Raison d'être | ナノ


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 寝落ち宅飲みの一件以降、七海の部屋で七海の買った本を読んだり、私が持ってきた映画を並んで見たりして僅かな休日を過ごすことが増えた。七海が食材を用意してくれていて一緒に料理をすることもあれば、私がとびきりの酒を持ち込んでゆっくり晩酌をすることもある。もちろん毎回ではないし、せいぜい月に一回程度だ。寝落ちでもない限り深夜にタクシーを呼んで家に帰って寝るし、任務がどちらか、あるいは両方に舞い込んできて強制終了になることも珍しくない。

 七海が準一級に上がってますます任務の内容は激化して、私もそれに必死で食らいつく。そんな日々だからこそ、狭い呪術界では多くない同級生という理由があるからこそ、七海の家で過ごす時間は拠り所でもあった。七海にとってもそうなんだと思う。小学生の秘密基地のように内緒にして、大学生みたいにお酒を飲んでひたすらに夜更かしして、社会人らしく上質なものを二人で共有する。依存までは到達していないけど、この時間が無くなると余裕が削れた心の回復にもっと時間がかかってしまうに違いない。任務中にこそ最も生を感じるが、生き続けることで心身が疲弊する。何もない一人の日との温度差が大きくなり、ますます普通丶丶の生活に空虚な感情を覚えてしまう。七海との時間は生と死の中間地点であり、バランスのいい空間に感じられていた。
 ぬるま湯で精神を癒すと、また呪霊をひたすらに祓い続ける。私も七海からやや遅れて等級が上がり、準二級になって、西に東に飛び回り、何度か死ぬ思いをして、時折硝子さんに治してもらってはまた飛び出す。
 任務が荒むほど私は居心地のいい部屋を離れ難くなり、七海も「もう少し付き合え」などとロックグラス片手に主張することが増えた。出張帰りの荷物から部屋着を七海の部屋に置いて帰ったのはいつだったか。その前に一度七海の服を借りたはいいが体格差のせいであまりに不格好で、七海は肩を震わせて笑っていたのでだから妥当な判断だろう。酔っ払いめ。私の足が短いんじゃないやい。



 不快な京都野郎と大阪での仕事はイライラゲージがかなり溜まった。帳スキルが随一と噂されるまで上がったため、市街地での対峙が見込まれる任務にあてられがちだ。速度もそうだし、発揮することは無いけど効果付与で無駄なフィルター付けて遊んでたのがヘルプに来た五条さんに見つかったりもした。その珍妙さを面白がった五条さんがいじってくるから爆速で拡散された。いいじゃん、呪力のある猫しか出られない帳。遊ぶ時はちゃんと二重にして普通の帳降ろしてるじゃん。この調子なので、帳を下ろせない補助監督についてもらうことが多く、悲しいかな、和みの伊地知さんとは基本別である。
 話を戻す。大阪の任務が終わったと七海に何気なく報告したところ、岡山に向かう途中だったこの男に攫われて現在に至る。
「佳蓮さん」
「なんでしょう七海さん」
「苛立ち紛れに無茶はしないように」
「しないよ」
 バレてら、なんて思いながら素知らぬ顔で微笑んでおいた。
「言いましたからね」
「分かってますよ、七海準一級術師さん」
「分かったのなら、その通りの行動をしてください」
「今回のに引きずり込んどいて凄まじく上から目線だね?」
「それはそれ、これはこれです」
 到着時刻のこともあり、聞き込みもあまり充分にはできず、私は不完全燃焼のまま夜まで来た。あーあ、暴れてやろうと思ってたのに。
「あ」
 青ざめた補助監督に二人の術師からの視線が集まる。
「どうしました?」
「そ、その……急だったものですから、羽佐間さん分の客室を失念していまして……」
「同じホテルじゃなくてもいいし、別にどこでも」
「それが、今日明日の連日でアイドルグループのライブがありまして、おそらくどこも満室かと思われます」
 すいません、すいませんと補助監督さんがしきりに頭を下げる。
「いいですよ、七海に責任取ってもらいますから。私を連れてきたのこの人ですし。というわけで七海野宿!」
「嫌です」
「えー」
「嫌です」
 二度言ったな。あ、補助監督さんが涙目になった。準一級術師野宿って響きはやばいもんな。週刊・高専なんてもんでもがあれば間違いなく掲載される。
「まあ冗談はこの辺にしておいて」
「半分本気でしょう」
「どうかな。七海の部屋どうせ二人部屋でしょ? 泊めて」
 はー、と至極面倒くさそうに溜息をつく。
「そういうことでよろしく!」と雑な敬礼をした。
「よくありません」
「ホテルってどこですか? 大浴場あります? 七海が壁越しにいるところでシャワーを浴びるのはちょっとねえ。これでも乙女なんで」
「あ、あったと思います」
 救いとばかりにコクコクと必死に頷く。
「よかったです」
「よくありません」
「では決まりで」
「聞け」

