散る夢で君と二人 | ナノ


▼ 2月

 小麦粉、バター、卵、砂糖。それから家にあったベーキングパウダーをキッチンに並べた。突然湧いた半日の休み。料理を教えてくれた人間はいない。
 日本では一般にパウンドケーキと呼ばれるものを一人で作ろうと思い立ったのは、バレンタインシーズンで製菓売り場が充実していて、視界に入ってしまったからだ。別名、カトルカール。桜は適当に言っていたが、本当にフランス語だったと知ったときは笑ってしまった。そして発祥はイギリスだった。たまにこういうカンが冴えているから驚かされる。カンというのは、知識や経験に基づくものだから、それなりの人生を送ってきたことは分かる。言葉の端々でそれを感じてはいる。本人には言わないけど。
 まずは卵を割って、計量する。四つの材料を同量使うのがこのお菓子なのだと笑って、でも目分量で作ったあの日のカトルカール。パウンドケーキを勧められる機会はそれ以降もあったが、食べなかった。僕の中でこの二つは似て非なるものになっているけれど。さあ、今回は行き当たりばったりではなく、きちんと作ろう。卵に合わせて買ったばかりで、既にほとんど常温に戻っているバターを計る。砂糖と小麦粉も計り、少し迷って、ベーキングパウダーは棚にしまった。作るのはカトルカール、レシピもあの時と同じ同じ別立てだ。まずはバターと砂糖、卵黄を練り混ぜておく。そこからハンドミキサーも使わず、ただ一心に卵白を混ぜて白いメレンゲを作り出す。徐々に嵩を増していく白は、自分から言い出したお菓子なのに、早々に疲れたと笑顔でパスしてきた彼女を思い出す。仕方ないと受け取って、彼女がオーケーを出すまでひたすらに混ぜた。白のふわふわは彼女の象徴で、頭部で、あの部屋の外側だ。膨れていくにつれて、目的が近づく嬉しさと、見えない空間が広がる不安が綯い交ぜになる。それでも一心不乱に混ぜていると、不意に親友が作ってくれたチヂミや関西風のお好み焼きが脳裏をよぎった。それでも僕はひたすらに手を動かす。

 生地を型に流し込み、オーブンに入れた。少し脳はクリアになった。あの時の味にはならないだろう。分かってる。でもあの夢は夢であって夢ではないから。この世界の続きにあるから。あの味は幻なんかじゃないから。
 片付けをしていると、徐々に香ばしい匂いが漂ってくる。正しいレシピなんてない。けれどこれが、僕にとっての正しいカトルカールだ。

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マーガレット────真実

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