推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 8

 東都から大阪、途中パスタを食べて帰宅する。覚えきれへんやろからまた聞いてくれたらええけど一旦な、と前置きをして近辺の説明をしながらだ。最寄り駅と路線、近くのスーパーや飲食店、私の職場との位置関係と勤務時間。今に限っては神妙な顔つきで頷いている。ま、やっぱり緊張するよなあ。
 重い荷物を担ぎ直す。ポケットから鍵を出して、研介に押し付けた。
「開けてくれる?」
 研介がコクリと頷いて、それを受け取った。目線の高さにある鍵穴に差し込み、捻る。ガチャリと音がして、ゆっくり鍵を抜く。両手をドアノブに伸ばす。
「お邪魔しまーす」
 そう言ってキョロキョロと廊下を見回しながら踏み入れる。
「違う、ただいま、やろ」
「……ただいま」
「おかえり」
「悠宇ちゃんも、おかえり」
「ふふ、ただいま」
 はい可愛すぎる。天使が舞い降りた。荷物なければハグしてた。いや、やる! いっぱいいっぱい抱き締めて、いっぱいいっぱい笑って、愛して、幸せにしてやるんやから。
 廊下に荷物を放り出し、膝をついて勢いよく抱きしめる。
「うわっ」
 驚いてはいるが、拒否はされていない。大人にトラウマを植え付けられてはいない。よし。
「びっくりした?」
 ぱっと離れてにやりと笑う。
「した」
「ふっふっふ」
 大袈裟にドヤ顔をして、立ち上がる。
「さて、部屋の説明するな。一旦居間に荷物置こうか。それから買い出しね。入籍と編入手続きとか諸々で一週間は学校なし。でも明日から出勤やから、その間本当に悪いんやけど、一人になっちゃうから。平日の昼間に子供が歩いてるのはよろしくないから、夕方まで基本おうちに居てもらうのが無難かなあ。
 今のうちに……あ、受け取れるし通販もアリか」
 研介の背中を押して居間に押し込みつつ、ぺらぺらと話す。
「おーけい?」
「おっけ」
「よし。ベッドはひとつしかないから、密林さんで布団とか届くまでは悪いけどまた一緒かな? キッチンは好きにしてくれたらいいけど……料理するタイプ?」
「簡単なのなら」
「そっか」
 キッチン下の戸棚を開く。
「ボウルと包丁はここ。大小あるけど、もし使うにしても小さい方だけね」
「過保護だなあ」
 研介が苦笑いする。自炊スキルを得たのは大人の時やろ。
「自分の手には大きいやろ」
「ん?」
 きょと、と研介が目を瞬いた。何か変かと自分の言葉を反芻する。
「……あ、自分って、こっちやと二人称でも使うんよ」
「言葉も慣れなきゃなあ」
「ほかす、なおす、えらい、ミンチ、飴ちゃん……いくらでもあるなあ」
 指折り数えてみたが、ぱっと思い当たるだけでこれだけあるのなら研介は苦労するだろう。
「ほかすは捨てるでしょ?」
「なおすは元の位置に戻す、えらいは大変、ミンチはひき肉、飴ちゃんはキャンディ。まあ随時聞いて慣れて」
「飴にちゃんつけんの? 大人も?」
「大阪のおばちゃんあるあるやで。おいもさん、とかな。飴はなんか知らんけど飴ちゃん」
「なんか知らんけど……国内なのに言語の壁あるなあ」
「ズーズー弁よりマシやろ」
「間違いない」
 研介が肩を竦める。
「ええと、包丁しか話してへんな。お米とここな。あ、切るのも炒めるのも、最初は私と一緒にやで。その前に台を買わなきゃ立たせへんけど」
 どう考えても身長が足りない。危ない。
「えー、合格貰えないと使えないの?」
「もちろん。あ、レンジと炊飯器と電気ケトルはええよ」
 指さして列挙する。
「それ料理って言わない」
「レタス千切ってドレッシングかけるとか」
「それは料理!」

