自由主義者の欄外余白 | ナノ

7論


「マスキッパの周りに岩雪崩」
「なぁくらっっ!!!!」

俺の呼び掛けに反応したのを見て指示を出せば、ナックラーは身を震わせた。
何処から生み出されるのか、岩の塊が次々と落とされていく。
マスキッパ達が蔓のムチで対抗している隙に、ナックラーの姿を潜ませた。

――さて、反逆といこうか。

「キィッパパパッ!!」

マスキッパの内一匹が蔓を仕舞い、今度は鋭い葉を纏う風を起こした。
…マスキッパってリーフストーム使えたっけか?まあ、今はどうでも良いな。

「砂地獄」

生み出された暴風の塊に、大量の砂が掻き集められる。
吹き荒れる木の葉と砂がぶつかり、ふたつの豆台風は掻き消えた。
浮遊の特性を持つ彼等に地面技は効かない…なんて話は、現実では関係無い。

「奥から二番目に、穴を掘る」

攻撃を受けずに距離を詰める為のものなので、当たらなくても構わない。
案の定飛ぶように躱されたが、すかさずその隙を狙い、騙し討ちを指示する。
必中の技だが、念には念を。この距離なら確実に外れる事は無い。
四体の中で一番体力が削れているように見えたマスキッパは、この一撃で倒れた。

「もう一度穴を」
「キュィッッ」
「なくぅっ」

言い終わる前に、一体が蔓を伸ばして締め付けてきた。
――抜け出すのは難しいか。であれば。

「自分に向かって砂地獄」

ぶわり、再び生まれる嵐。
ナックラーを中心として生まれたそれは周囲を――マスキッパをも巻き込んだ。
強風に煽られ、ナックラーを捕まえている一体はぐるぐると体を持っていかれる。
運良くもう一体も捕まえられたようだ。

「――蔓に噛み付いて、岩雪崩」

タイミングを見計らい指示を出せば、緩んだ蔓はあっさりと対象を手放した。
そしてそのまま、出現したままの風に弾き出され、岩とビリヤードを始める。
最終的に二体のマスキッパ同士がぶつかって、地に沈んだ。

――あと一体。

「スキッパァ!!!!」

岩の隙間を抜け、大口を開けたマスキッパが迫る。
仲間が噛み付かれたお返しに、此方を噛み砕くつもりか。
なら、代わりに泥でも食わせてやろう。

「口に向かって泥掛け」

マスキッパもそうだが、ナックラーも覚えるか微妙な技を覚えていた。
確か砂掛けしか使えなかった筈だが…まあ、使えるんだから良いだろう。

喉、と言って良いのか解らないが、体の奥へ泥を投げ込まれたマスキッパは堪らず口をパクパクと開閉させている。隙だらけだ。
さて、君が使おうとしていた技のお返しだ。喰らえ。

「――噛み砕く」
「なぁぁっっらぁぁああ!!」

噛み付くの段階で十分威力のあった力は、上位互換によって更に脅威を増す。
この数日間でメキメキと実力を上げていたナックラーの、頼もしい必殺技だ。
放たれた技は寸分違わず急所へ決められ、必死に藻掻くその動きを止めた。

しん、と静まり返る、緑色の世界。
俺が寝ている間どれ程戦ったのかは解らないが、激しい戦闘の跡が残っている。
――他のポケモンの気配は、感じない。

気を落ち着かせるように、そっと目を閉じた。

ゆっくりと息を吸って、吐いて。
とくん、と穏やかに命を刻む、鼓動を感じて。

――――終わった。

一気に体の力が抜けていくのを感じながら、ぼんやりと赤く染まる空を見上げた。
先程見た夢のような、映画のワンセットのような夕焼けだった。

「――っは、っはは、あー…死ぬかと思った」
「なっくなくらっ!!」

どっと来た疲労感に耐え切れず、その場に崩れ落ちるように尻餅を着く。
それを見て、まだ周囲を警戒していたナックラーが慌てて駆け寄ってきた。
疲れているのはナックラーの方だろうに…全くこの子は。

「なくらっ!!なっくらっ!!」
「あはは、お疲れ様。ありがとねえ…あー今更ぶり返してきたくっそいてえ…」

全身に重く響いてくる痛みに悪態を吐きつつ、それでもへらへら笑って。
すっかり日が傾いた空と同じ、オレンジ色の頭を撫でた。

さて、このまま此処に長居する訳にも行かない。
とにかく移動しようと膝に手を付いて立ち上がり、砂を払い落とした。
荒らしに荒らしまくった彼らの住処に関しては…うん、今度お詫びしないとねえ。

「さて、……どうやって帰るかなあ…」

そもそも崖を落ちてきたんだった。
振り返った先の土壁を見上げれば、この状態で登るには些かきつすぎる高さ。
このまま進んで、迂回出来るルートが無いか探すのも手か。

「んー、まあとりあえず此処を離れ」

ようか、と続けようとして、思わず固まった。
ナックラーの体が眩しく輝いて、光のシルエットになっている。

「えっ」

思わず間抜けな声が口から漏れた。
まさか、これは。

ぐにゃり、光は形を変えて、みるみると違う形を作っていく。
光が弾けると、其処には元のオレンジは見る影も無かった。

蜉蝣に近くなったその姿は、陽炎の世界の住人に見合う砂色をしていた。
一回り大きくなったその背には、以前は無かった、深い緑の大きな羽。
オアシスに芽吹くようなそれと比べて、明るく輝くエメラルドの瞳が瞬いた。

「びぃぶらっ!」
「――ビブラーバ、」

進化、した。

これが。

初めて見たその光景に、思わず詰まらせていた息をゆっくりと吐く。
嬉しくない訳じゃない。むしろ、凄く心を打たれた、と思う。
だけど、それと同じ程に、複雑な気分が胸を占めた。

戦闘が終わった直後じゃなく、このタイミングで、進化。
思い過ぎでなければ、その意図は。

「…良かったの?君は、それで」
「びぃぃぶっ」
「へっ、ちょま、ぅおわっ!?」

突如がっしりと腕を掴まれ、みるみる内に高度を上げていく。
変に身を捩ってしまった。おまけにぶら下がっている体制。半端無く痛い。
けれどあっという間に崖の上まで戻る事ができ、気遣うように地面に降ろされた。
結局ふらついてしまい、ビブラーバに支えられながら腰を降ろす事になったが。

「らぁぶびぃー!」

えっへん、と言わんばかりに胸を張ってみせるビブラーバ。
直後にふらふらと不安定な飛行になって、慌てて飛ぶのを止めさせた。
だけどそれでも、何処か誇らし気な瞳は真っ直ぐに此方を射抜いてきて。

「――それが君の望んだ道だね」
「らぁばっ」

すっかり見た目を変えた彼は、それはそれは満足そうに頷いてみせた。
こんなに嬉しそうな姿を見せられたら、もう何も言えない。
複雑だった心はあっという間に霧散して、残った感動がじんわりと広がっていく。

「そっか。――そっか。うん、ありがとう」

頼もしいなあ。
全く、本当に頼もしい。

体に反し以前より小さくなった頭を、ありったけの感謝を込めて撫でた。



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