自由主義者の欄外余白 | ナノ

6論


森の上に投げ出された体は、大量の枝をへし折って下へと突き進む。
体中の皮膚が切れて、熱を伴うのも束の間。

ゴッ、

「っ、ぁ」

背中への強い衝撃と、腹に乗っかった重みでサンドされ、胃の中の空気が抜けた。
蛙のような、どころか、声すら出ない衝撃に、目の前が眩む。

息が、出来ない。

「なくらっ!!なくらぁっ!!」

あの子の声が脳に響いた。
空気の通わない呼吸を何度か重ね、どうにか酸素を取り込んだ。
次いで強く咳き込むと、その弾みで前後から激痛が走り、また酸素が絶える。
涙をぼたぼた零して、必死に息を整えた。

「――――っは、あ、あぁ…あー、」

涙と目眩でちかちかと歪む視界。
すぐ傍に居るオレンジ色は認識出来て、内心ほっと息を吐いた。
痛みの波が静まって、ようやく俺も少し落ち着き出す。

「あー……、…やっべ…」

苔生した大小様々な岩に、剥き出しの太い木の根。
緑が生い茂る地面は、土が僅かに見える程度。
何時も探索していた場所より自然が溢れている分、人には些か足場が悪い。
ぼんやりと上を見上げれば、穏やかな木漏れ日が微かに見える。

――ああ、彼処から、落ちてきたのか。よく生きてるな俺。

小さく乾いた笑みが漏れた。
そうして、じくり、引き攣る体。
どくどくと熱を持った全身が、全力で痛みを訴えてきた。

「いっ、てえ…」

ナックラーの不安気な声が聞こえた。
手を伸ばそうと試みるも、鬱陶しくも痛みで震える体が言う事を聞いてくれない。
仕方がないので、大丈夫の意味を込めて緩く笑みを作った。

頭をぶつけなかったのは幸いだと思う。
代わりに頭以外が滅茶苦茶痛くて動けないが。
まあ、ナックラーに怪我は無いようなので良しとしよう。結果オーライ。

「なくらぁー…」
「はは、大丈夫、だいじょう、…ぶ」

ナックラーは先程までの活発な姿は見る影もなく、しょんぼりとして大人しい。
ほらほら大丈夫だよー、と笑ってみせればみせる程、目を潤ませていく。
もはや涙が溢れんばかりだ。どうしたものかねえ。

「あー…ほら、俺、動けな、…から。君に、守っ…て、もら…な、と。ね」
「なくら…」
「頼れ、のは、君だけ…だから、」
「…なくらっ」

任せろ、と言うように、まっすぐ見つめ返してくる丸い瞳。
それにふっと笑みを零して、目を閉じた。

そろそろ、限界だった。





――――燃えるような夕焼けが、窓の外に広がっている。
少しずつ日が落ちるのが早くなってきた。風が冷たい。

「ね、先生」
「ん?」

珍しく最後の一人になるまで残っていた生徒が、ふと声を上げた。
窓を閉めながら振り返れば、椅子に座って何か考えている姿が映る。

「引き籠もりってどうすれば良いと思う?」
「…うん?」

彼女は少し悩むと、口を開いた。
彼女にはよく一緒に居る後輩がいるのだが、その子の友達が引き籠もりらしい。
たまに話を聞くので少し気になっていたそうだ。

「あたしその子に直接接点無いし、あたしも他の友達もそういう経験無いからさ。アドバイスも出来なくてどうしたもんかなーって」
「そうだねえ…」

彼女はよく、何かしら悩みを抱えている子を何時の間にか救っているらしい。
彼女の幼馴染である生徒が、何時だったかそう零していた。
だから、今回もそんな感じで解決してしまうんだろうな、と思いもする。
だけど引き籠もりとなってしまえば、やはり彼女でも難しいようだ。

話を聞くと――どうやら、親への反発で起こったもののようだと、推測が付いた。
故に部屋から一歩も出てこないのだと、机に寝そべりながら彼女は唸った。

実のところ俺は、引きこもりは別に悪い事ではないと思っている。
心のケアという面もあるが、今回はもうひとつの方――防衛戦をしているのだ。
大切な何かを、譲れない何かを守る為の、親すらも敵に回す戦い。
ただ、何時までも盾を構えるだけではいられないというのも、理解出来る。

「――そうだねえ」

だから、俺は答えた。
それが何時か、剣を取る切っ掛けになるのなら。
道を切り拓く力になるのなら。

まだ開いていた窓から風が吹き込んだ。
ぶわりと広がるカーテン。
赤く染まる教室。

「先生もそういう経験無いから、ちゃんとしたアドバイスは出来ないけど」

窓の桟に腰掛けるようにしながら、俺は笑みを浮かべた。


「ただ、ひとつ――――」





騒音が聞こえて、まだ寝ていたいのを叱咤して目を開けたら凄い事になっていた。
地面が滅茶苦茶抉れていたり、葉が切り刻まれていたり。
向こうの方で、ナックラーとマスキッパ四体が激しいバトルを繰り広げていたり。

…うん、何があった。

ああいや、よくよく考えれば、突然現れたのはこっちだったよねえ。
イトマル達のように、縄張りを荒らされたと思ったのかもしれない。
それなら早々に立ち去った方が良さそうだ。あの子達に罪は無い訳だしねえ。

足に力を込めて立ち上がる。
まだ些か痛むが、少し休んだお陰で大分マシになった。動けない程ではない。

改めてナックラーの方へ視線を向ければ――

ひゅっ、と、緑がしなる。

蔓のムチが小さなオレンジ色を叩きつける音に、思わず息を飲む。
まずい。草タイプに地面タイプは不利だ。
よく見れば、ナックラーはすっかり傷だらけになっていた。
あのままではやられてしまう。急いで、逃がさないと。急いで――――

――――いや、そうじゃないな。

脳を占めていた焦燥が、深く沈められて静かになる。

一旦落ち着いて、マスキッパを観察した。
よく見れば、彼等も結構傷を負っている。あの子が頑張ってくれた証拠だ。
傷を負って震えながら、尚も立ち向かおうとする自分より小さなオレンジの体。
あんなになっても、俺を守ろうとしてくれているらしい。
俺がお願いしてしまった所為か。それとも。

俺の為に、頑張ってくれているというのなら――――


ゆっくりと、深呼吸する。

脳が、冴えていく。





――赤く染まる教室で、俺は、彼女にこう答えた。


――――大切なものを脅かす敵には、容赦しなくて良いと、先生は思うよ?


喧嘩上等、荒療治歓迎。
どんなに強大な相手だろうと、自由を勝ち取ってみせるべし。

…先生としては怒られるかもしれないけどねえ。





「――ナックラー、」

俺は、目の前に居る敵≠見据えた。



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