自由主義者の欄外余白 | ナノ

23論


「イノリ、今後もこうしてバトルをしないか」

バトルの後、早く強くなりたいことを話すと、アカギにそう切り出された。
願ってもない誘いに思わず目を丸くし、喜んでそれに乗る。
その日以来、神話を調べていた午前の時間はアカギとの特訓の時間になっていた。

そしてなんと、あれからカフカもバトルに参加するようになった。
一体カフカに何があったのか…やたらとやる気に満ち溢れている。

しかしお陰で、カフカ――ラルトスには悪タイプの技が今一つな事に気付いた。
お陰でタイプ相性表をまた作り直さなくてはいけなくなった。
まだまだ事例が足りないので、作り直せるのはまだ先の話になるだろう。

更に、悪タイプに有効な新しい技も発見した。
鳴き声から派生したそれは、俺達でチャームボイスと名付けた。
もしかしたら狙われる危険があるので人前ではなるべく隠すように言われ、博士に教えて以来その存在は世間に広まるまで秘匿している。

それに伴い、カフカの事を特定されたりして要らないトラブルを増やさない為に、他人の目がある場所では名前を呼ぶのを控えるようにとも言われている。
念には念をという事で、カフカ以外の手持ちも例外無くそうすると決まった。
今まではアカギと一緒に白昼堂々とカフカの特訓をしてたからねえ。人の口に戸は立てられないし、何処から情報が漏れるか解らない以上仕方なかった。

アカギの手持ちは俺と同じく二体居る。ニューラとヤミカラスだ。
ニックネームは付けないタイプらしいが、俺がひっそりとエルディやカフカの名を呼ぶと、懐かしそうに目を細める。その時だけ、アカギの空気は少し柔らかい。

二匹共非常に素早く、まともに技を当てるのは中々に難易度が高い。
特にニューラはエルディの弱点である冷凍パンチをガンガン打ってくる。
容赦の無い攻めに一度捕まるとあっという間に落とされるので、毎回一瞬たりとも気が抜けないバトルになる。実際圧倒的に負け越しだ。

「普段はもっと理知的キャラな癖してフルアタ構成とかお前…ガチかよ…」
「そういう君も追い込まれると性格が変わるだろう」
「あ?」
「自覚が無いのか」
「……あー…いや、うん、皆を守りたいって思うと、ついねえ」

そういえば学生時代、ギャップが激しいと言われた記憶もそれなりにある。
なので一応自覚はあるのだが…誰しも皆そういうものじゃないかなあ。
先生の場合は、生徒が危機に陥るとスイッチが入るというだけだ。

「私はバトル中の君の方が好ましく思うがな」
「んんー…俺、基本ゆるゆるっと生きてたいんだけどねえ」
「ああ、最近知ったさ。君は高い行動力を備えているが、その実態は、君が自由に過ごせる世界を作り上げる為のものに過ぎないのだろう。世界が完成してしまえばそれ以外の全てを忘れ、箱庭の中で穏やかに朽ちていく」

何だこの人。俺、この短期間でこんなに分析されてたの。
しかもめっちゃポエム調で語られるのだが。こっちが小っ恥ずかしくなるなあ。

「俺は皆とのんびり平和に過ごせたら文句は無いって、それだけだよ」

だから深読みは止してほしい。中二心が疼くから。
アカギはしばし思案顔をした後、質問を投げかけてきた。

「イノリ、君にとってポケモンとは何だ?」
「ビブラーバや故郷の子達は皆家族だけど…他の子は隣人ってところかな」
「隣人、か」
「アカギは自分自身だって言ってたね。凄い話だ。皆を自分の半身と思えるのは、自分もポケモンも同じくらい大事に思ってる証拠だよ。俺はきっと、あの子達を…家族を守る為なら、迷わず身を投げ出せるから」

そして実際、嵐の夜、荒れ狂う波へと身を投げたのだ。

「君の場合は身を投げ出したとしても、彼等がすぐに飛んで行くのだろうな」
「だったら嬉しいなあ、家族って感じで。家族は助け合うものだから」

ああでも、此方側に敵意を向けてくる奴に関しては全力で叩き潰す所存だが。
アカギは愉快そうに笑って変な奴だと言ったが、彼も大概変な奴だと思う。

「君はまるで神話に登場するポケモンのような思考をしているな」
「んん、そうかなあ」
「そうだとも。君のような者ばかりならどんなに良かったか」
「過大評価だよ」

世の中俺みたいな奴ばかりになったら、それこそ世紀末だ。
どうせならこんな自己犠牲野郎じゃなくて、アカギみたいな人が増えれば良いな。
自分に自信を持てとナナカマド博士も言っていた。彼は既にその境地に居る。
彼のような人物が、本当の意味でポケモンを守れるのだろう。

「お前の方が余程立派な人間だよ、アカギ」

俺はそんな彼が友人であることが誇らしく、そして同時に少し悔しい。



研究所のポケモン達と特訓を重ね、アカギ相手にも白星が増えてきた頃。
ある日、どうにかギリギリで2タテを達成した後、それは起こった。

「ふららぁあ!」

溢れる光が溶けて現れた体は、ビブラーバの何倍もあるものだった。
砂色だった色彩をより深くし、虫程に細かった手足も今や竜のように逞しい。
手には小さな爪が生え、太い尾の先には赤いラインの入った羽がみっつ。
同じ色をした二枚の大きな羽を広げ、赤い目で此方を見下ろすのは。

「っわ、あ…遂にやったよアカギ!!進化した!!フライゴンだ!!」
「これで君の故郷とやらを探しに行けるな」
「うん、本当にありがとう!!」

随分と大きくなったエルディは、長い胴を折り曲げて俺に頬を寄せてくる。
カフカが早速エルディの頭によじ登ってはしゃいでいた。ああ、うちの子が天使。

「今後此処に来る頻度は減ってしまうけど…また会えると良いね」
「ああ。その時は私の夢も話そう。共に叶えてくれるか」
「勿論だよ。今度はきっと俺が力になるから」

アカギは以前から夢があると言っていた。
その詳細は語られる事が無かったが、彼の事なのでそれは大きい夢に違いない。

その日を楽しみにしていると言って、アカギとは別れた。
以来、ミオシティで彼の姿を見掛ける事は無かった。



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