自由主義者の欄外余白 | ナノ

17論





マサゴタウンの南から続く219番道路の浜辺に、人が流れ着いた。
偶然、浜辺までポケモンと散歩に来ていた青年が発見したらしい。
小さな町だから騒ぎはあっという間に広まり、うちの研究所も手を貸した。
ポケモンセンターに運ばれて落ち着いた頃、看病の為に初めてその顔を見る。

――白いベッドにぐったりと横たわるのは、まだ幼い顔立ちの男の子だった。

次の日、ナナカマド博士から男の子が目を覚ましたと聞いた。
それ自体は喜ばしい事なのだが、博士の表情は暗い。

「あの少年は、どうやら身寄りが無いらしい。自力で帰ると言っていたが…家族や連絡先について訊いても、解らないようだった。此方に遠慮しているのだろう」
「そんな…」
「あっ、あの!せめてあの子が旅に出られるようになるまで、私が面倒を見る事は出来ないのでしょうか!」
「そうですよね、まだ子供なのに…自分だって不安な筈です。このまま放り出すと却って気になっちゃいますよ!」
「ふむ…そうだな。では研究のサポートという名目で誘ってみよう。どうやら彼はトレーナーカードも持っていないようだったし、このまま旅立つのは危険だ」

遠慮がちな子のようだし、その方が良い。
イナバさんと協力し、急いで研究所に迎え入れる準備をした。
博士はジョーイさんにこの事を提案しにポケモンセンターへと向かった。あの子が良いのなら、との返事を頂いたそうだ。

そうして目の前に居るのは、あの日より少し顔色の良い男の子。
名前はイノリくんというらしい。儚い笑みが印象的だった。
今までベッドの中に居て気付かなかったが、男の子にしては線が細い。
今にも消えそうな立ち姿が、無性に庇護欲を掻き立てられた。

博士はイノリくんを部屋へ案内すると、神妙な面持ちで戻ってきた。
何処か嫌な予感がする。

「…思っていたよりも、深刻な事態かもしれんな」
「ど、どういう事ですか…?」
「あの子には名前が無かったようだ。今さっき、自分で付けていた」
「ええっ!?」

名前が無い?余りにも信じられない話だった。
けれど、博士とジョーイさんは目の前でその瞬間を見ていたらしい。
しかも先にポケモンの名前をじっくり考えて、自分は適当に付けた風だったとか。
もしかすると遠慮がちと言うより、自分を省みない子なんじゃないか。

「動きも何処かぎこちない。緊張しているというより、動かし方が解らないという様子だったな。何度も転びかけていた」
「そういえば凄く細かったですよね、あの子…」

恐ろしい想像が脳を占めていく。
虐待か、あるいは…もっと深い闇を抱えているのか。

「少なくとも警戒はされていないようだが…皆で様子を見よう」

ビブラーバと言うらしいポケモンは、むしろ人懐っこい様子だった。
其処だけは安心かとほっとしつつ、私達は頷いた。



イノリくんは料理も出来るようで、お夕飯のお手伝いをしてくれた。
この年頃の男の子が料理を出来るなんて凄い。そう言うと本人は謙遜していたが、照れたように微笑む姿は年相応できゅんとした。

次の日には喉の調子も良くなったようで、穏やかな声でお礼を告げられた。
一日一緒に過ごすだけで、とても良い子だというのが伝わってくる。
イノリくん、絶対モテるんだろうなあ、と頭の隅でこっそり不躾な事を考えた。

そして、此処に来て驚きの事実。
イノリくんに着いてきているポケモン達は、どちらも野生のポケモンらしい。
こんなに人に慣れている様子なのに…イノリくんはポケモンへの対応も立派だ。
ナナカマド博士もこれなら問題無いと判断したのだろう、早速トレーナーカードの発行書類を出してイノリくんに書かせた。
イノリくんは最初、不安そうにしながらトレーナーになるのを遠慮していたけど…結局、私達の説得に折れて頷いていた。…これも、何かあるのだろうか。

ふとペンを動かすのを止め、何故か何歳に見えるか聞かれる。
素直に印象を答えると…あの儚い笑みを深めて、2つも上の数字を記入した。
…見えない。体も細いし、栄養が足りてないんじゃ…。
博士もイナバさんも同じように思ったようで、複雑そうな表情を浮かべていた。
こんな年端も行かない男の子が、一体どんな生活を送ってきたのだろう。



ふと、イノリくんが博士に小型の機械を差し出した。
最近カントーの博士と共同で作成しているという電子図鑑、ポケモン図鑑だ。
博士は何時の間にかイノリくんに研究のお手伝いを頼んでいたらしい。

「博士、今後この図鑑に追加予定のデータは何がありますか?」
「ウム。今はまだポケモンの名前と簡単な説明文のみだが、平均的な身長、体重や分布も追加する予定だ。伝説のポケモンに関しては、データが無い代わりに伝承に関する記述を増やそうと考えている」
「成程」

ひとつ頷いて、イノリくんはさらさらと意見を並べていった。
検索機能が欲しいけれど、容量の問題で難しいなら索引機能はどうだとか。
見付ける楽しさを知ってもらう為に、一部のデータを伏せてみるだとか。

「後は…現段階ではかなり難しいと思いますけど、モンスターボールと連動出来る機能が備わったら楽しいだろうなあ、と思いました」
「ボールと連動?どういう事ですか?」
「ええと、詳しい事は俺も解らないですけど、ポケモンは何かに入った状態だと、その入れ物ごと電気信号に変化する性質があるらしいんです。その信号をボールと図鑑で共有出来たら、自分が今まで捕まえたポケモンの数とか、そのポケモンが今覚えている技が解ったりとか、色々な事が出来るんじゃないかなあって」

何でもない事のように挙げられたそれに、思わず目を白黒させる。
待って、私の知らない情報がぽんっと出されたのだけど!!

「電気信号…!?そっ、それ、本当ですか博士!?」
「…昔の研究で、それらしき論文を見た事がある。最近、オーキドからもその事で連絡があったな。カントーに住む若者が、ポケモンの発する電気信号に目を付けてポケモンを転送するシステムを開発しているとか…」

進化を研究している私達が知らないのもそういう事か。
でもそれなら、イノリくんはどうしてそんな事を知っていたんだろう。

「すぐに、オーキドと相談しよう。素晴らしい意見を有難う、イノリ」
「俺は大した事はしてないです。此方の方こそ、図鑑を見せて頂いて感謝します」

大した事をしてるんだよ、君は!!
これを期に新しい研究分野が誕生するかもしれない。本当に凄い事だ。
もしかしてイノリくん、実はとんでもなく凄い子なんじゃないか。

ナナカマド博士は早速オーキド博士にメールを送りにいった。
イノリくんには私達の研究を手伝ってもらう事にする。
まだ書類を運んでもらったりするだけだけど…つい彼の今後を期待してしまった。



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