Raison d'être | ナノ


▼ トレンチコート

「え、夜からなの?」
「メール見てないんですか?」
 改札前での待ち合わせ。きょとんとした私に、七海が呆れ声を返してきた。
「名古屋から急いで来たのに」
「出現時刻が確定したのは今日の調査報告でですが」
「今日はメールチェックしてない」
 OL辞めて呪術師になって、こまめな業務連絡を怠るようになってしまった。反省した。だって上司からなるはやで! とか言われないんだもの。
「そんなことだろうと思いました」
「あれ、じゃあ七海はなんでここにいるの?」
「アナタが事前合流しようと駅に呼びつけたんじゃないですか」
「そうだった」
 新幹線に乗ると共に七海にラインして、そこからは爆睡したのだ。現在時刻は夕方の四時半。なんとも半端な時間である。秋めいてきた外は肌寒い。出張道具の入った小ぶりなボストンを持ち直し、どうしようか、と頭一つ大きな同僚を見上げた。
「顔を合わせてゆっくり打ち合わせでもしたいのかと思いましたが……」
「ごめんて。新技とかはない」
「まあいいでしょう」
「せっかくだしその辺でお買い物でもする?」
 食事には早いし、お茶をしていると晩御飯が行方不明になりそうだ。ましてやゆっくり映画を観ている時間もないので、無難な提案である。
「そうですね」
 七海も頷いたので、私達は手近な百貨店に行き先を定めた。
「秋物でも見ようよ。七海なんか欲しいものある?」
「では、トレンチコートを探してもいいですか」
「ああ、そう言えば春にやられてたね。その後買わなかっんだ」
 めっちゃ舌打ちしてたからね。覚えてるよ。
「もう不要になる時期でしたから」
「そうだったかも? 目星はつけてるの?」
「一応」
「その店ここに入ってる?」
「おそらく」
 彼が挙げたイギリスのブランド名を調べると、無事に見つかったのでエスカレーターに乗った。メンズとレディースが違うフロアにあるが、そんなトラップに引っかかることなく目的地に到着する。
「七海はノバチェックよりクラブチェック派だったか」
「そういう訳でもありませんが」
 イギリスの二大ブランドを比すると、サングラスを押し上げながら答える。身なりのいい男がトレンチコートのブースに直行し手を伸ばすと、すかさず店員さんが試着を勧めてきた。
 ミドル丈のネイビーのトレンチコートを選び、店員にサイズを伝えて持ってきてもらう。
 七海は高身長の上、肩幅も大きい。ついでに背中に呪具を入れるため、他人よりゆとりが必要だし、戦闘時はロングコートでは邪魔になる。まあ、敢えてスーツを選んでる時点で機能性のみを重視してはいないみたいだけど。サイズを確かめる七海をぼんやり眺めていると、目が合った。
「なんですか?」
「ううん、別に」
「佳蓮さん、退屈ですか? メンズフロアですし」
「違う違う」
「あとでレディースの方にも行きましょう」
「別に退屈してないよ?」
「そうではありません。アナタにも必要でしょう。今夜は冷えますよ」
「あ、いる。ほしい。コートほしい。着て帰りたい」
 即座に頷いた。
「お二人でコートをお探しですか? フロアは異なりますが、レディースもございますよ。ちょうどこちらのデザインの対になるものもございます」
 店員がすかさず笑顔で捩じ込んできた。
「お似合いになると思いますよ」
 商魂逞しい。
「これを買いますので、行きましょうか」
「ありがとうございます」

 動きやすさと汚れの目立ちにくさを考慮した結果として、七海とペアになるデザインのトレンチコートを購入したのは自然な流れだった。

***

「──という経緯なのでたまたまですよ」
「別に七海と同じブランドで探す必要はなかったんじゃないか?」
「言われてみれば」
 一ヶ月後、裏地で揃いと気付いた硝子さんに指摘され、その事実に辿り着いた。
「まあ、どうでもいいか。普通に被りそうなブランドですし」
 思考停止の呟きをした私を横目に、硝子さんはお猪口を空にした。
「……意図的ではないのか」
「店員による作為的な流れですね。防水性能も抜群で重宝してます。いい買い物でした」
 熱燗を注ぎながら笑って答えた。私は大変満足している。

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