推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 6

「っはー! つっかれたー!」
「お前はほとんど話を聞いていただけだろ」
 施設を出るなり伸びをする研介に零さんが冷静に突っ込みを入れた。
「堅っ苦しいのきらーい。だって子供だもん」
「急に年齢を盾にとるな」
 言い合いをしながらも研介の背中を優しく押して車に向かわせる。あー、あかん。泣きそう。
「悠宇?」
「なんでもなーい」
 笑顔を作って、二人に駆け寄る。
「ふうん?」
「忙しくなるなって思っただけですよ。研介の生活必需品選びせなあかんし、せっかくの機会だから引越しもしたいし、あと諸々の手続きか……嬉しい悲鳴てやつ?」
「その前に一旦飯! 降谷ちゃん飯作って!」
「今から?」
「もち!」
「あーはいはい分かった。遅くなってもいいんだな。ほら、乗って。悠宇、何が食べたい?」
「……んー、味噌煮込みうどん」
「めっちゃピンポイントだね」
「了解、奥さん」
「まだ届出してないですよ婚約者様」
 零さんがそうだな、とくすりと笑う。自分で言ってから婚約者という文字のインパクトに引いた。本当にトンデモ激ヤバ案件やな?
 私は助手席に、研介が後部座席に乗り込んだ。

「ここ?」
「ここ」
 ひゅう、と研介が口笛を吹く。
 スーパーに寄ってから向かったのは、今度こそ正真正銘、零さんの住む高級マンションだ。セキュリティやべえ。こわい。これが必要な現実に今更ちょっと怖気付きそうになったのは秘密だ。
 一人暮らしにしては随分と広いその部屋は、少しホコリ被っている。あまり帰れていないのだろう。玄関を抜けて、トイレとバスルームらしきドアの前を過ぎる。ドアを開けるとリビングダイニングだ。ソファとローテーブルがあり、その向かいにはテレビボードがあった。それから背の高い本棚がひとつ。本棚と言ったが本のスペースの方が少なく、けれど真っ先に分厚い最新版の六法全書が目に付いて、こっそり笑ってしまった。ブレへんなあ。
「何を手伝いましょ?」
 ガランとした冷蔵庫に買ったものをしまいつつ、尋ねる。
「いいよ、ゆっくりしててくれ。さっと作るから」
 今回は僕ご指名だから、と屈託なく笑いながら袖を捲って手を洗う。
「そっちの部屋以外なら、好きに見てくれていいぞ。こっちに来ることもあるだろうし、必要なものとか欲しいものあれば考えておいてくれると助かる」
 二つあるドアの一つを指差した。仕事関係のものがある書斎か何かだろう。もう一つのドアは開け放たれていて、ベッドが見えたので寝室らしい。
「よっしゃエロ本探すぜ!」
「おいこら」
 即座に寝室ダッシュした研介を見送って、零さんと目を合わせて苦笑いする。このリアクションだと見られて困るものはないか、絶対に見つからない自信があるかの二択やな。
 ともあれ、そう言われてしまえば仕方がない。単に私の手料理は食べられないのかもしれない、と思うと食い下がるなど論外。子供に必要なものと置く場所を考えるのが今の仕事だ。
「……じゃ、お言葉に甘えて。見てきますね」
 カウンターキッチンに沿うようにテーブルがひとつと椅子が二つ。それからソファにローテーブル。今日はローテーブルでご飯やな。
 椅子は必須やな。合うのがあるといいけど、とスマホのメモに椅子と打ち込む。リビングは大丈夫そうやし。ソファベッドではないけど、大きさ的に私が横になることはできそうだ。研介用の寝具一式は必要か。まさか零さんと同じ布団で寝るわけにもいかんやろうし。棚に並んだ本や雑貨類にゆっくりと目を通した。知らない本やCDが並んでいる。少し大きい救急箱の中身は見ないでおいた。入口に近いところに置いてあるあたりは計画性なのか。
 寝室に足を運ぶと、研介がダブルベットの下の収納を開いていた。好きにしていいの拡大解釈がすぎるよ。自由か。
「ガチで漁っとるやん」
「いやー、ないね! ここじゃなかったかあ」
「そんな分かりやすいところ置く?」
「誰が来る予定もない一人暮らしなんて、近いとこに置くでしょ」
 本当に、このちびすけはフリーダムやな。呆れつつ覗き込むと、季節外れの衣類が半分、タオルケットなどの寝具が半分だ。広さのわりに、家具は少ない。セキュリティなどの都合で選んで、スペース自体は持て余しているのかもしれない。
「……となると」
 次いで研介がクローゼットに突進する。子供は元気やなあ。
「さあて」
 にやりと笑う研介の後ろから、少し申し訳なく思いつつ覗き込む。広いクローゼットにスーツやコートがかかっているが、比較的ゆとりはある。この様子なら一角を借りて研介の服なんかも置けそうだ。クローゼットの中を詰めてもらうか、箪笥を買うかは要相談か。
「ほどほどにしときやー」
「分かってるって」
 弾んだ声からするにまったく分かっていなさそうだが、放置して部屋を出た。
 トイレと洗面台、バスルームをチェックする。掃除は行き届いているというか、放置前提の状態がキープされている。ドラム式洗濯機の中も洗濯カゴの中も空っぽ。
 歯ブラシなんかは買い足すとして、シャンプーとかも研介の好み──いや、ドラッグストアに一緒に行けばいいだけか。タオルも買い足す方が無難かな。女性用品を置かせてもらうスペースをどこにもらうか問題もあるし。棚にメジャーがあったことを思い出して、今のうちにスペースのサイズを測っておこうと取りに戻った。
 思いついたものやスペースをメモしていく。あとで食器もチェックさせてもらいたいな。
 それにしても物が少ない。本拠地だが、同時に帰宅頻度の少なさが窺えた。単に本人の傾向とするには少し淋しい。
「ん、違うか」
 入れない部屋に全部詰まってるだけかもしれへんのか。むしろその説が有力か。
 ──遠い、なあ。
 がしがしと頭を掻く。良くない思考を散らす。
「悠宇ちゃーんっ!」
「うわっ」
 研介が腰に抱きついてきた。
「へへ、びっくりした?」
「……びっくりした」
 得意気な顔がこちらを見上げている。
「もうできるって!」
「ん、ありがと。楽しみやなあ」

