Raison d'être | ナノ


▼ 午後の部屋

 出張が終わって東京に戻ってきたとメッセージを送ると、七海もちょうど数時間後に帰ってくるところだという。出張荷物の片付けと昼食を終えてから七海の家に行くといい時間になるだろう。土産のナイヤガラワインとチーズを持って、相棒の家に押しかけた。
 勝手知ったる七海のお家に侵入し、土産を冷蔵庫に入れた。一週間の出張帰りの冷蔵庫はスッキリとしていて、スペース問題を考えなくていいので楽だ。
「紅茶もらうね」
「どうぞ」
 帰ってまだ部屋着に着替えただけの七海は、出張の間の服を洗濯機に突っ込んだり、手紙をチェックしたりとやることが幾つかあるようだ。私は紅茶をいれ、床に座ってソファに凭れ、机の上に置いてあった本に手を伸ばした。半月前に読みかけた七海の本だ。少しうろ覚えなので、ネットであらすじを検索し、ああこんな話だったなあと記憶を甦らせてから読み始める。背後から聞こえる七海の生活音にどこか安らぐ。戦っている時こそ生きている気がするけれど、平和もいいな。
「佳蓮さん」
「んー?」
「なぜ床なんですか」
 しばらくして七海が家事から戻ってきて、ソフトカバーの本を手にソファに腰を下ろしながら尋ねてきた。
「なんとなく。床って言っても、ラグあるし」
「アナタがいいなら構いませんが」
 本を開きながら彼が言った。既に視線は活字に向いている。今日は読書の日で意見が一致したようだ。
 言葉も交わさず、目も合わせず、黙々と読み進めた。私は途中トイレに立ったついでに二人分の紅茶を淹れなおした。それを飲みつつ、文字を追う。静かな部屋で聞こえる音は、時計と、二人分のページを捲る音くらいのものだ。同じ姿勢が続いて少し凝った身体を動かすと、七海の足に私の肘が触れる。それ見たことかと言わんがばかりの視線が降ってきた。無言でソファに上って七海と反対のアームレストに肘を置き、次の章に入った。

 既に読みかけだった本はそこそこで結末を迎え、まあまあおもしろかったな、とぱたんと閉じる。
「七海」
 私が暫くぶりの声を出した。
「なんですか?」と視線も寄越さず彼が返事をする。
「それおもしろい?」
「ええ」
「いいところ?」
「それなりに」
 文字を追いつつ答える七海に、ふーん、と返した。
「なんですか?」
 やっと顔をあげた七海に向けて時計を指す。
「夜どうする? スーパー行くならそろそろ出なきゃだなと思って」
「もうそんな時間ですか」
 紅茶がほとんど減らないので察していたが、やはり本に没頭していたようで、意外そうに目を瞬かせた。
「材料か惣菜か買ってこようか? それとも食べに出る? デリバリーでもいいな」
「……一緒に行きます。ワインに合うものでも作りましょう」
 七海はスピンを挟んでパタンと本を閉じ、あっさりと熱中していた世界を手放した。食事の方が優先順位が高いようだ。
「着替えるので少し待ってください」
「めんどくさくない? 本読んでたら?」
 デリバリーでもするつもりで部屋着だったのに、私が持ち込んだ土産を万全に楽しむために予定を変更したのだろうか。
「私買ってくるよ。何がいい?」
「いえ、行きます。あれが無かったこれはどっちがいいなどと相談の電話をされてもかえって手間です」
「やるかも」
 何故なら今回は久々の料理だから、万全を期したいからだ。
「そうでしょう。並んでるものを見てメニューを決めます」
 おっけー、と頷いて二人共立ち上がる。
「七海と料理するの二ヶ月ぶりかな。楽しみ」
 絶対に楽しいし、おいしい。期待してへらりと笑って見上げると、彼も微かに口角を緩めていた。

***

楽しみにしていた本<佳蓮と同じ空間で過ごす時間

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