Raison d'être | ナノ


▼ カフェ with 猪野

「羽佐間さん!」
 カフェで休憩しようと覗くと、偶然にも見知った顔に名前を呼ばれた。出迎えた店員に一言断りを入れ、ひらひら手を振る彼と、その向かいにいるヤクザと見紛わう男に歩み寄る。長椅子タイプの四人席で、紅茶が二つとケーキが二つ並んでいて、どれも大して減っていない。店に入ってあまり時間が経っていないようだ。
「偶然ですね。一人なら、一緒どうですか?」
「そうしようかな」
「いいですよね、な」
 人懐こい彼が言い切る前に詰めろとぎゅっと押して、私はヤクザ擬きの隣にちょこんと収まった。
「佳蓮さん、なんでこっちに座るんですか」
「なんとなく」
「狭いです」
 じとりとサングラス越しに見下ろされたが、無視して店員を呼び、フルーツタルトと紅茶を頼む。店員さんを見送って、いち、に、さん、とテーブルを囲む三人を順に指して頷いた。
「まあサイズ感的にはバランス悪いかもね」
「テンポどうなってんスか」と猪野君がチョコケーキを食べながら苦笑いした。
「で、二人は任務終わり?」
「はい。予定より早く終わって時間があったので、七海サンがよく行く店連れてってくださいってお願いしました」
「私もこの店七海に教えてもらったんだ。一緒だね」と笑いかける。
「羽佐間さんはお休みですか?」
「うん。お買い物してたの」
「いいですね。あ、荷物こっち置きます?」
「ありがとー」
 座席ギリギリに置いていた紙袋を回収してくれたことで、座席にゆとりが生まれた。
「ありがとうございます、猪野君」
 七海までもが礼を言う。彼への配慮だったというのは穿ちすぎだろうか。
「いえいえ。ちなみに何買ったんですか?」
「基礎化粧品と部屋着。季節の変わり目って買いたくなるんだよね」
 ちなみに今夜は七海の家に突撃するつもりだった。そういうことだ。再び七海からの視線が突き刺さった。またうちに物を増やすのか、と物語っている。幸いにしてと言うべきか、目の前に何も知らぬ猪野君がいるので、七海からの小言が降ってくるはずもない。
「二人は何の話してたの?」
「七海サンの話っス!」
「へー、そうなんだー」
 キラキラとした瞳で七海の戦いぶりを絶賛する猪野君の話を聞き、ケーキを食べ、紅茶を飲む。普段紅茶はあまり飲まないという彼ではあるが、今回ばかりは七海と同じものを選んで飲んでいるようだ。まじ可愛い。和むなあ。七海もなんだかんだ彼を可愛がっているようで、猪野君が好きに頼みやすいようにだろう、普段頼まないモンブランが彼の前にある。糖分を持て余し気味なのか、一口しか手をつけられていない。私がフルーツタルトを食べ終わった頃に七海がお手洗いに離席しても、彼の七海トークは続く。
「七海と初の長期任務だったんだよね? 朝大丈夫だった?」
「ちゃんと起きれました!」
 ぐっと親指を立てて猪野君が言った。
「いや、七海の機嫌とか。異常に寝起き悪い時あるじゃん?」
「え、マジすか」
「え、ヒットしなかったんだ。ラッキーだね」
「朝飯の時間被った時から既にフルセット済でしたよ」
「寝惚けもなしか。そっかー、七海頑張ったんだなー」
 後輩の前で格好つけたい男だったのか。カワイイところあるな。
「普段そんな感じなんですか? ホテルの朝飯に寝惚け七海サン……?」
 違和感しかないのか、首を傾げる猪野君の上にはてなマークが浮かんで見える。釣られて私も考えてみたが、浮かんだ情景はどれも七海の家のことだった。歯磨きもせず寝落ちした時や早朝突撃した時なんて、そりゃあ眉間に皺だって刻まれるというものだ。
「あ、違った。それオフモードの時だ」
「ズルい!」と後輩が悔しがった。
「七海の家でみんなで宅飲みした時寝落ちしてさー、朝の七海やばかったのが印象的だったんだな」
「え、次は俺も呼んでくださいよ! 絶対ですよ!!」
「必死か」
「お願いします!」
 顔の前で手を合わせ、必死の形相だ。
「はいはい。しょーがないなあ」
「何勝手に約束してるんですか」
 ぬっと七海が戻ってきて、私達を静かに見下ろしている。
「七海サン、今日この後暇だったり」
「しません」
 猪野君の言葉を遮るように七海は答えた。しっしと私を席の奥に追いやり、腰を下ろす。私は七海のティーカップを彼の方に寄せる。猪野君はちょっぴり不満げながらに、仕方ないとあっさり引き下がった。
「七海、ケーキちょうだい」
「は?」
 七海は顔を歪めた。猪野君は私の自由っぷりに呆気に取られている。
「いただきまーす」
「太りますよ」
 嫌そうな表情をしながらも、皿に手を伸ばす私を止めはしない。やっぱ要らなかったんじゃん。
「モンブラン久々だ」
 七海は可愛い後輩にケーキを食べさせることができた。私は二つ目のケーキにありつけた。どう考えても双方にとってプラスである。上機嫌にばくんと大きな一口を放り込むと、猪野君が仄かな羨望の眼差しを送ってきているのに気付いた。むぐむぐと咀嚼し飲み込み、おいしい、とシンプルな感想を述べる。
「フーー」
「おつかれ。やっぱケーキ食べる?」
「結構です。全部差し上げます」
 提案は冷たく突っぱねられた。今度は七海が後輩の尊敬の眼差しを獲得している。
「ここ、紅茶だけじゃなくてケーキも全部美味しいんだよね」
「さすが七海サンおすすめの店!」
 そこに帰結するんだ、とは口には出さなかった。その後他のおすすめの店に連れていく約束を取り付けた猪野君はまじで後輩力高いなと舌を巻いた。
 少しすると七海は時間だとか言って立ち上がったかと思うと、まだケーキをつつく私と暇な猪野君を置いて出ていった。去り際にするりと伝票をかっさらって。
「ホントああいうとこっスよね。かっけー」
「ねー」
 残された二人で頷きあった。

***

もしも好物だった場合は「七海、カスクートちょうd「嫌です」

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