9論
久々にお天道様の下に躍り出ると、沁みるような光が全身に降り注いだ。
花と一緒に背伸びをすれば、まるで自分も光合成しているような気持ちになる。
見上げれば、目が痛くなる程の青。快晴だ。
「うん、良い観測日和だねえ」
「びぃぶら!」
楽しそうにくるくると俺の周りを飛び回るビブラーバ。
何時も窓越しに去っていく姿しか見れなかったから、開放的な姿は笑みを誘った。
「さて、と。それじゃあ、お願いしても良いかな?」
「びぃぶ」
一つ頷くと、ビブラーバは俺の腕に止まった。
四本の足でしっかりと俺の手を繋ぐと、そのまま緑の羽根を羽ばたかせる。
ふっと、足が地面から離れて。
「――――おお」
ぐんぐん、ぐんぐん、上昇して――あっという間に、俺達は空の中に居た。
雲が近い。白い鳥――チルットが目の前を走っていく。
木も岩も他のポケモンも、見下ろす物全てがミニチュアのようで。
「…っはは、すっげえやべえ、めっちゃ楽しい!!」
「びぃぶらー!」
「あははっ、うん、空って気持ち良いねえ」
ある程度の高さまで来ると、今度は少しずつ前へ進んでいく。
受ける風は思った程強くなく、俺の家の周辺を確かめる余裕もあった。
――そして、此処が無人島だという事が確定した。
見えるのはひたすら木と岩だらけ。他に人が住んでいそうな小屋も無い。
そしてその周囲は見事に広い海に囲まれている。これ以上無く無人島だった。
ううん…世間では無人島0円生活の事をスローライフと呼ぶのかねえ。先生あんまり詳しくないから解んないや。これはこれで楽しんでるから構わないんだけど。
短い空中遊泳を終え、ひとまず崖の上に下ろしてもらった。
俺の家の裏手から真っ直ぐ進んだ先にある、あの高い壁の上だ。
体制的にも不可が強いから、今後もあまり遠くへ運んでもらうのは無理だろう。
島からの脱出は何時になる事やら。そろそろ文明の利器が欲しい。
「まあ、でも。これで探索範囲が広がったね。上々、上々」
「らぶらぁばっ!」
「そうそう、君の自由研究、楽しみにしてるからねえ」
俺の居ない間に色々見てきただろうから、良いナビゲーターになってくれる筈だ。
進化してますます頼もしくなっちゃったなあ。本当、俺も頑張らないとねえ。
どうやらビブラーバは早速連れて行きたい場所があるらしい。
急かすように俺の腕を引っ張ってくるのを宥めつつ、緑の海を背に歩き出す。
上から見た時は、この辺りが一番広い岩場だった。
森や草原にナックラーが居るとは考えにくいし、砂風呂は海が近くて危険だから、この子もこの周辺からやってきたのだろう。乾いた大地は彼等の好む場所だ。
高低の差がバラバラな道を少しずつ下って行くと、広い高原に出た。
ふわりと花の香りが広がって、目に映るのは色彩豊かな花畑。
俺達に気付いたポポッコ達がやってきて、はしゃぐように体中にくっついた。
「多分皆、俺の家に来た子達だよねえ」
「はにゃぁ」
「ぽぽー」
風を受けて揺れる花は、どれも見覚えのある物だ。
人懐っこく擦り寄ってくるポポッコに、自然と頬も緩んだ。
「びぃぃぶ」
ビブラーバが花を一輪摘んで差し出してくる。
家から出られない俺に最初に花を持ってきてくれたのはこの子だった。
実際に咲いているのを見せたいと思ってくれたのだろうか。
俺の家の周りも大分花が増えたけど、あれの比じゃない程に此処は綺麗だ。
「ありがとう、ビブラーバ」
花を受け取ってよしよしと顔を撫でれば、嬉しそうにころころと鳴いた。
その後、ハネッコ達によって、花の雨に埋もれさせられたのには驚いたけれど。
それから俺達は、療養中に出会ったポケモンの住処へと訪れる日々が続いた。
手土産に木の実を携えて、島の彼方此方をビブラーバに案内される。
痛み止めになる葉をくれたキノガッサ、首の房をくれたトロピウス、更にはあの後仲良くなった…というか、従えてしまったらしいマスキッパの所にも。
本当に島中を飛び回っていたのが解ると同時に、二人で島を探索していく楽しみが無くなって少しだけ残念な気持ちもあったりして、でもこの子の成長が感じられて素直に嬉しくもあり。ううん、先生、ちょっとしんみりしちゃうなあ。
そしてとある森の奥深く、少し開けたその場所に、俺を治してくれた家族が居た。
近くの洞穴を住処としているようで、二人は其処まで連れて行ってくれた。
上が空洞になっているので、明かりが無くても充分に明るい。
太陽が当たる場所に川が流れていて、緑も見えた。中々子供心を擽られる場所だ。
「さぁな」
「うん、あの時は本当にありがとう。あ、これ、ささやかな物ですが」
なんてね、とすっかり恒例になった木の実を差し出す。
岩の陰に隠れていたラルトスが、興味を惹かれたのかひょっこりと顔を出した。
おや、と目を瞬くと、一匹、二匹、増えていくラルトスにキルリア。
そして外から入ってきた別のサーナイトにエルレイド。意外に大家族なんだねえ。
「えるるれっ」
「さぁな?」
「さなさぁな、さぁな」
「らるるー、らる、らー、るるらっ」
「さぁなぁ…」
「びぃぶ、びぶぶらー」
「るるるれっ、えるるっ」
「きるりっ」
「きるる?」
「らるらー!るるっ!」
「さぁなぃ、さなさぁな、さぁな」
「…える、えるるぅ……えるっ」
「びぶらっ!」
…うん、全く解らん。
黙って事の成り行きを見守っていたら、サーナイト達の雰囲気が穏やかになった。
次第に周囲も歓迎ムードになっていったので、そういう事だろう。
あの日出会ったラルトスは、俺に慣れていた為か真っ先にじゃれてくる。
その様子をしばらく観察していた他のラルトスやキルリアも少しずつやってきて、気付けばあっという間に保父さん状態になった。
順番に抱っこして腕にぶら下げて頭に乗っけて、あれっ待って二匹同時に?今度は三匹、ちょ、ちょっとそろそろ重いかもしんないぞっていうかキルリアはさすがに無理だから待って待って潰れるやばいまじでやばいから潰れるってまじで!!!!
どしゃあ、と崩れた俺にきゃらきゃらと笑うラルトス達。
其処から何とか顔を上げると、最終進化組が微笑ましそうに此方を見守っていた。
うん、良いんだけど、助けてほしいかなあ…。
日が少し傾いた頃、洞穴をお暇しようとすると、ラルトス達に引き止められた。
また遊びに来るよとどうにか宥める事数時間、どうにか洞穴を抜け出せた。
ラルトスってもうちょっとこう、大人しいポケモンだと思ってたんだけどなあ。
引き止められている間に大分日も暮れてしまった。
暗い森を歩くのは危険なので、ビブラーバに頑張って運んでもらう事にした。
せめて明日はゆっくり過ごさせてあげようと思う。うん、本当ごめんねえ。
prev / next