ふたりぼっちのワンダーランド | ナノ

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魔王が現れた。
それはもう、何の前触れもなく、唐突な出来事だった。
魔王はレイシーの事をシーたんと呼んだ。

「おいおい何だよシーたん、やっとパーティ結成したのかと思って来てみれば…」

呆れたように溜息を吐いて、私とルディを見比べる。

「一人は戦えないお荷物ヒロインで、一人は俺の配下かよ!」
「もうボクはお前の配下なんかじゃない!!」
「否定は出来ないや。私、勝手に着いてきただけで実際お荷物だもん」
「えっ、何だよお前解ってるじゃん。物分り良い奴は好きだぜー」

何時の間にか目の前に居た魔王が肩を組むように伸ばした手を、レイシーは咄嗟に振り払って距離を取った。
レイシーは魔王が現れてからずっと無言でピリピリしている。
対する魔王はとても楽しそうだった。

「はは、シーたん、良かったなあ。新しいお友達が増えて、オレの事なんか忘れて楽しくやってたんだろ?全く酷いもんだぜ」
「っ俺は!!」

叫んだレイシーは、はっとして言葉を飲み込んだ。
他の魔族と戦う時は酷い顔をするけど、今は逆に死んだような顔になっている。
死んだような顔に、なろうとしている。気がする。

「でも、親としてはそんなぽっと出の奴とつるむのは頂けないな」

魔王はとんでもない爆弾を落とした。
レイシーから否定の類は飛び出ない。ルディも困惑している。

レイシーと魔王は親子だった。

レイシーの親がレイシーの友達を人質にして、レイシーを苦しめている。

「どうしてレイシーのお父さんなのに、そんな事するの」
「どうしてって、面白いからに決まってるだろ!」
「それだけ?」
「それだけだけど、何?」
「本当にそれだけ?」
「お前、しつこいぞ」

私はレイシーに貰った護身用の短剣を握り締めた。

レイシーはとても優しいから、今まで魔王を倒せなかった。
レイシーはとても優しいから、魔王を倒したらきっと悲しむ。
レイシーはとても優しいから、それでも。

「エノ!!やめろ!!」

私の憎悪で、レイシーの青い炎が揺れる。
レイシーの魔力が増えたら、もしかしたらレイシーの友達は救えるかもしれない。
方法は解らないと言っていたけど、そんな奇跡くらい望んだって良いと思う。
そう思うくらいには、あんまりだ。

刃が魔王に触れる。

「残念。オレに反抗する奴は嫌いだよ」

弱い奴は好きだけど!
そう高らかに笑う魔王の声が木霊した。

レイシーとルディの、私を呼ぶ声がして、其処で意識が途切れた。





クレアシオンさんはおかしくなってしまった。
あれからまるで人が変わったように魔力を…憎悪を集め続けている。
良いも悪いも関係無しに、淡々と、真っ赤に染まっていく。
そんなクレアシオンさんを化物と呼ぶ人まで出てくるようになった。
本当のクレアシオンさんは、とても優しくて、優しすぎて、脆い人なのに。

「誰にどう思われようが構わない。エノから貰った魔力を、無駄にはしない」

其処にエノさんが居るかのように、青い炎を優しく指でなぞった。
エノさんという支えでどうにか保っていた心が、エノさんを失ってしまった所為で完全に壊れてしまっていた。
そんな彼は見ていられなくて、けれどボクもどうする事も出来なかった。

「エノ。あいつは、クレアだけは、絶対に助けてみせるから」



とうとう終わりの時は近付いていた。

クレアシオンさんのご友人を助ける方法は遂に見つからなかった。
魔王を倒せないクレアシオンさんは、魔王を封印する事に決めたらしい。

「ルキメデス。これはお前にやる」
「これは…良いんですか?クレアシオンさん」
「ああ。お前には魔王としてこの世界を治めてもらわなきゃならないからな」

クレアシオンさんに託されたのは、青く揺らめく炎…魔力ツクール君だった。
とても大事にしていた筈なのに、ボクにこれを託すというのか。

「エノの為にも、良い世界を見せてやってくれよ」

クレアシオンさんは、もう随分と見ていなかった、小さな笑みを浮かべた。

この子供は、とっくに限界だったのだ。



愛も幸せもまともに知らないまま大人になった子供が、独りその身を剣に変えた。
子供はそれでも、三人で眠るんだから、独りじゃないと笑っていた。
泣きたくなるようなえがおだった。

なんて世界はこんなにも恐ろしく無慈悲なのだろうか。



その日、勇者クレアシオンと魔王ルキメデスによる長い長い戦いは、世界中の者の心に傷を負いながら、ようやく幕を下ろしたのだった。


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