自由主義者の欄外余白 | ナノ

5論


ぱしゃん。
朝日を受けて一面に光が泳ぐ川で、複数の小さな影が水浴びをしていた。
驚かせないよう控えめに足音を立てて、お邪魔して良いかなあ、と声を掛ける。
此方に気付いた小さな影――ニョロモは、にぱっと笑って歓迎してくれた。

飲み水や風呂もどきとして大切に利用させてもらっている、家近くの小川。
この周辺を棲み家としている彼等は、先日出会ったご近所さんだ。

ニョロモ達がぱしゃぱしゃと水面を揺らす傍らに、ありがとう、と歩み寄る。
心地良く響く流れに指を通すと、朝のひんやりとした冷たさが伝わった。
軽く顔を洗った後、持って来たバケツに水を貯める。
その間、ナックラーは少し離れた木陰で気持ち良さそうに寝そべっていた。

ナックラーを呼んで、水を汲んだバケツをひっくり返さないよう背中に固定する。
バケツは家で見付けた物、固定に使用したロープは先日流れ着いた物だ。
初めは遠慮したけど、何故か妙にやる気なので運搬は手伝ってもらう事にした。
お陰で持ち運べる量が一気に増えたのでとても助かっている。

川の向こうからニョロモ達を迎えに来たニョロトノに頭を下げる。
バイバイと言うようにぴょんぴょん跳ねる彼等に手を振って、その場を後にした。
家に着いたら水を仕舞って、まだ残っていたポフィンを出す。

「ナックラー、お疲れ様。ありがとねえ」
「なくらっ!!」

嬉しそうにがふがふと食べていくナックラーに自然と笑みが零れる。
こんな風に過ごしていると、中々に充実した日々に感じる。
将来的にはこういう作業もやらなくて良いようになりたいんだけどねえ。
のんびりだらだらと生きていく怠惰な夢は、やはり捨てられないのである。
何て言うか最早、あれだよねえ、生きがい?
支えてもらうのはあくまでこの子のように自主的に協力してくれる子に限るけど。

「とりあえず水タイプと炎タイプは必須だよねえ…」
「なくら?」
「俺をダメ人間にしようって話」

きょとんとして首を傾げるナックラーに、ゆるく微笑んで頭を撫でた。
そろそろこの子のお菓子も無くなっちゃうんだよねえ。
結構気に入ってるみたいだし、何処かに買いに行けたりしないかなあ。
さすがにポフィンの材料が都合良くあるとも思えないし、当分は諦める他無い。

「んー…まあとりあえずは探索の続きかなあ」
「なっくら!」
「うん、お願いねえ」

すっかり日課となった予定を決め、朝御飯替わりのチーゴの実をのんびり食べた。
味は緑色の見た目通り苦く、果実特有の酸味もある。朝には丁度良い爽やかさだ。
ちなみに、普通の熟していない苺は青林檎みたいな味で美味しいらしいよ?

ナックラーも大分強くなってきたし、今日はもう少し奥まで行ってみようか。
そう提案すれば、食事を終えたナックラーは張り切って扉へ駆け出した。
やる気満々に呼び掛けてくる声は何とも頼もしい限りである。
扉を開けた瞬間、勢い良く飛び出していったので、しょうがないなと苦笑いした。

さてさて、あのオレンジ色を見失わないように、俺も追い掛けなくては。
砂漠の太陽のようなその色に、引かれるように走り出した。

その無鉄砲とも言える明るさが空回りする事もあるのだと、俺は忘れていたのだ。



「あーあーあー…何処いったんだか」

テンション最高潮なナックラーは、飛び出した勢いのまま突っ走っていった。
そしてそのまま、茂みの奥へと消えてしまったのだ。
迂闊に草むらには入りたくないけど、追い掛けない訳には行かないよねえ。
という訳で、森の中でも目立つオレンジ色を探して、俺は草を掻き分けていた。

何かの足音が聞こえては身を潜めて様子を伺い、そっと足音を殺して。
何処まで進んだか解らなくなる頃、ようやくその姿を目に留める。
おーい、と声を掛ければ、元気な返事が返ってきた。

「はあ…心配したよ?あと真面目に死ぬかと思った」
「なくらぁ」
「あはは、怒ってないよ。さ、一旦帰ろうか」

と言っても、完全に迷子なんだけどねえ。
隠れんぼに必死で帰り道を確保するのを忘れていた。あははうっかり。
仕方がないので先頭はナックラーに任せ、俺はその後を付いて行く事にした。
今度はゆっくりね、と釘を刺すのも忘れずに。

がさがさと、道無き道を進んで行く。
ナックラーがオレンジ色で良かった。背の高い草の中でも追いやすい。
以前のように現れたイトマルを倒して、更に茂みの奥へ。


一歩。

瞬間、ナックラーが、ひゅっと消えて――


「――――っだあっっ!!?」


ばしりと、全力で小さな足を掴んだ。

茂みの先が、崖とか、どんなベタだよくそ!!アニメか!!
咄嗟に飛び出してギリギリ間に合ったは良いが、上半身はほぼ投げ出されている。
これ、持ち上げられるか…?

「なっくらっ!!なくらぁっ!!」
「だっ、いじょうぶ、だから、落ち着け、」

相当驚いたのか、両手の先で暴れまわるナックラー。
何とか宥めたいけれどすっかり混乱しているし、此方も支えるので精一杯だ。
振動で体が揺さぶられてしまい、引き上げるまでの余裕が作れない。
筋肉が無い痩せ型の体を心底恨んだ。

「――っ、くっ、そ」

ずるり。
体が底へ飲まれて。

――やばい。落ちる。

体が完全に地面から離れて、仲良く重力に引き込まれる。
そんな中、必死に離さずにいたオレンジ色を、どうにか抱き寄せて。
押さえ付けるように全身を使って閉じ込め、身を丸めた。

「なくらぁぁっっ」
「――――っ、」

今は、暴れるな。頼むから。

迫り来る地面に、目を、閉じた。



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