自由主義者の欄外余白 | ナノ

18論


研究所前のポストを開けたハマナさんが、跳ねるように振り返った。

「来たっ!届きましたよ、イノリくん!」

念願の、トレーナーカード!
笑顔で差し出された封筒には、ポケモン協会の文字が堂々と印されていた。

早速研究所の机を囲んで開封する。
封筒の中には、トレーナーカードと一枚の紙が入っていた。
カードは俺が持っていた物と比べると、色が無く古い印象を受ける。
元々持っていたカードは時間を遡ったから無かった事になっているのだろうか。

次に三つ折の紙を広げれば、トレーナーに関する事細かな規定が書かれていた。
一度のバトルに使用出来るポケモンは六体まで。バトルに参加しないのであれば、移動用のポケモンを連れ歩く事は許可される。等等。

バッジは免許の役割も果たしていて、個数に応じて使える秘伝技が増えるらしい。
最初にどのジムに挑もうが、バッジ一個で使えるのは岩砕きという事だ。
ジムリーダーによって見極められた実力のあるトレーナーであれば、自然に大きな影響を出すような事はしない、という考えの元に成された取り決めのようだ。

他の地方でもバッジは有効。その代わり、使用可能な技はその地方に準拠する。
シンオウであれば、三個で空を飛ぶが使えるようになる。他の地方と比べて必要なバッジが少ないのは有難い。他の地方に行くなら五個程度は必要だが。

紙を読み進めていたら、博士がモンスターボールを持ってきた。
カードが届いたのでポケモンの引き継ぎの申請が出来るようになったらしい。
やり方はトレーナー初日の子供に初心者向けポケモン…所謂御三家を進呈する時と同じそうで、その辺の手続きは博士が済ませてくれるとの事。

「さて、イノリ。君は旅に出るつもりはあるかな?」
「それなんですけど…俺、故郷を探しにいきたいんです」
「故郷を…探す?」
「はい。俺、故郷が何処にあるか解らなくて。このままだと皆心配しますから」

と言っても、現時点では誰も俺の事を覚えていないだろうが。
例の夢に出てきたアルセウスは、その日が来れば思い出す、と言っていた。
あのニュアンスは少なくとも、此処数日の話ではないだろう。

「トレーナーになったのも二匹の安全を確保する為で、リーグに挑戦しよう、とはあまり思わなくて…秘伝技を使う為にバッジは集めますけど、積極的にポケモンを捕まえるつもりも無いんです。故郷に帰った後どうするかはまだ解らないので」

既にカフカにはテレポートが使えないか確認してある。答えはノーだった。
となると、エルディが進化して空から探す方に望みを掛けるしかない。
その上カフカにバトルの経験は無いので、金縛り等でテレポートが使えない状況に陥った場合、全てエルディに引き受けてもらう他無いのだ。

「でもそうなると、今のままでは間違い無くエルディの負担が大きくなりますし…少し悩んでます。野生相手なら、俺が盾になれば良い話なんですけどね」
「た、盾って…」

ひえっ、と恐ろしいものを見るような顔をするイナバさんに苦笑いした。
可愛い生徒の危機なら喜んで身を差し出すのが先生だからねえ。
エルディが不満そうに体を押し付けてくる。君はその辺の野生なんかにはそうそうやられないって信じてるから、俺は結構安心してるんだけどなあ。

「とりあえずエルディを進化させないと始まらないので、特訓に良さそうな場所を見つけたらポケモンセンターのお世話にでもなろうかと思います」

フライゴンにもなれば、最初はレベル差によるゴリ押しでどうにかなると思う。
初心者だと侮るようなジムリーダは滅多に居ないだろうけどねえ。

「準備を整えたら、此処を発ちます。可能なら、それまでお世話になりたいです」
「イノリくん…」

図々しいのは重々承知だと頭を下げれば、心配そうな視線を送られる。
俺ぐらいの年の子は皆旅をしているのだから大丈夫…とは、言えないか。
博士がそうなら、研究員の皆さんも此方を深く気に掛けてくれる優しい人だ。

「イノリ、一つ提案があるのだが」
「はい?」

一言も発さずに思案顔だった博士が顔を上げた。
何だろう。思い付くものと言えば、…御三家ポケモンの譲渡とか。
ううん、さすがに都合が良いかなあ。でも図鑑はまだ開発されてないしなあ。

「このままうちの研究を手伝ってはくれんか?」
「えっ」

旅に出る以前の提案だった。イナバさんとハマナさんも驚いている。
故郷を探す事と研究がどう繋がるのか。俺の疑問を汲み取った博士が口を開く。

「まず、君はエルディに負担が掛かる事を気にしている。加えてバッジが無ければ満足に故郷を探す事も出来ないが、君の目的上ポケモンを多く連れ歩けないと」
「はい、そうですね」
「それらを解決する方法がある。特定の職に就く者は、バッジが無くとも秘伝技の使用が許可されるのだよ。例えば郵便配達等の運搬関係だな」

確かにそうだ。そうでなければ、就職の条件においてバッジの入手が必須になる。封筒を示しながら挙げられたその例は、少なくとも三個は欲しい職種だった。
運搬業者は戦歴も重視するとか、この世は実力社会(物理)かって話だよねえ。

「そして研究員もその中に含まれる。そもそも秘伝技を使えなければ、ポケモンの観察がまともに出来ないからだ」
「海に住むポケモンは波乗りが使えなければ話にもならないですし、鳥ポケモンと一緒に空を飛ぶ事で重要なデータを間近で取る事も出来る。私達にとって秘伝技は切っても切れない存在なのです」
「…ええっと、それじゃあ俺がこのまま博士の元で研究員になれば」
「ジムに挑まずとも秘伝技が使えるという事だな」

まじかよ、と出掛けた言葉をぐっと飲み込んだ。本当に一瞬で解決されそうだ。
試験とやらもあるらしいが、俺は未成年なので軽い内容のもので済むらしい。
本格的に研究員として就職するならきちんとした試験を受けなければいけないが、仮就職…アルバイトでも博士の同意の元申請すれば秘伝技を使用出来るようだ。

あくまで俺の身分はトレーナーなので、行く行くはバッジも集めておくべきだが、とりあえず研究という名目で故郷を探すだけならこれでどうにかなるとの事。
だから後は、俺が是と返すだけ、らしい。

成程。

「よろしくお願いします」

一秒たりとも迷わなかった。



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