Raison d'être | ナノ


▼ 6

「お、佳蓮じゃん。二級オメデトウ」
 高専の廊下でばったり出会った最強は、にやにやしながら軽く手をあげて声をかけて近付いてきた。この人の笑顔はいつ見てもろくな予感がしない。
「……ありがとうございます。耳が早いですね、一番乗りですよ。私からは誰にも言ってませんから、上からの情報ですね」
「へー、彼氏にも言ってないんだ?」
「彼氏いませんけど」
「え? まだ七海と付き合ってないの? アイツもしかして不能?」
「ふッ……しばかれますよ。あとまだってなんですか」
「焦れったいなあもう」
「そんな予定はありません」
「あらら? もしかして佳蓮フラれた? 僕地雷踏んじゃった?」
 肩を組み、絡んでくる。イケメンと最強を差し引いても、言動のマイナスが著しい。
「告ってません。近いです」
「やだな、僕と佳蓮の仲じゃないか」
「つまりは他人ということですね」
「ねえねえ、告られた?」
 話を聞かない男にイラッとしたが、噛み付いても疲れるだけなので省エネで返す。
「ないですよ」
「じゃあ佳蓮が七海の部屋に居るってハナシは?」
「なんですかその噂」
 鼻で笑ってすっとぼけた。
「ふーん、この僕に向かってウソつくんだ?」
「あ、分かりました。五条さんは七海の家に立入禁止だから、入ったことある私に妬いてるんですね!」
「え、僕って立入禁止だったの?」
「先月七海と伊地知さんと宅飲みしました。なので私は入れることが確認されましたね。情報の出処はそこでしょう?」
 五条さんを押し退け、触れていた肩をパンパンと払う。
「僕呼ばれてないんだけど?」
「呼んでませんから」
「次は呼んでね」
「最初にショット一気対決してくれるなら」
「マカロン大食い対決なら受けて立つよ〜」
 ハートを飛ばしてキャピる最強を引っぱたいちゃダメかな、と一瞬迷った。肩組まれてる時ならワンチャンあったかもしれない。ないか。
「はぁ。七海と私の関係とか興味あります?」
「あるある」
 とかなんとか言って、わざわざ一人の私に絡んでくる時点で、本題は別件な気がするけどな。まあ、なんでもいい。考えてもしょうがない。
「はは、じゃ今から飲みに行きます? 恋バナしちゃいます?」
「僕が下戸なの知っててそれ言う?」
「さーて、昇進祝いに誰と飲みに行こうかなあ」
「残念だけど佳蓮は今から呪霊とランデブーだよ。初の単独任務、いってらっしゃーい」
「あーあ」
「愛しの七海とずっと一緒ってわけにもいかないんだし……ま、気をつけて」
「ハイハイ」
 道中、元は五条さんの仕事だったと車内で聞き、苦情のスタ爆した。クソ、伊地知さんが待ってたからおかしいなと思ったよ!

 向かうは埼玉県某市。ドキドキ初の単独任務は高校の旧校舎だ。呪霊は既に旧校舎に出現していて、その討伐という分かりやすい仕事だ。
「さくっと片付けよう」
「夜も別件がありますからね」と伊地知さん。
「二級になった途端人使いの荒さ急上昇だ」
「すいません、人手不足で」
「伊地知さんを責めてるんじゃないんですよ。そんなことより懸念しているのは、五条さんにただの二級討伐依頼がされるのかってことなんですよ」
 タブレットを操作し、情報を確認する。

