散る夢で君と二人 | ナノ


▼ 3月

 黒ずくめの組織に潜入してかなりが立つが、まだ壊滅への糸口を掴みきれずにいた。それでもやっていけているのは、スコッチというコードネームを与えられた親友と行動できることがあるからかもしれない。年単位の潜入捜査は精神を蝕む。特に、反社会組織に入った当初は正義感との板挟みで随分嫌な思いをしてきた。ヒロがいなかったら耐えられなかったかもしれない、と口には出さないが思った時もある。
 今日も嫌な任務だった。僕たちが組めばしくじりはしない。だが。光景を思い出してホテルの部屋で椅子の上に蹲る。
「バーボン。いるか?」
「──ああ、どうぞ」
 想定通りなので鍵は開けっぱなしだ。後処理の部隊がまだ近くにいる可能性もあるので、もうしばらくはスコッチとバーボンとしての会話が必要だろうか。
「もうすぐ終わるみたいだ。今連絡が入った。今晩ここに泊まって、明日朝に出立だな」
「……部屋に盗聴器はなさそうだったぞ」
「その沈み具合でも仕事は抜かりないか……まあ、確信も得ず痴態を晒しかねないようなお前じゃないよな」
「そこまで読まれてるか」
「何年来の付き合いだよ」
 スコッチ──ヒロは、くく、と喉で笑って僕の正面のベッドに腰掛けた。
「尾行も何かしら仕込まれた様子もなかったし──ジンも世闇に消えていったし。もう楽にしていいぞ……いつも以上に浮かない顔だな」
「成果は完璧だったが、まあ、そうだな」と正直に述べる。あれは逆立ちしても警察の仕事になり得ない。何故警察官になって、と思わなかったことなんてない中の踏み絵生活だ。ジンからの睨みがあるから救える隙もない。
「それ以外にも何かありそうだな」
 まあな、と簡素に返事をする。
「ああ、そうだ、今度気分転換に花見でも行かないか? 今なら梅か、うまくいけば桜か……来月あたりに何か大きく動く気配があるだろう、それまでは猶予があると踏んでるんだ」
「ああ。近辺でしばらく待機指示あるかもしれんがそれくらいはいいだろうが……」
「花見、大丈夫か? 桜好きじゃなかったか? 毎年ずっと見上げてるだろ」
「ああ。ただ──」
 そこで言葉を区切り、ちらと親友を見上げる。
「ただ、その、くだらない話だが」
 歯切れ悪く話すと、もったいぶるなよ、とせっつかれた。
「警察学校時代に少しだけ触れた片思い相手……桜って呼んでるんだ。毎年、桜の季節に会って、一晩を出れない部屋で共に過ごす。もう十五年になるか、顔は見せてくれないがな」
「ごめんちょっと既に情報を処理しきれてない」
「桜は僕がつけた渾名だけどな」
「無視かよ。で、本名は?」
「あー、その、だな」
 苦笑いするしかない。名前を聞かれた時、どうして素直に答えなかったんだろう。もしどうしてもって言うのなら、なんてもったいぶろうとして言いかけて失敗して、そのツケを十年以上かかってもまだ払いきれていない。なんてことをしたんだ、と未だに後悔しても仕切れない彼女の名前が知れれば顔も分かったかもしれないし、年齢だってより推察できるかもしれない。むしろわざわざ隠したりなんてもしないし、事態にはならなかったのではと思う。人懐こいヒロなら、最初に本名を知れたんだろうな。初めて会った頃のヒロのあどけない笑顔を思い出して、懐かしさに溜息が出る。
「始まりは小学校の頃だったよ。ただ。会う場所が、信じられないと思うが──夢、なんだよ」
「……夢?」
 ヒロはきょとんとした顔でオウム返しした。
「寝てる時に見るあれだな。そんな非日常的な展開で、最初名乗りもしなかったし、で、結局お互いに渾名つけて」
「……なるほど」と顎髭を撫でて何度か頷く。
「夢ではどう呼ばれてたんだ?」
 あっさりと超展開を飲み込み、いたずらっぽく笑った。
「透」
「ふはっ!」と盛大に吹き出した。
「なるほどなあ。それでその偽名にしたのか。確実に反応できるから」
 口元を手で覆い、破顔する。
「そうだよ。悪いかよ」
「全然?」
「にやにやすんな」
「いや、はは。やっと話してくれたんだなと思ったら、そういう意味でも嬉しくてな」
「いつから気付いてたんだ?」
「中学のいつだったかな、何かあるんだろうとは感じていたぞ」
「その頃からダダ漏れしてたのか」
 思わず頭を抱えた。それでも目元を和ませて続きを聞いてくれるヒロに、まだ誰にも話したことのない彼女のことを話した。出られないマンションの一室、年齢不詳の年上、社畜、あの部屋限定的な豪胆。飾らない真っ直ぐさと強かさと弱さ。キスしたこと。年齢を理由に頷いてはくれないこと。洗いざらい話をした。
 来月が楽しみだな、とヒロは微笑んだ。

***

チューリップ────恋の宣言

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -