちるのは早い。隣ですうすうと穏やかな寝息をたてる研介の頭を撫でる。
「絶対、絶対に幸せにするからな」
 零さんを。萩原研二の記憶を持って生まれたこの子供を。もしかしたら、他の人も掬い上げることができるかもしれない。こうなったらハッピーエンド以外許さない。
 薬指に嵌めた指輪にキスをする。
 ゆっくりとベッドを離れ、リビングに移動する。意外に眠気はこない。零さんからの連絡はないけど、どうしようか。
 コップに水を入れて、ダイニングに座って頬杖をつく。スマホはメールを受信しない。スマホの手配があるから、会えるのかと思ったけど。忙しい、もんなあ。深夜なら眠っていると思って連絡入れへんかもしれんのやし。ごく、と水を飲んだ。チクタクと時計の音だけがいやに大きく聞こえる。
 不思議な気分だ。東都。零さん。研介。記憶。伊達さん。研介が現れたからと言って、私の咎が消えてなくなるわけではない。伊達さんもナタリーさんも還ってはこない。私は幸せになってはいけない。
 けれど、零さんも研介も優しいから、私が幸せでなければ納得しないだろう。
「……困った、なあ」
 口の中で呟く。

「──ん」
 しまった、ぐるぐるお思い悩むうちにテーブルで眠りこけてしまったらしい。時計を見れば四時台で、喉が痛くなるわけだと納得した。コップに半分残った水を飲み干し、のそりと立ち上がる。
 零さんからの連絡はない。朝ごはん作って、そっから今度こそソファで仮眠を取ろうか。



 二人で朝ごはんを食べていると、スマホがやっと震えた。
「もしもし?」
「僕だ」
「はい。お疲れ、さん」
 危ない。敬語を発揮してしまうところやった。
「帰れなくて悪い」
「ううん、大丈夫。無理せんといて」
「本当は大阪まで送ってやりたいんだが……」
「気持ちは嬉しいけど」
「少し立て込んでいる。風見という部下をやるから、スマホを受け取ってくれ。今後も風見経由でやりとりをすることがあるかもしれないから、顔も覚えておいてくれ」
 おおう、まじで風見さんか。なんか本当に申し訳ないな。
「了解」
 詳細はメールする、とすぐに切られてしまった。本当に隙間時間で電話をくれたのだろう。
「──ですってよ」
「ほんっとーに、あいつ忙しいんだなあ」
 真新しいお箸とお茶碗を手に、研介が溜息をついた。

 風見さんとの邂逅は一瞬だった。指定された駅構内の時計台の下で待っていると、白い紙袋を手にした風見さんが現れた。
「進藤さん、ですね?」
「はじめまして。ええと、ご苦労さまです」
 いや、本当にね。
「こちらです」
「あざまーす!」
 紙袋を受け取ったのは研介だ。それに一瞬面食らった顔をして、何か言いたそうにしたが飲み込み、すぐに真顔に戻る。
「お手数おかけしました。ええと、今後ももしかしたらご迷惑おかけするかと……というか、もうすぐ諸々の手続きがあります、し」
「ええ。聞いております」
 眼鏡をぐいと押し上げる。聞いてるんや。突然湧いてでた上司の嫁と、養子。本当になんて説明したんやろうな?
「何かあれば、こちらに連絡を。では、失礼します」
「は、はい」
 折りたたんだメモを私に押し付けて礼儀正しく一礼し、踵を返して去っていった。やっぱり実はめちゃめちゃ忙しかったのでは? 苦笑いで大きな背中を見送る。

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