Raison d'être | ナノ


▼ 3

 半月以上ぶりの七海との仕事だった。この前の任務に私が手こずって、その前は七海がなんだか手こずってたらしく、タイミングが合わなかっただけの事なのだけれど。少し久々に組んでみると、その圧倒的な動きやすさに安心して、テンションが上がって実力以上の力を発揮できた気さえする。細い結界で呪霊を串刺しにして、そこに七海が十劃呪法を叩き込んだときの清々しさと言ったらない。アドレナリンドバドバだ。
 全て祓い終えて、今回の補助監督である中村さんの運転する車に乗り込んで尚、私は上機嫌だった。だって今日は久々に七海と飲みに行ってやるのだ!
「そうそう、中村さんも一緒に飲みに行きませんか?」
「今度スケジュールが合えば是非」と苦笑が返ってくる。
「わあ、いつにしましょうか」
「今のは社交辞令ですよ。分かりませんか」
 隣の七海が口を挟んだ。
「わかりませーん!」
「では覚えてください。中村さん、コレは無視していいですよ。先程の戦いでハイになってるだけですから」
「はは……七海さん、ありがとうございます」
 なんだか除け者の気分だ。私だけ元気ハツラツしてる。
「いえ。ところで佳蓮さん、一体いつ私がアナタと飲みに行くことになったんですか」
「雰囲気。この辺の名物なんだったかな」
「私は帰りますので」
「なんで」
「帰れる時間ですから。お疲れ様でした」
「え、新幹線の終電何時だっけ?」
 想定外の言葉に熱がすっと引いていく。
「三十分後です」
「確かに頑張ればいけるな……」
 頑張るのは中村さんだけれど。
「アナタはどうします?」
「私だけこっち残って別行動とか普通に迷惑だから。東京帰るよ」
「では駅まで向かいますね」とすぐさま中村さんが言った。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす。中村さんも帰りたいですよね」
「その、補助監督などにお気遣いありがとうございます……」
 少々肩を強張らせている。
「いやいや、」
「今のは佳蓮さんが悪いのでお気になさらず」
「謝ろうとしたのに遮られた。ごめんなさい、中村さん。七海、ご飯行かないなら今日の反省を帰りの新幹線で聞いてくださ……ねえねえそんな嫌そうにしないで?」
「嫌そうではなく嫌なんです。もう定時を過ぎているので」
「そっかあ。じゃあ寝るか。分かった」
 ふう、と彼は息を吐き出して目を閉じた。こんな時間では駅弁もろくに買えはしない。群馬から東京まで戻ったら戻ったで、お腹がすきました、と結局どこかの店で一緒にご飯を食べる流れは目に見えているのに。本来は明日までかかる予定の任務だったので、何もなければ自動で明日は休み。急な任務が入るかもしれないけど。食べて、今度は飲み足りないと遅くまで開いているバーにでも行く気がするな。

 案の定、そう言った流れだったんだけれど。
 中華で程よくお腹も膨れ、疲れもあって回りの早いアルコールでほろ酔い状態で、タクシー飛ばしてきたのは七海がよく行くと言うバーだった。しかし店は暗く、貼り紙がしてあった。
「あれ?」
「……休みですね。すみません。把握していませんでした」
「妻と温泉旅行のため、か。いい店だね。定休日ってわけじゃないんだから仕方ないよ。でもどうしようか。もっと飲むテンションなんだけど。この辺店ある?」
「この時間ともなるとあまりないですね。ああ、うちで二次会しますか? この近くで、すし……」
「お、場所提供してくれるなら私がお酒買うね。七海の家って何ある? とりあえずコンビニ寄ろうよ」
 ちょいちょい、と未だ店の前に立ち尽くす七海の袖を引っ張る。
「──ええ、そうですね」
「コンビニどっち?」
「こっちです」
 あれ? あれれ? 歩き始めてからやっと、内心首を傾げた。あまりにごく自然に受け入れてしまったが、これはどうなんだろう。そいや最後詰まってたの、七海も何も考えていなかったことに気付いたからではないだろうか。であれば余計に問題はないな。万一下心なんてものが仮にあったなら、七海はもっとスマートにやってのけるに違いない。ありえないな。今夜は時間も何も気にせず、だらだらお酒を飲んでおしゃべりしよう。いつもよりくだらない会話をしてもいいかもしれない。幸いにして出張の関係でお泊まりセットは持っているから、うっかり時間が経ちすぎても問題ないじゃないか。なんて完璧な計画なんだ。やば、大学生に戻ったみたいじゃん。既に超楽しい。
「いくぞー!」
「恥ずかしいんではしゃがないでください」
 普通に叱られた。それすらなんだか心地よくて、へらりと笑った。

