10論
まさか家の玄関を開けたら、ラルトスが居るとは思わないじゃん?
「…ああ、いやあ、うん…?」
「らるっ!」
ぎゅっと俺にしがみついてくる、一匹のラルトス。
テレポートで此処に来たのか、じゃああの日見舞いに来たラルトスか、とのんびり動き出した脳が弾き出す。
とりあえず、とラルトスの目線に近くなるよう膝を付いて苦笑いした。
「もう…勝手に来ちゃったら駄目でしょ?ほら、今頃親御さん達が心配してるよ?着いて行ってあげるから、一緒に帰ろう?」
ほら、と差し出した手を、ラルトスは首を振って拒絶した。
ううん、困ったなあ。今から歩いていくにしても、夜の森は危険だし遠すぎる。
そうなると、この子がもう一度テレポートするしかもう帰る方法は無い。
というかこれ、見方によっては俺がラルトスを誘拐したように見えるんじゃ。
「…うわ、真面目にやばくないかこれ。サーナイト達はこの事知ってるのか…?」
「らる」
「びぃぶ」
「え、あ、まじで?じゃあ一安心…?」
ラルトスに続いてビブラーバも肯定したので、確かなのだろう。
というかビブラーバ、君知ってたんだねえ。もうそれならそうと早く言ってよ〜、なんて。言われても解らないからしょうがないよねえ。
「んん、でもどうしようか。明日洞穴まで連れて行く?」
「らぁるぅぅぅぅっっ」
「えっうわ待って待って其処まで嫌がらなくてもっ!?」
焚き火用に置いてあった薪を、念力でぶんぶんと振り回すラルトス。
こんな小さい体なのに凄い力だと冷や汗を掻きつつ、必死にそれを止める。
すると今度は二匹で必死に何かをアピールしてきて、俺は首を傾げる他無かった。
「らぁる、らるるら、るるらっ」
「らぁぶび、びぶらぁぶらー」
「う、うん…?あ、もしかしてこれ?」
「びぃぃっぶ」
ビブラーバが頻りに叩く棚の中には、俺のトレーナーカードが入っていた。
当分使う事も無いだろうと入れっ放しにしていたそれを差し出すと、ビブラーバは足で器用に掴み上げ、ラルトスの近くにぽとっと落とした。
ラルトスはそれを持ち上げて、何かを訴えるようにぴょんぴょん飛び跳ねている。
―――はっと、目を見張った。
いやいやまさか、と思いはすれど、じわりと込み上げてくる熱。
俺の思い上がりでなければ、だけど。
「…君、もしかして俺と一緒に来てくれるつもりで、此処に?」
「らぁるー!」
跳ねるように飛び付いたラルトスに確信して、笑みが滲んだ。
ああ、そうか。この子も、この子の意思で俺に着いて来てくれるのか。
「…俺の世話を一生してくれる覚悟はあるかー!」
「らる?らるらー!」
「びぶらー!」
「あはは、じゃあもう大歓迎だあ」
ラルトスを抱え上げるように抱き締めれば、ラルトスも嬉しそうに笑ってくれた。
次にサーナイトの所へ遊びに行く時は、ご挨拶も兼ねる事になりそうだ。
ところでもしやこの子、俺が帰って来るまで此処に居たのだろうか。
寒かっただろうにと頭を撫でて、ラルトスの体を抱え直した。
もう暗いから、何時もやっている火起こしは使えない。
さてどうしたものかと頭を捻っていると、ビブラーバが暖炉に向かっていった。
しばらく辺りを飛び回ったかと思うと、ぶぶっと羽を震わせて。
次の瞬間――ぼっと、火が付いた。
「びぃぶらっ」
「…えっ。ええー…、…うん、ありがとう?」
「びぶらーっ」
得意気に胸を張るビブラーバに、とりあえずお礼を返す。満足そうな顔だ。
んん、んー、凄く助かったんだけれど、まさかのどっきり火が付いた。
ビブラーバが使える、羽を震わせる感じの、火が付きそうな技って何だ。
熱風…は、レベル技じゃなかった筈。じゃあ誰から教わったんだという話だ。
俺が毎日見せてた理科の実験から習得した?にしては原理がおかしい。
「ううーん…うちの子、凄い。って事でいいやもう」
色々と疲れていた俺は考える事を放棄した。いやあうちの子は凄いなあ。
部屋が暖まるまで、暖炉の前でのんびりしよう。そうしよう。
「そういえば俺、ボール持ってないんだよねえ。ゲットだぜ!とか出来ないなあ」
「らぁる?」
野生と勘違いしたトレーナーにゲットされないとは限らない。
島を出て町に行ったら、まず真っ先にボールを買わないといけないな、これは。
バトルに賞金制度があれば良いんだけどねえ。もしくは貯金か何か。
トレーナーカードにも、ゲームでは表記されていたお小遣いの項目は存在しない。
まあ、あったらあったで嫌だよねえ、財産丸見えのカードとか。
ちなみにじゃあ何が表記されているかと言えば、自分の名前と顔写真に生年月日、それから二種類のトレーナーIDだ。後は交付日くらいか。
出身等は記載されていなかった。IDで判別出来るとか、そういう事だろうか。
住所でも書いてあれば、この島がどの辺にあるか参考になったかもしれないけど…まあ、それも直に解る事だし、別に良いかなあ。
暖炉の近くに椅子を引っ張って、ラルトスを膝の上に乗せた。
ビブラーバは俺の足元で羽を休めている。
「…こういうの、何か良いよねえ」
ぱち、ぱち。
火の弾ける音を聞きながら、目を伏せた。
此処一帯の時間が、とても穏やかに、緩やかに流れているように感じる。
「こうしてると、俺も皆の仲間になれてる気がして、嬉しいなあ」
微睡みながら、言葉が零れた。
ビブラーバに連れられて出会った島の子達を思い浮かべる。
多少のトラブルもありはしたが、今じゃ皆仲良くやってるもんだ。
ビブラーバが島の皆の架け橋になったのだとしたら、凄い話だよなあ。
「何時かさ、この島中が、皆、家族みたいになったら…面白いよねえ」
俺も、人間だけど、皆の一員になれたら良いのになあ。
ずっとお世話になりっぱなしだし、皆の言葉も解らないけれど。
「俺も、其処に居てさ。そんな…感じに、なれたら、良いなあ…って」
きっとなれるって、そう思っても良いかなあ。
抱き締めたままの小さな体は、ほんのりと暖かかった。
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