Raison d'être | ナノ


▼ 2015/10/31

 報告を終えて、部屋を出る。やっと終わった。もうクタクタだ。今月もあっという間に過ぎ去ったていく。十月。最終日。
「七海」
「どうぞ」
 勢いよく相棒の方を向いてにやっと笑い名前を呼ぶと、スーツのポケットから出てきたチョコレートを渡された。しかも、コンビニなどではなく、専門店のチョコである。先程の戦闘を無事に切り抜けたようで、三個入りだろうか、その箱はへしゃげることもなく品のいい佇まいをキープしていた。
「まだ何も言ってないんだけど」
「本日はお疲れ様でした。ではこれで」
 つかつかと廊下を突き進み始めた七海に並び、足を動かす。
「せめてトリックオアトリートくらい言わせてよ」
「たった今言えましたよ。よかったですね」
「そうじゃない。全然よくない。ハロウィンぽくない」
「もう現場でハロウィンは沢山です」
「それもそうかも」
 仮装した人間なのか呪霊なのか怪しいやつにも遭遇した。昨今のコスプレはなんとも完成度が高い。すぐに一般人と分かったが、正直ちょっとびっくりしたよ。そしてその後遭遇した呪霊の方はなまじ人型に近かったが故、人間の間違いではないかと一瞬躊躇して七海に叱られた。
 呪霊の方がコスプレした人間より人間に近かったよね、とこぼしたところ、無言の同意を得た。
「なんか変に疲れたよね」
 もらった箱を早速開け、三つのうちひとつを口に放り込む。口の中でとろけるガナッシュは幸せな気持ちにしてくれる。
「おいしい。七海、ありがと。これずっと持ってたの?」
「……開口一番それかと踏んでいたので」
「状況が許せば言ってたかも」
 七海は溜息をついた。

 七海が呼んでおいたタクシーに、私もついでにと乗り込む。お布団が待っているだけの愛しのマイホームであるが、実はここ一週間ほど帰れていない。忙しかった。慌ただしかった。冷蔵庫の中身いくつか死んでるなあ、と気付いてげんなりした。
「佳蓮さん」
「なに?」
「トリックオアトリート」
「うん?」
 相棒の口から出た想定外に、認識が遅れる。
「お菓子、くれないんですか」
 真顔だ。
「ない」
「ではいたずらするしかありませんね」
「ストップ」
 半ば被せるように言った。七海のいたずらが想像できない。怖い。
「お菓子、ないんでしょう?」
「お菓子がなければ作ればいいんだよ。そうだ、スーパー寄って七海の家に行こう。で、今夜のデザートにしよう」
「…………いいでしょう」
「何がいい? マフィン? クッキー? チーズケーキ? あ、かぼちゃプリンとか!」
 だんだん楽しくなってきた私の鼻が突然むぎゅっと摘まれた。
「ふぎょぁ!?」
 完全に油断していた。奇声を発したのがツボに入ったようで、七海が吹き出した。
「は、くっ、」
「ええ……お菓子作るのに、今のイタズラでは? 異議あり」
「すみません。夕食はアナタの好きなものを作りますから」
「ビーフシチュー」
「いいですね。もう寒くなってきましたし。バゲットも添えましょうか」
 七海が頷き、契約は成立した。

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