 遅い昼ごはんとして、三人まちまちのサイズの丼に入った味噌煮込みうどんを食べた。さっとなどというお手軽クオリティじゃないよ。
「うま!」
「はいはい」
「おいしい」
「ありがとう」
「この対応の差!」
 いや、羨ましいんやけどなあ。流してるけど笑ってるやん? 時々見せてくれると思ってた笑顔が常じゃん?
 はた、と手が止まる。
「どうした?」
「ん、なんでもないです」
 あれれ。
「あー、お味噌の配分とか、見ときゃ良かったなあと思って」
「そんなに気に入った?」
「はい!」
 熱いうどんを口に運ぶ。
 私に向けてくれていた笑顔は演技じゃなくて、正真正銘、降谷零のものだったらしい。じわりと心が暖かくなった。違う違う、勘違いするなモブ。この熱はうどんや。煮込まれてるからや。
「──で、必要なものの目星はついたか?」
「はい、ある程度は。この後買いに出ようと思ってるんやけど、お店教えてもらっていいですか? いい加減仕事戻らないと、ですよね」
「ああ、悪い」
「うげ、休みってなんだっけ」
「労働基準法仕事して──やなくて!」
 はは、と零さんが乾いた声を出す。トリプルフェイスご苦労さまです。
「大荷物になるだろうし連れて行ってやりたいんだが」
「むしろこれだけ時間割いてくださってありがとうございます」
「悠宇ちゃんとお買い物デートしてくるから、お仕事頑張ってね」
「そうやな、研介とデートやな」
 天使とデートか、なるほど。最高やんけ。
「は?」
 零さんが思いっきり嫌そうな顔をした。仲間外れが不服か。大人気ないぞ。とはいえ子供相手でさえ感情引き出してくれる天使まじ最強。これが未来のうちの子なん? しんどくない?
「たまににしても、多少の着替えと衛生用品くらいは置かせてくれると助かります。出る前に触っていいスペース教えてくれませんか? あと食器も。子供サイズ必要ですよね」
 ドラッグストアと、リーズナブルなスローファッション代表のお店と、ちょこちょこ雑貨くらいか。布団は今日は難しいかな。毛布はあったし、一日くらい大丈夫やけど。
 はあ、と零さんが溜息をつく。研介がそれ見て笑おうとして、噎せて慌てて水を飲んでいた。ほんま落ち着きねえな。
「ティッシュいる?」
「だ、だいじょぶ」
「そ? ──あ、基本零さんの家やしご自分で選んだ方がいいですか?」
 身に付けるものや、家にあるものはどうにも品がいいものばかりなことに思い至った。私のセンスが問われている。ハードルが高いな?
「……いや、それはいい。気にするな」
「ふうん?」
 ということは何がダメなんでしょう。

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