***

「つかれた」
「お疲れ様です」
 半月ぶりの会話がこれだ。数日前七海に連絡を入れたところ、高級焼肉を食べに行くことになった。多分昇進祝いのつもりなんだろう。気遣ってくれたのか、なんと討伐帰りの駅まで迎えに来てくれる運びになった。優しさが沁みる。
「七海は元気そうだね」
「普通です」
「そう?」
 いつものスーツ姿ではなく、カジュアルなワイドストライプのシャツを着て立っているので、前後に任務は入っていないはずだ。
「十連勤死ぬかと思った。今日の肉の為に頑張った。七海、よく予約できたよね。そして私もよくぞ討伐を終えられた。頑張った」
「念願叶って何よりですね」
 他人事のように言いながら、ひょいと私のボストンを取り上げて持ってくれた。
「ありがと」
「怪我は?」
「擦り傷くらい。硝子さんのとこ行ってたら肉間に合わないからね、細心の注意を払った」
「普段から是非そうしてください」
「してるしてる。イキナリ単独続きだったなあ。ほとんどそうだったよ。まあ合わない人と一緒よりはいいけど」
 合わない人とだと変に気が散ってしまって、怪我しがちだ。
「そうでしょうね。佳蓮さん、往来です。行きましょうか」
「あ、そうだね──って、どこいくの? 店逆じゃない?」
 歩き始めた七海について行きつつ、見上げて尋ねる。
「まだ予約まで時間があるでしょう」
「そうだった」
 以前から私が行きたいと言っていた有名店だ。ベストな時間ではなくそれなりに暇ができてしまったが、予約が取れただけでもいい方だ。
「少し買い物でもしましょう。昇進祝いです」
「なんか買ってくれるの?」
「はい」
「何にしようかなあ」
 考えてみたが、へとへとに疲れきった頭はうまく作動してくれない。
「前欲しいと言っていたのは……腕時計とネックレスとキーケースと、あとなんでしたっけ」
「めっちゃ覚えてるじゃん。MA−1かな」
「アナタがあれ欲しいこれ欲しいと写真を見せてくるからでしょう」
「七海だって食べたいやつ写真見せてくるじゃん」
 これは新幹線あるあるだ。
「欲しいと要るはまた別なんだよね。欲しいけど」
 溜息をつかれた。
「買ってくれるのなら、長く使えるものがいいなあ。よって服はナシ。腕時計は壊しそうでヤダしなあ。キーケースは今のがまだまだ使えるからいいや」
「残るはネックレスですか」
「そうなるね」
 貴金属。果たしてそれは──まあ、我々は相棒なのでなんでもいいか。解決。
「今度硝子さんに自慢しようかな」
「やっぱり買うのやめます。時間までどこかのカフェに入りましょう」
「冗談だって! ごめんて!」
「知ってます」
 その証拠に、彼も私も足を止めずに百貨店へ向かっている。彼は私と特別親しいことをどうも隠そうとしている。二人でご飯や飲みに行くことくらいは、それこそ硝子さんや伊地知さんは知っている。それなりに仲のいい呪術師には知られている。つまり五条さんにもバレている。
『妙なやっかみを受けないためだろう』
 いつだったか硝子さんに指摘され、なるほどと思ってそっとしていた。しかし等級の上がった今でも変わらず続いている。二級になった今もそうなら、多分、これからもずっと続く。私はどちらでも別に困らないから、七海がやりたいようにさせている。親しくない呪術師や補助監督などに私生活を触れられたくないとか、多分そんな感じでしょ。オンオフの区別大事だよね。こんな仕事だからこそ。
 真っ直ぐにジュエリーゾーンに突入すると、厳めしい目立つ容姿だからか、ひやかしらしい幾許かの人間はあっさりとどいてくれた。
「彼女さんへのプレゼントですか?」と当然店員に聞かれる。
「ええ」
 説明を面倒がっただろう七海は適当に肯定した。昇進祝いにジュエリーは一般的ではない。私も面倒なので否定しなかった。
「佳蓮さん、どれがいいですか?」
「どれが似合うと思う? シンプルめなので」
「そうですね……」
 欲しいとは言ったが、具体的に何かあるわけではない。聞いてもいいが、予算も不明だ。おそらく相棒は何も気にしていないだろうけど。七海のセンスに任せることにした。時間があるのでゆったり数店舗まわり、最終的にプラチナをベースにダイヤを散りばめたホースシューネックレスを買ってもらった。ご機嫌に店に向かう途中で、はたと立ち止まる。
「こ、これはもしかして首輪……!?」
「違います。が」
「が?」
「何か心当たりのある行動をしたようですね。このあとじっくり聞きます」
「ミスった」
 逃げたい。しかし肉は食べたい。私は大人しく肉を選んだ。
 七海は早々にステーキを頼み、じゅうじゅうと網の上でゆっくりと焼き上げる間にこってり絞られた。肉が焼けたらそっちに逃げるのを完全に見抜かれていたので、逃げ道は既に塞がれていたのだ。
「でもさ、つまり、やれること増えたって分かったんだよ?」
「そもそも突っ込んだからこそ呪詛師の帳に閉じ込められたんでしょう」
「ちゃんとすり抜けて出られたわけだし。おかげで不意打ちで倒せたし」
「それは結果論です」
「結果がすべてだぜっ!」
「佳蓮さん」
「ごめんなさい」
 青筋立てた七海怖い。

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