推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 5

 スーツに着替えてくるから待ってろ、と降谷さんは一人セーフハウスを出ていった。確かに施設だかなんだかにカチ込むにはスーツの方がいいだろう。私も喪服代わりにと黒い膝下丈のワンピースを持ってきていて良かった。トイレで着替えて戻ると、研介がベッドに座ってじっと真顔でこちらを見ていた。
「……悠宇ちゃん」
「何かね研介くん」
「付き合ってたんじゃん」
「……ウン」
 やっぱそこ突っ込みますよね。そこしか気になってないって言ってたもんね。
「ガチで付き合ってると思ってなかったの?」
「……ハイ」
 研介の正面に正座した。
「うっわー、降谷可哀想だなあ」
「ぜえっっっったいに、言わないでくださいお願いします」
 六歳児に敬語で縋るアラサー女の図が完成した。我ながらひどい。
「えー、どうしよっかなあ」
「神様仏様研介様どうかご慈悲を!」
 天使研介様はとっても悪い笑顔をしてらっしゃる。絶対言うつもりやん。なんなん、降谷さんガチギレしたらどうしてくれる。泣くぞ、主に私が。
「とりあえず詳細を聞こうか」
「えっ聞いちゃうん」
「聞いちゃう聞いちゃう」
「まじか」
「まじまじ。じゃないと口が滑っちゃうかも」
「鬼か貴様」
 全力で渋い顔をしたが、じゃあ質問ターイム、と地獄のような時間が始まった。どこかに埋まって消え去りたい。
「初めて会ったのはいつ?」
「そこからなん。一年前の秋、です」
「スタートは大事でしょ。連絡先交換したのは?」
「その日ですね」
「遠距離だよね、連絡結構とってたの?」
「ええと平均すると週一はメールして、月一くらいで電話、会うのは数ヶ月に一回とか、です。はい」
「あれ、意外と少ないんだ」
 なんだとう?
「あの人の多忙さを考えたらむしろめちゃめちゃ多くてびびってるくらいなんやけど。今度研介からもそんな時間あるなら寝ろって言っといて」
「あいつ本当に無理が好きだなあ。でも悠宇ちゃんが言った方が確実に効くから。んで、付き合い始めたタイミングに心当たりないの?」
「話し戻さんでええのに……なくはない、ですけど」
「へえ、いつ?」
「……なんか、会って一年の日?」
「記念日じゃん。なにがあったの? 無自覚だったってことは告られてはないんでしょ」
「そこは黙秘します」
「チューでもしちゃった?」
「、黙秘権を行使します」
「ふーん、したんだ」
 一瞬言葉が詰まっただけで察して、面白いものを見つけたとにやりとしてして話を続けるのは是非ともやめていただきたい。
「黙秘ですってば」
 お茶をのんで立て直そう。落ち着け私。Be cool!
「ねえねえそれだけ? それともヤった?」
「げほっ、」
 見た目ショタの口からしれっと飛び出してきた下世話な単語に噎せ、人がいないと分かっていても思わずあたりを見回した。違うんです私の教育じゃないんですとアピールしたい。うん誰も聞いてないからセーフセーフ。いやセーフちゃうわ。
「ごほっ、な、なんなん黙秘、やって」
「ふうん……そうなんだあ。あいつ手が早いな」
「ニヤニヤすんなし! あーもうっ!」
 蕩けるような夜は思い出すだけで顔が真っ赤になりそうで、机に顔を伏せて顔を隠す。
「どっちから? 意外と悠宇ちゃんが積極的だったりする?」
「そんなん烏滸がましいわ!」
 がばりと勢いよく顔をあげて主張した。おい私、黙秘どこいったんや。
「烏滸がましいって……あいつのことどう思ってんの」
「推し」
「推しぃ?」
 呆れる研介に反射で返事をすると、繰り返して首を傾げた。
「そ。ただただ幸せになって欲しいし、そのためなら微力ながら全身全霊で尽くしたいだけ。付き合いたいとか微塵もないし、幸せにしたいとか畏れ多すぎるし、エゴ100%で心置き無く幸せになっていただくための礎の一部になりたいだけというか、負担を少しでも減らす存在になりたいというか。そんな感じ」
「もしかしてそれ降谷に直接言ったことある?」
「……似たようなことは、ほんのちょびっとだけ」
 あなたが望むならなんだってするし、どうだってなる。降谷さん自身よりも、日本国民の一人だからと私を優先する場合はその限りではない、という注釈は付くが。
「うわあ」
 研介が頬を引き攣らせている。なんやねん。
「なんなりと、みたいな?」
「従者か」
「だってあの人の恋人は国やん、空き枠などない」
「こいびとはくに」
 目をぱちくりさせながら再び鸚鵡返しして、次第に肩を震わせて笑い始めた。おいこら研介、恋人はこの国さは公式やぞ。安室の女を量産した名台詞やぞ。コナンくん聞いてくれてありがとう。青山大先生に感謝。
「あはは、なにそれ最っ高!」
 そして遂にはヒーヒー言いながら降谷が、降谷が、と爆笑する始末だ。
「自分笑いすぎやで」
「ごめんごめん、それで? どういう流れでそうなったの、ふふ」
「まじかまだ続けんの? 笑っててほしいとか言われてもそんなん一国民への有難いお言葉やろJK。それでも嬉しいしあなたが望むのならなんなりとってなるやん普通、ってだけやはい終了!」
「普通なんないから。ほんとに降谷のこと大好きなんだなー」
「推しなんで」
 大好きというより最推しって感じなんよねえ。好きやけど、なんか一般的なそのカテゴライズとはちょっと違う。
「推しねえ……よくそれで結婚なんて発言出たね」
「紙の上でどうなろうが後々バツつこうが、最優先事項は今のあの人と研介やし。保護者役が必要ならやりますってつもりで」
「まさかの離婚前提」
 笑いすぎて出た涙を拭う姿から一転、真顔になった。ぶっちゃけ過ぎたかな。いやまあ、話すのなら早い方がええし。
「だってあんないい人やで、今回は私しか選択肢がないからこうなっただけやろ」
「その降谷至上主義どっから来るの」
「初めて会った日に私は降谷教に入信しました」
「うわガチ勢怖い」
 ドン引きされた。つらい。
「失礼な」
「でもさあ、悠宇ちゃんは本当にそれでいいの? そんな捨て身の結婚」
「だからー、私は好きでやってんの、何も問題ないやろ? あの人の力になりたいんも、研介を引き取りたいのも、ぜーんぶ私の願いで私の意思。おーけい?」
「……OK」
「じゃあこっからは謎の胡散臭い女と二人暮らしが始まろうとしとる自分の心配しな。ま、もちろん断りたかったら断ってくれたらええし。強制するもんちゃうからな。引き取った体で好きにしてくれてもええんやで」
「ないない、むしろ役得」
「どこがや」
「美人と二人暮らし」
 サラッと褒められた。この子怖い。イケメン怖い。呼吸するように口説くタイプか! 褒められなれないからめちゃめちゃむず痒い。女子のノリとか一周しておっちゃんやと流せるけど研介は普通に例外。どう返したものかと目が泳ぐ。
「……ワーイ、ビジンダッテ」
「照れ隠し下手だね」
「うっせ。よっしゃもうええやろ、こんだけ喋ったんや。お願いやから黙っといてな」
 はいはい、と軽く流されたがそれ以上言ってこないあたりは言わないでおいてくれるということか。