 奇跡的にツインルームだったので、無事個人の寝床を確保することができた。さすがに同じ布団で寝たことはないので、よかったというべきだろう。同じソファまでだ。
「とりあえずお風呂入って今日は寝ますか。先浴びていい?」と備え付けシャワーを指差す。
「……七海が壁越しにいるところでシャワーを浴びるのはちょっと」
「おお、すごい。一言一句違わず覚えてる」
「よくも言えますね」
「嘘も方便ってね」
 任務終わりに訪れることが多いので何度も七海の家のシャワー借りてるし、たまに湯船浸かってゆっくりするし、シャンプーだなんだとガンガン私物を増やして着々と七海家を侵食している。
「誤解を生む言動は避けといた方が無難でしょ? どうする? 七海、先入る? それとも大浴場?」
「アナタがここで入るのなら、私はその間に大浴場に行きますよ」
「その方が時間のロス少ないか」
 明日も当然仕事なのだ。納得してジャケットを脱ぐ。シワにならないようシャツも先にハンガーにかけておこうと脱ぎ始めると、七海はふいと顔を逸らした。いつものブラウスは大阪で汚してしまい、適当にシャツを買ってその場で着替えてきた。新品がぐしゃぐしゃになるのは気持ちのいいものでもないよね。
「中タンクトップだから大丈夫だって」とそっぽ向いた男に声をかける。
「アナタはいいんですか?」
「うん。七海達以外ならあんまり好きじゃないんだけど」
「……そうなんですか。何故です?」
「ジロジロ見られるの嫌い」
 ボタンを全て外し、ハンガーの元へ移動する。つられてか、彼が身動ぎする気配がした。
「──アナタ、それ」
「大阪でちょっとねー。呪術師は生傷が絶えないでしょ? あー、DVかとか知らないオバサンに絡まれたのはキツかったなあ。今日の傷沁みるかな。やだなあ」
 右前腕の擦り傷を一瞥し、軽く答える。
「そっちではありません。左肩です」
「ああこれ? 懐かしいでしょ。一応公式には初仕事」
 千葉の洋館の、初めて巻き込まれた呪霊の領域内部。
「──家入さんのところに、行ったと」
「お取り込み中だったからやめた。大した傷でもないし」
「聞いてません。傷跡が残っている」
「聞かれてないし。なんで怒ってんの?」
「アナタは女性です」
「その前に呪術師だよ」
 七海は不機嫌を前面に出しながらも押し黙った。そっか、コレに気付いてなかったんだ。確かに七海の家じゃいつもTシャツだったもんな。
「ん? 言ってないのによく察したね?」
「結局は自分で暴露しておいて」
「それもそうか。呪術師だからねー、どうしても名誉の勲章は避けづらいでしょ。呪術師になるって決めた時にはもう分かってたことだよ」
「……前から思っていましたが、佳蓮さんは自分の身体に少し無頓着なきらいがありますね」
「生きてるだけで儲けものってスタンスだからかな。もうよく生きたくらいの気持ち」
 前世の享年超えれば目標達成、そういう意味ではいつ死んでも納得ができる。気分は既に天命の延長戦が続いている。
「もう少し欲を出しなさい」
「欲ねえ」
「アナタが準二級で止まっているのは正解かもしれませんね」
「つまり?」
「単独行動させるのが恐ろしい」
「死にそう?」
 ちょっぴり自覚があっただけに、するりと言葉は出てきた。
「……ええ。佳蓮さんは、一人だとすぐに諦めるでしょう」
「どうかな。そうかもね」
「よく生きたと信じているのか、そもそも生きていると実感が薄いのか知りませんが。呪術師向きの性格ではありませんね。何一人勝手に燃え尽きてるんですか」
「燃え尽きてないよ!? 超生きてる!」
「じゃあいつ生きてるって感じるんですか」
「……呪術師やってる時。呪霊と戦ってる時。七海と一緒に呪霊と戦ってる時。ね、超生きてるでしょ?」
 一、二、三と指折り数えたあとガッツポーズしてアピールしてみた。
「イカれてますね」
「ありがとう」
「褒めてません」
「これからも私と一緒に生きてね、七海建人君」
「仕事はこなします。風呂入ってきます」
 七海はくるりと背を向けつれない返事を残し、部屋を出ていった。

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