Raison d'être | ナノ


▼ 11/22

 気付けば秋も終わりに差し掛かり、冬の足音が近付いてきている。廃ビルの屋上で吸い込む空気は少し冷たく、トレンチコートは失敗だったかもしれない。仕事で汗もかいたし、冷える前に暖かい所に移動したい。帰って暖かいお風呂に浸かってゆっくりしたい。この前買った入浴剤、まだ使ってないな。そんなとりとめもないことを考えながら、術式を階段代わりに使用し、公私を共にする相棒の待つ地上へ最短経路で降りた。
「お疲れ様でした」
 スーツを着た長身の男が生真面目な表情を崩すことなく労ってくれる。
「お疲れ様」と返しつつ、私は帳を消した。
「高専への連絡は終えました。今日はこのまま直帰で構わないそうです」
「仕事が早い! ありがとう」
「いえ。──では、帰りましょうか」
「うん」
 頷いて、建人に倣って歩く。本案件に関与しているのは私達だけ。すすすと寄り添っていくと、私の手に暖かい手が絡まる。
「怪我はしていませんか?」
「かすり傷一つしてないよ。建人は?」
「私が怪我する筈ないでしょう」
「そりゃそうか」
 先程祓った二級呪霊を思い浮かべつつ薄く笑い、車に向かう。私は他の仕事からそのまま自分の車でここまで来ていた。今日は私の車だから運転すると言ったのだけれど、アナタ十連勤でしょうと助手席に押し込まれてしまった。確かに、帰宅も実に四日ぶりである。
「お腹すいたね。何作ろうか。スーパー寄って帰る?」
「いえ、足りてます」
「そうなの? 建人も昨日仕事じゃなかった?」
「そこそこに片付けました」
 安心安定、仕事のデキる旦那様である。
「今夜のメニューは?」
「昨晩シチューを仕込んであります。ビーフシチューパイはどうですか?」
「最高! あのワイン開けようよ。猪野君がくれたやつ」
「いいですね」

 寄り道せず自宅まで着くと、建人は私の出張荷物を持ってエスコートしてくれる。付き合うようになってから、そして結婚してからというもの、本当に優しくていい人だなあと思わされる機会がぐんと増えた。遠慮しません、と言った彼の行動に優れた人間性が滲み出ている。意外と構いたがりなのだ。会うのは一週間ぶりだからか、今日はその傾向が特に顕著だ。
 七海が料理を始めてくれているらしいので、その間に出張帰りの荷物を片付けたり、お風呂を洗ったりと家事を分担して終わらせていく。やりきった私はキッチンにとてとて歩いていった。サラダを作っているようだ。パイの焼けるいい匂いもしてきている。
「終わったよ。何を手伝えばいい?」
「いえ、結構です」
 ふーん、と返しつつぎゅうと背後から抱き着いた。
「危ないです」
「離れる?」
 溜息が返ってきた。肯定と解釈しておこう。

 料理に舌鼓を打ち、ワインを味わう。それぞれの仕事の出来事や、出張先で食べたものなんかを共有する。やっぱり家が一番だなあ、とついお酒が進んだ。
「今日入浴剤使うね。ふふ、一緒に入る?」
「そうします」
 お巫山戯半分の提案に、建人が頷いた。ちょっと珍しいな、と目を瞬かせた。こんな業界にどっぷり浸かっているものだから、お互い身体中傷だらけだ。いくら反転術式の使い手が高専にいるからと言って、いつでもどこでもどんな傷でも治してもらえるわけでもない。彼の傷は、遠距離型の私に比べるべくもない。だからか、あまり裸体を拝ませてはくれない。その癖、ベッドやたまの入浴で私の身体を観察し、怪我を見つけては渋い顔をしているのだ。呪術師という職業柄、口こそ出してこないが、いい気分ではないようだ。意志を尊重しつつ、慮り、大切にされているよなあ、と思う。
「いい夫婦の日、ですし。たまにはそれらしいことも」
「そう言えばそんな日もあったね」
 普段からそれらしい扱いをしてくれていると思うんだけどな、という呟きは胸に秘めておいた。
「……建人、私と結婚してくれてありがとう」
 それはこちらの台詞です、と返した彼と微笑みあう。
 私は、今、どうしようもなく幸せだ。


***


もしかしたら、202X.11.22の補助監督if

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