 一緒に住むため、事前に各々の好みをぶつけあって時間を過ごしていると、降谷さんが戻ってきた。
「あ、おかえりなさーい」
「……ただいま」
 降谷さんが戻ってきたので、立ち上がる。いざ出陣だ。しかし、 靴を脱いで部屋にあがった零さんは、まっすぐ私の方に歩いてきた。私の目の前で片膝をつく。そして手にしていた小さなジュエリーケースを私にみえるよう開く。
「受け取ってくれるか」
 中から現れたのは、指輪だ。ダイヤモンドの傍に一回り小さな淡いブルーが光っている。ブルーダイヤモンドだろうか。この短時間で、全くこの人は。エンゲージリングを用意したことも、当然希少なはずのブルーダイヤモンドを用意したことには溜息が出る。そんな思考は見せないようまっすぐに降谷さんの眼を見つめ返す。
「もちろんです」
 今の私は何よりもあなたのためにあるんですから。
 どうしよう、推しが手厚すぎる。嬉しさで涙が出そうや。降谷さんがいて、研介がいて、希望がある。それが形になって私の手元に残る。なんて幸せなことなんやろう。──伊達さんを助けられなかった咎人たる私がこんな、享受していいんかな。
 婚約者として乗り込む手前必要だったんだと思い至ったが、だったら在り来りな適当なものでいい。ブルーダイヤモンドなんてわざわざ選ぶ必要性がない。だからこれは、きっと降谷さんの心の欠片。休みなどなく忙殺され、自分の時間のない降谷さんの、降谷さん本人の想いなんじゃないかと思えたらどうしようもなく指輪が大切になった。私のキャパでは降谷さんだけを、と思っているのに付随して色々なものが増えていくんだなと悟った。
 協力者ではなく、妻として相応しい存在にならなければ。
 優しく微笑む零さんが私の手を取って、薬指に指輪を嵌めた。

 おいこら研介、撮影すんな。消せ。



「いざ出陣!」
 そう意気込んだものの、私自身は大して役に立つこともなく愛想笑いをしていただけだった。降谷さんの話術によってあれよあれよという間に話がまとまり、今日からは試し期間として研介と暮らすことが確定した。通報と訴訟をチラつかせ、間もなく結婚する善良なるカップルを装い、権利をもぎ取ったのだ。国家権力をチラつかせたために訴訟に怯えるあいつらは少しの間は暴力を振るわない。見つかったら今度こそ言い逃れの仕様もなく捕まるのではと疑心暗鬼になり、けれどそのストレスで苛立ち、不機嫌になり、そう長く持つか怪しいものだ。それでも稼いだ少しの時間で、あの施設は窮地に追い込まれるのだろう。
 ねえねえ私要らなかったのでは?

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