散る夢で君と二人 | ナノ


▼ 6月

 まとわりつくような空気は重く、じめじめとした季節だが、決して嫌いではない。外に出るのが億劫に思うことだってあるけれど、雨は自然の恵みだ。日照時間が最も長い時期にも関わらず、ここ日本では初夏と認識される。そのちぐはぐさは時に仄かな特別感さえ覚えた。
 つまりは日本が大好きという、一言に尽きるのだが。
 頬杖を付き、窓の外を眺める。終わりかけの数学の授業は上の空だ。この範囲は理解しきっている。今日も一日しとしとと雨が降り続く。梅雨ともなれば、テニスラケットを外で振ることが随分と減った。一年生だと元々コートに立つ時間は短いしな。それでも、開いた窓から漂ってくる雨の匂いを感じ、目を少し細める。
 変わってんな、と今朝級友は意地悪く笑った。それが季節の好みだけではないことに苛立った。これでこそゼロだぞ、とヒロが微かに自慢げにそいつの肩を叩いて、僕は握った拳を開いた。
 ──日本人が日本の気候を愛して何が悪い。
 僕は日本人だと堂々と言えるようになった、後押しをしてくれた女性を思い出す。同じ赤い血が流れる人間だと言った初恋のエレーナ先生。紛うことなき日本人だと、適当な慰めでも何でもなく、理由を挙げ連ねた桜ちゃん。普段は自由気ままなクセに、あの時は真剣に、顔すら分からない不審さ満点の僕にまっすぐに向き合ってくれた。そのギャップに驚いたし、じわりとあの言葉は僕の中に染み込んでいった。
 桜ちゃんなら、梅雨は嫌いだって言うかもな。僕は好きだと返したら、どうして好きなのか聞いて、ただ笑うのだろう。
 会いたいな。

「で?」
「何だよ」
「窓の外見てニヤついてただろ? なんかいいものでも見えたのか?」
「見えてない。ニヤついてなんかない」
 即座に返すと、へえ、とヒロが今は主のいない隣の椅子を引き寄せる。
「んじゃ思い出し笑い?」
「うるせ」
「図星かー」とくすくす笑い、内容は、と尋ねた。
「教えない」
「ということはセンセイだな」
 訳知り顔のヒロを小突いた。当たりか、と笑う。半分だけだ、と言うか迷って詰まる。
「……なあ」
「ん?」
「今日の部活後──いや、やっぱいい」
 桜ちゃんのことを話そうかと一瞬思って、すぐに撤回して首を振る。
「なんだよー」
 ヒロが目を細めて笑う。彼女の笑う顔はどんなだろうな。
「なんでもない。忘れてくれ」
「その部活がなー、今日もコートは使えないしなあ」
「今週ずっと雨の予報だぞ」
「えー」
 ぐてりと僕の机に頭を乗せる。
「屋上でご飯食べれないし、コートでラケット振れないし、登下校で靴はびちゃびちゃで気持ち悪いし、いいことないかなあ」
「……部活、途中で抜けるか」
「え?」
 がばりとヒロが起き上がり、期待の眼差しを送ってくる。
「今日は部長が委員会で不在……副部長はこの長雨と、最近彼女にフラれて完全に沈んでる。最初に顧問が顔出したあとは十中八九自主練になって、最後まで放置だろ。そっから先はフケても問題にはならない」
「それに片付けらしい片付けもない、か。決まりだな。どこ行く?」
「そうだな──……」
 親友がいればどこだって楽しい。二人の女性はするりと頭の端っこに隠れてしまった。

***

牡丹────恥じらい

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