Raison d'être | ナノ


▼ 5

 今まさに七海を乗せた車が動き出そうとしている。
「またん、かいっ!」
 刀印を結び、ハンドル目掛けて結界を張った。無事車は発進することなく、そのうちになんとか追いついた。後部座席のドアをあけ、七海の隣に滑り込む。
「なんでこんなことすんの?」
「足手纏いを連れていく気はありません」
 無表情に前を向いたままきっぱりと告げた。
「術式を解除しなさい。彼が運転できません」
「あ、ごめんなさい。どうぞ移動をお願いします」
 結界を解き、補助監督の吉田君に謝った。年下をビビらせて申し訳ない。
「アナタは降りなさい」
「嫌だよ」
「そのー、今回は七海準一級術師単独と聞いたんですが……七海さんもそう言ってますし」
「元は二人だったので」
「か、確認取ります」
 スマホを取り出した補助監督を制する。
「いいよ、急ぎなんだし行こ行こ。大丈夫、いけるって!」
「待って羽佐間さん、服! 袖! 血!」
「大丈夫ですよ」
 単語で喋る吉田君をひらひらと手を振って諌める。
「吉田君が混乱しているでしょう。降りなさい」
「そもそも怪我した私を置いて行こうとする七海が悪いんでしょ」
「元はと言えば、怪我したアナタが悪い」
「硝子さんに治してもらったからノーカン!」
 睨み合うこと数秒。溜息をついて七海が折れた。
「……分かりました。吉田君、車を出してください。佳蓮さん、いつでもどこでも家入さんの治療を受けられるわけではありません。勘違いして突っ走らないでください」
「はいはい」
 首根っこ掴んで家入さんのところに放り込んだのは七海だし。異様に不機嫌なコイツのせいで、車内ムードは険悪。吉田君超ビビってんじゃん。なんだよ。置いてくなよばーか。ちょっぴり不貞腐れて、私も真顔でシートに背中を預けた。



 仕事が始まればしっかり切り替え、いつも通りなのは七海らしい。どんどん強くなっていく七海と共に、彼の言うところの定時ギリギリに祓い終えた。今から戻ると遅くなるし、と晩御飯を食べて帰ることを私から提案した。七海との任務はいつも以上に行動の読みに神経を巡らせ脳を酷使するので、体がカロリーを欲しているのだ。七海から補助監督を誘うのを見たことはないけど、単独の時どうしてるんだろ。やっぱり遅くなっても解散してからかな。料理好きだし自炊もあるか。
「三名様でお待ちのユキムラ様ー!」
「はーい! 呼ばれたよ、行こ行こ」
「え?」
 すっと立ち上がった私と七海に半瞬遅れ、吉田君が立ち上がる。
「またその偽名ですか。好きですね」
「ああいうところに自分の名前書くのイヤなんだよね。色んな人に見られるんだし」
「分からなくもありませんが」
「あの、マジで俺もいいんですか?」
 ここまで来ておいて、吉田君が再三の確認をする。
「もちろん! 海鮮丼食べて帰ったってバチ当たんないですって!」
「そうじゃなくてですね……」
「アナタが食べたい気分なだけでしょう」
「川幅うどんの方がよかった? 次はそうしようか」
「海鮮丼でお願いします」
 七海の嫌いな平たい麺を挙げると、間髪入れずに欲しい返事が放たれた。

