自由主義者の欄外余白 | ナノ

20論


俺は今、博士に連れられてテンガン山に居る。
博士の研究のついでに、秘伝技の練習をしに来たのだ。

俺も博士の助手になったので、バッジが無くても秘伝技を扱う権利が発生した。
それでも行き成り無闇矢鱈と使って良い筈は無いので、実際に秘伝技を使える人が監修の元、練習を重ねる必要がある。システム的には自動車学校みたいなものだ。
いざという時に責任を負うのはナナカマド博士なので、此方も気が引き締まる。

最近のスケジュールは秘伝技の練習がメインであり、テンガン山とハクタイの森、そしてマサゴから南へ進むと見える海を日替わりで訪れる日々が続いている。
テンガン山は踏破しきるのに、何と六種類もの秘伝技を必要とする。
つまり、ほぼ全ての秘伝技を練習するのにもってこいの場所なのだ。

練習に付き合ってもらうポケモンは、研究所で管理しているポケモンだ。
ちなみに、高確率でその同伴者はビーダルである。流石はダイパの秘伝要員筆頭、その名は此方の世界でも伊達じゃない。一応秘伝技以外の技も使えるが。

博士は俺が練習を終えると、そのままノズパスの観察に向かう。
頻繁に此処に訪れるようになったお陰で、偶然にも発見出来たらしい。
それでこれはチャンスとばかりに、此処の磁場が好きなんですかねえ、と零すと、まだ未発見の進化の可能性があると張り切ってくれた。
ついでに鋼タイプの存在に気付いてくれれば儲け物だが…さてはて。

一方の俺は、エルディのレベル上げに精を出している。
エルディがフライゴンに進化したら、本格的に空を飛ぶ練習に入るのだ。
お相手はこれまたビーダルである。秘伝要員と侮るなかれ、実は滅茶苦茶強い。
博士の育て方が素晴らしいのだろう、指示も無いというのに次々技を仕掛けては、此方の技を最小限の動きで巧みに躱す。物凄いバトルセンスだ。
ビーダル先輩を手本に、一つ一つ技の精度を研ぎ澄ましていくのも面白い。

そうそう、実はドラゴン技を鍛えるのが今から楽しみだったりするんだよねえ。
一応唯一、竜の息吹が使えるけれど、此方はメインウェポン足りえない。
勿論基礎の積み重ねも重要だし、慣れさせておく意味もあって鍛えてはいる。

カフカの方はバトルはせず、エルディのバトルを観戦してもらっている。
進化やバトルについて訊いてみたところ、あまり好感触ではなかったのだ。
なのでカフカには俺の隣に控えてもらって、雰囲気だけは慣れて貰う事にした。
今までのように野生のポケモンに襲われたりすれば、嫌でも戦う場面は来る。
そんな時にパニックに陥って、トラブルが重ならないように。
カフカは貴重な戦線離脱要員なのだ。これでも結構期待してるんだよ?

それにぶっちゃけ、俺はバトルは必要最低限しかする予定はないしねえ。
ただ単純に、強く育てるのが好きというだけだ。生徒の成長は見ていて楽しい。
そういう俺自身も、トレーナーとしてはまだまだ生徒の領域だけどねえ。

俺の生徒は皆強かったなあ…俺の手持ち、何時もボッコボコだったからなあ。
先生は普通生徒とゲームしないって?ノンノン、ポケモンは子供達にとって身近で取っ付きやすい教材のひとつと成り得るのだよ。なんてねえ。

「待たせたな、イノリ」
「いえ、此方も丁度切りの良いところでした。ありがとう、ビーダル」
「だるびっ!」

博士の今日の観察が終了したようだ。ビーダルがしゅたっと前足を上げて応えた。
ところで捕まえたポケモンは大抵ニックネームが付いているのだと聞いていたが、実はそうでもなかったらしい。というか俺の勘違いだった。
名前を訊かれた時に、君達、と言われたから、てっきりエルディとカフカの名前も訊いてるのかと思ったんだよねえ。確認はしていないが、多分そういう事だ。
でもまあ、特別感があるし、二人とも喜んでくれたから良い事だったかなあ。

ビーダルをボールに戻して博士に返す。今日はこれで終了だ。
空を飛ぶ時は、博士と一緒にムクホークに乗せてもらっている。
エルディはムクホークと一緒に思い切り空を飛ぶこの時間が好きらしい。あちこち飛び回りすぎて姿を見失った時はさすがに焦ったが。

「そういえば、博士」
「ウム、どうしたイノリ」
「エルディが破壊光線を覚えたんですけど…」

そう、なんと本日、エルディが破壊光線を放ったのだ。
竜の息吹を指示した筈なのに、出てきたのは見慣れた燃えるような赤紫ではなく、赤と青の光が収束した後、真っ直ぐ伸びるオレンジだったのには驚いた。
反動でしばらく固まっていたから多分破壊光線…だと思う。

いやでも、ビブラーバって破壊光線覚える前に進化したよな。
だとするとやはりエルディは進化しないように抑えて…いや、以前よりは明らかに進化に対して意欲的な様子だからそれは無い、のか?

「エルディは随分成長が早いようだな」
「喜ばしい事だと思うんですが、不安で」
「安心しなさい。以前、エルディは炎技を覚えないのに、火の粉を出していたと言っていただろう。ならば破壊光線も進化の兆しのひとつと考えられる」
「そうですか…」
「彼は確かに子供のような性格だが、使い方を誤るような者ではない」
「ああ、違うんです」
「ウム?」

エルディ自身の心配はあまりしていないのだ。何せあの子はとても敏い。
ただ、あまりに抜きん出て強くなっているので、プレッシャーを感じているのだ。

教壇に立ったばかりの頃を思い出す。
才能に溢れる子程、その成長を見守れる事が誇らしいのと同時に緊張もしていた。

俺があの子の力を上手く振るわせてあげられるのか、才能を殺してしまわないか。
俺のミスひとつで、あの子が傷付く可能性はぐんと跳ね上がるのだ。
…一度考えると深みに嵌る。

「君は本当に優しいトレーナーだ、イノリ。だが、彼の力となり、支えているのもまた君自身だ。君の中で、トレーナーとして確かな自信が芽生えた時、初めて彼はその力を正しく発揮出来る」
「はい」
「自信を付けなさい。その為に学びなさい。君にはその頭脳も環境もある」
「はい。俺…頑張ります」

まだまだトレーナー初心者である俺には、学ぶ事が多い。
博士に拾ってもらえて、俺は本当に幸運だった。
青空に眩しい新緑の羽根に目を細め、俺はまたひとつ、心意気を新たにする。



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