 箪笥は研介のいない時に整理するからあとで、と回避しつつ変装グッズを筆頭に見られてはまずいものの処分を決意する。日記帳は鍵をかけてどこに置こうか。
 お風呂とトイレ、救急箱に本棚を説明する。パソコンはあとで研介をユーザー登録してネットなんかは好きにしてもらう予定だし、テレビも今は制限なし。ゲームはあまりないけど、既に新幹線でボドゲをいくつか密林さんにお願いしている。
 新幹線で見慣れない携帯電話を私が使っていることに気付き、自分のガラケーそっちのけで私のスマートフォン操作に勤しんでいたからあと一年……原作が進むまでは科学文明の差をうまく取り繕わないとなあ。
「本は好きに読んで」
「雑多だね」
「漫画とか小説とか、好みが合うかわかんないけど」
「充分だよ」
「そう? こんなもんかなあ。お茶飲んでちょっとゆっくりしたら、外出よっか。何飲む?」
「悠宇ちゃんがいつも飲んでる物、飲んでみたいな」
 笑う研介はちゃらい。知ってた。将来が心配になった。手始めに小学校で大戦争が起きる。
「紅茶やけど、いい?」
「うん」
 それならロイヤルミルクティーにしておこうか。

 ミルクティーをこれでもかと大絶賛してもらったあと、たこ焼き食べたいと主張されたので、大阪初の自炊はたこ焼きパーティーに変貌を遂げた。
「大阪の人ってみんなたこ焼き焼けんの?」
 じいっとたこ焼きを回す私の手元を見る。
「あー……なんか昔、番組に何歳からたこ焼き回せますか調査してくださいって依頼あったなあ」
「回すって言うんだ……それで?」
 竹串でひょいひょいと球体を生み出す私の手から視線を外さず言う。
「幼稚園児は回せる」
「最低年齢不明かよ! 難易度低っ!」
「生地を溢れさせるのがコツ」
「回し方じゃないっ!? 確かにいっぱい入れてた!」
「はい残り半分は研介がやってみよう。働かざるもの食うべからず」
「悠宇ちゃん意外とスパルタブラック思考だね」
「私は優しくないぞ! れっつちゃれーんじ!」
 竹串を持たせ、にやけ顔を隠そうともせずスマホで動画撮影を開始する。
「撮るの!?」
「我が子の成長を事細かに記録するのが義務なので」
「こっわ」
「てへぺろ」
「真顔やめて」
 もー、と呆れて笑いながら腕を伸ばす。
「いけるいける」
「よっ……と」
「そうそう、回りの生地を切って」
「こうか」
「うん、それで巻き込む」
 くるん。温度環境を整えておいた薄茶の生地がひっくり返って丸く焼けた面を晒した。
「できたぁ!」
 満面の笑みで私を見上げる幼顔。
「めっちゃ上手いやん」
「オレって器用だし?」
 調子に乗ってもう一回やってまん丸に、と固まる前に触って無事崩壊させてた。

「悠宇ちゃんケータイ貸して! 写真撮る!」
 さあ食べようという時に、研介がスマホを要求してきた。
「自分のがあるやろー?」
「悠宇ちゃんのじゃないとアプリ使えないじゃん」
「盛ること学習するの早くない?」
 映えを狙ってんのか。ポテンシャルの塊の六歳児やな。
「いいじゃん。ほら、冷めちゃう」
「はいはい」
 冷めるのはいけない。せっかくなんやから美味しく食べて貰わねばならぬ。早々に折れてスマホを渡しやると、何故かインカメにした。
「うん?」
 にやりと笑う研介と、テーブルに広がったたこ焼きと、間抜け面の私。異色な組み合わせを満足気に見て、両手で画面を操作する。
 自撮り文化を身につけるとは。おマセさんめ。じゃなくて!
「なにも私まで映さんくても……」
「一人は寂しーじゃん」
「肖像権の侵害だ」
「オレと悠宇ちゃんの仲でしょ?」
「自由か」
 はあ、と溜息をつく。元気だなあ。
「もう、返して。食べるよ」
「ちょっと待って、フィルターかける。どうせならカワイイ方がいいでしょ?」
「どうせなら映らない方がいいかな」
「つまんなーい」
「つまるつまる。ほら、食べる時にスマホはなし!」
 こつこつと机を鳴らす。保護者は教育の義務があるのだ。
「あと八秒」
「なんで刻んだ。研介、先食べちゃうよ」
「待ってってば……よしっ!」
 渡されたスマホを見つめる。
「零ちゃんにメールしといたよ」
 天使はきゅるん、と可愛くウインクを決めやがった。

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