「お二人さん、すげぇ仲良しですよね。羽佐間さん、正直最初びっくりしてついていけなかったんですけど、超いい人ですよね。それに俺が羽佐間さんなら置いてかれたとか思わないだろうし、休めるなら休みますもん」
 海鮮丼を平らげ、打ち解け、吉田君の運転で東京に帰る。帰りの車の空気は和やかだ。
「吉田君ド正直だよね。でもご飯来てくれたから許す!」
 ほんと、みんななかなか来てくれないんだもの。
「あざす! ゴチでした! はー、七海さんと海鮮丼食べたって自慢しなきゃ」
「誰に?」
「七海さんに憧れてる奴がいるんですよ」
「へえ。私は?」
「え?」
 吉田君が頬を引き攣らせたのがミラー越しに見えた。
「私には?」
 にこにこにこにこと笑顔で圧力をかけてみる。
「佳蓮さん」
 名前だけで短く窘められた。
「軽い冗談じゃん。そりゃ七海に憧れる人はいるよねーマトモっぽいもんねー」
「少なくともアナタよりはまともですよ」
「確かに。怪我治して即任務って、羽佐間さん戦闘狂っぽいですよね。どんな呪霊だったんですか?」
「いや、蓋開けたら呪霊じゃなくて呪詛師だったよ」
 朗らかに返すと、と吉田君の表情がびしと強ばった。
「……呪詛師、ですか」
「そうそう、別行動のとこ狙い撃ちされて、左腕やっちゃっだんだよねー。こんなんだから準二級なのかな。だめだなあ。でもちゃんと殺ってきたよ。ね、七海」
 無視された。じーっとサングラス越しの目を見る。閉じてる。
「寝た?」
「寝てません。この一瞬で寝れるわけないじゃないですか」
「おやすみ一秒的な」
「言うならば三秒です。それはもう気絶です」
「七海気絶したの?」
「してません。そろそろひっぱたきますよ」
「痛いの嫌だ」
「ではふざけた発言は慎んでください」
「……七海さんよくやってるよなあ、マジ噂通り」
 ぼそりと運転席から聞こえた声に、ジロリと視線を向ける。
「心の声漏れてんぞ吉田ァ」
「あっ!」
「わざとだよね?」
「滅相もない」
「どんな噂になってんの?」
「トテモ仲良シ」
「怒らないから正直に」と刀印を見せて微笑んだ。
「か、飼い主とペットです」
 すぐにゲロった。いやあ扱いやすくて助かるな。絶対にまたご飯に誘おう。
「聞いた? 七海がペットだって。ウケる」
「どう考えてもアナタがペットです」
「え?」
「いっそ首輪でもつけましょうか。急に突っ込んでいくその暴走癖なんとかしてください」
 それちゃんと対応してくれる七海の時にしかしないし。
「なーんか首輪とかヤバいこと言ってる七海が飼い主扱いなの?」
「なんなら凄腕騎手です」
「世の中間違いすぎっしょ」
「そんな調子で、アナタがどうやってOL時代を生き抜いてきたのか甚だ疑問ですね」
「猫被り一択」
 当然でしょ、と得意満面に言い切った。
「元OLだったんですか? 確かに元一般人って聞いたことあるような……まさか従順で大人しいOLしてたんですか?」
「まさかって何。真面目に事務職こなしつつ笑顔で応対してヒール履いてネイルして同僚とランチして時々合コンするキラキラOLしてましたけど? いや、合コンは概ね巻き込まれだけどさ」
「マジで言ってます?」
「マジだよ」
「羽佐間さんのお友達の話とかではなく?」
「私の話。大学くらいからずっとそんな感じのテンションで生きてきたよ」
 大学入学は私にとっては大きなターニングポイントだったのだ。楽しく普通に生きることに全振りしていたのが懐かしい。
「大学デビュー……?」
「吉田君?」
「ごめんなさい! でもそんな勝ち組してたのに、それが合わなくてこっちに来られたんですよね?」
「言うなあ」
「はは。七海さんならこのあたりの話ご存知ですよね? マジなんですか?」
 七海といる時の私しか知らない彼は、随分と疑り深いようだ。
「いえ。知りませんね」
「あれ? そういう話しないんですか?」
「しないよ」
「しませんね」
 二人の声がぴったり重なった。ハンドルを切りつつ、吉田君が不思議そうにした。
「こういっちゃなんですけど、仕事の関係の方だったんですねえ」
「方、って?」
 言い回しに引っかかりを覚えて尋ねる。
「不快に思われるかもしれませんが……補助監督同士もそれなりに付き合いがあるものですから。お二人は仕事のみの付き合い派が今では大半なんですけど、根強い『何かある』派がいるんですよね。高橋さんあたりは何かあってほしい派って感じですけど──あ、俺が言ったって秘密ですよ」
「君口軽いよね」
 私にとってはどうでもいい内容だけど。
「大事なこと以外はおしゃべりなんですよ」と吉田君は軽く笑った。
「七海はそんな話になってるの知ってた?」
「どうでもいいです」
 こちらを見向きもせず、言い捨てた。だよね、と私は笑った。
 嘘つき。七海、本当は気にしてる癖に。

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