 コンビニで気になったツマミや酒をこれでもかと籠に入れ、七海に溜息をつかれながら宣言通り自分で支払って、重い袋は七海が当然のように持ってくれた。やべ、買いすぎたな。どんだけ飲む気だよ。
「部屋すぐ入っても大丈夫? 片付ける時間いる?」
「問題ありません」
「そういうとこ七海って感じで安心するなあ」
 くすくす笑いながら綺麗なマンションのエレベーターに乗って、七海の部屋まであがった。
「おじゃましまーす」
「荷物は適当に置いてください」
 整然とした落ち着きのあるシックな部屋だ。そして同時に懐具合に余裕を感じる部屋でもある。いかにも七海らしい部屋の隅に私の荷物を寄せて、七海に倣ってソファ前のローテーブルに買ったものをどかっと置いた。
「いざ! 宅飲み──の前に七海、スーツはしんどいでしょ。部屋着に着替えてきたら? 適当にセッティングしとくからさ」
「そうですね。そうします」
 七海は寝室に消えていった。読みかけらしい文庫本を汚れないようダイニングテーブルに持っていき、買ってきたチーズや惣菜を開いて並べ、自分が一杯目に飲みたいチューハイを選ぶ。シャルドネサワーにしよう。プシュ、と軽快な音と共にフライングで開け、喉を潤す。テンションが振り切れている自覚はあるんだけれど、歯止めが効かないし止める気もあんまりない。今日はいいでしょ、相棒君。
「どーれーにーしーよーうーかーなー」
「何やってるんですか」
 黒いスウェットに着替えた七海が戻ってきていた。眼鏡も外していて、そのゆるさになんとなくにやにやしてしまう。
「七海が飲むやつ選んでた!」
「自分で選ぶので結構です」
「はい、ビール」
「アナタ自分が飲む気ないから渡しましたね? 飲みますが」
 そう言って缶を受け取り、しっし、とソファの端に寄れとジェスチャーされた。従いながら、にこにこ返事をする。
「やっぱ飲むんじゃん。シャンディガフとかレッドアイとかにする?」
「このままでいいです」
 七海が隣に腰を下ろし、宅飲みが始まった。呪術師は肉体労働。つまりいっぱい食べる。私だってOL時代からは到底考えられない量を食べるようになったし、そのカロリーをしっかり消費している。人並みな分量の中華では足りず、チーズやスモークタン、スティックサラダなんかをたっぷり買ってきている。深夜の背徳ウインナーとベーコンはあとで七海が焼いてくれるに違いない。

 チューハイを二缶開けて、七海にピーチオレンジを作らせて、七海の家にあったウイスキーでハイボールを二つ作って乾杯して、オカワリして。いいウイスキーで作るハイボールはうまい。新幹線も一緒だっただけに、ごくごく最初しか仕事の話をしなかった。途中で七海の本棚を漁ってテンション爆上がりしてる間に、クリームチーズのオードブルとピンチョスができあがっていて大絶賛した。お酒と自宅で気が緩んだらしい七海はさらに上機嫌で、新たなツマミとカクテルを作ってくれる。半分は褒めたからだろう、意外と可愛いところがあるんだよなあ。
「ふふふ」
「佳蓮さん」
「なにゃみー、よんだー?」
「飲み過ぎです」
「やだ。もっと!」
「ダメです」
 ハイボールが奪われた。代わりに水を押し付けられる。
「先にこっちを飲みなさい。でなければこれは返しません」
「えー」
 仕方がないので一気に飲み干そうとして、ちょっと零れて喉を伝う。
「あ」
 瞬時に七海の腕が伸びてきて、私の胸元の代わりに彼の袖が濡れた。
「佳蓮さん、もう寝なさい」
「もうちょいここにいる」
 はーー、とまた溜息が降ってきた。
「その状態では帰せませんよ。泊まっていきなさい」
「やった。ぶっちゃけタクシー呼ぶのさえめんどかった!」
「そうでしょうね」
 七海が私から取り上げたハイボールを飲みながら応えた。まじで私に飲ませる気ないじゃん。
「ななみー、泊まるならきがえていい?」
 泊まり任務でちょうど部屋着があるのだ。
「……バスルームはあっちです」
「さんきゅ!」
 眉間を押さえる七海にお礼を言った。
「わ、と」
 勢いよく立ち上がると、酔いでふらついてソファに逆戻りしてしまった。
「アナタ自分の状態も理解できないんですか」と呆れられた。
「はしゃぎすぎちゃったみたい」
「そうですね」
「相棒の家、うれしくて。もっとこうしてたい」
 へらりと笑むと、彼は微妙な顔をした。相棒と言葉にすると、たまに複雑そうな、もの言いたげな表情をする。こういう時は大抵飲み込んで、何も言わない。
「着替えはもう少しあとにしなさい。帰らないなら急ぎでもないでしょう」
「うん、そうする」
 頷いて、離れたグラスに手を伸ばしたらがちりと掴まれた。
「何故酒に手を伸ばすんですか」
「のみたいもん」
「ノンアルカクテル作るから大人しく待ってなさい」
「ほんと? ありがとう」
 シンデレラを飲み切ってから今度こそ着替えて、またダラダラとおしゃべりする。積読タワーってじわじわ伸びてくるよね、とか。実写化と映画化の話や、七海の私服とよく買いに行く店。体型で地味に困っていることを引きずり出したり、レディースこそ肩幅に困るんだぞと絡んでみたり。笑って、笑われて。結局朝方までぐだぐだ喋っていたせいで、なんと二人して見事寝落ちした。
 目が覚めて、相棒故にあの七海が寝落ちするところを見れたのではないか、と思ってにやにやしながら歯磨きした。自慢する相手いないけど。ちなみに無事二日酔い。

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