ふたりぼっちのワンダーランド | ナノ

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あ。


思わずそんな声が飛び出た。
何時もこんな感じで目を覚ましてる気がする。

ぺたり。自分の体に触れる。何ともない。
どうして。だって、私はたった今、魔王に殺されたと思って、なのに。

何故か私は怪我一つ無く、荒野のど真ん中で座り込んでいる。

空の色は、何だかとっても懐かしい、あの炎のように鮮やかな青。
だけど、帰って来れたんじゃない。
此処はきっと、レイシーが居た人間界だ。

「レイシー、ルディ、」

あの時の私はどうしても抑えが効かなかった。
レイシーの声を無視して、そしてまた、ひとりぼっち。
一緒に居てって約束したのに、私がそれを破ってしまった。

きらきらと美しく広がる青が、いっそ憎らしかった。
レイシーの炎を思い起こさせて、恋しくなってしょうがない。
私が約束を破った所為で、レイシーは隣に居ないというのに。

見知らぬ土地に放り出された事より、レイシーが居ない事の方がずっと恐ろしい。

レイシーは。
レイシーは、どうしているだろう。
ルディはちゃんと傍に居てくれてるかな。

そうだ、レイシーに会いに行かなきゃ。
レイシーが人間界から魔界に来ていたのなら、私も方法さえ見つければ行ける筈。
レイシーをひとりぼっちになんかさせない。

私が消えた後の事は解らないけど、ルディの事だ。きっとレイシーの隣に居る。
ルディは私の希望だ。

「レイシー。どうか無事でいてね。ルディ、レイシーを守ってあげてね」

今すぐにでも、会いに行くから。



意外にもすぐに町は見つかった。
以前丸一日掛けて寂れた村を発見したのと比べると、今回は運が良かったのかも。
レイシーと出会った後も村を見つけるのは結構大変だったし。

あの時初めて訪れた人の住む村は、規模もこじんまりとしていた。
だけど此処は充分発展した町で、人もそこそこ多い。
そして、あの時はレイシーが居たけど、今はレイシーは隣に居ない。

さあっと血の気が引いた。

ざわざわと、沢山の音が耳に届く。
慌てて音楽プレイヤーのスイッチを入れ、ヘッドフォンで耳を塞いだ。

――音が消えない。

ぐらぐらする視界の中、どうにか歩き続けていると、ふと一冊の本が目に入った。


勇者クレアシオン物語。


「れいしー、?」

思わず近付いて、手に取って確かめる。
子供向けの絵本のようだ。隣にちょっと小難しそうな小説らしき方も置いてある。
青い炎を頭に灯した黒髪の男の子は、レイシーにそっくりだった。

「おやお嬢ちゃん、いらっしゃい。それは千年前の伝説の勇者様の本だねえ」
「こんにちはおばさん。千年前の勇者って?」
「有名な昔話だよ。今でも子供達の間じゃ流行ってるもんさ。買ってくかい?」
「んーん、私お金持って無いや。ごめんね」
「そうかい。それならそうだねえ…王都にある図書館なら見れるかもしれないよ」
「図書館だね。おばさんありがと」

絵本をそっと棚に戻して、お店のおばさんに別れを告げた。
早速その足で王都への道を探す。
するとこれまた運の良い事に、王都に向かうという馬車に乗せてもらえた。
簡潔に事情を話したら、タダで連れて行ってくれると言われたのだ。

「お前さん、苦労してんだなあ。荷物と一緒で良けりゃあ乗せてってやるよ」
「本当?ありがとおじさん。こっちの人は皆優しいね」
「こんな時代だからな。助け合って生きにゃあ」

何でも、ある時突然星に穴が空いて、魔物が大量に押し寄せてきたのだとか。
魔王が復活したと判断した国王様は、勇者の子孫を集めて旅に出させたらしい。
もしかして、レイシーはその内の一人で、その穴から魔界に行ったのだろうか。



王都に着くと、おじさんはいくつか果物をくれて去っていった。
とても気前の良い人だ。この世界はあんな人達ばかりなんだろうか。

図書館は誰でも自由に入れた。
絵本のコーナーに向かうと、それはとても目立つ形で置かれていた。

しっかりした装丁を軽く撫でて本を開く。


其処には、とても強くて優しい、レイシーに似た何かが居た。
余りにも似てないのに、何処かが似ている、気持ち悪さ。

レイシーは、こんなにも幸せで希望に満ちた勇者だっただろうか。


この本には、ルディも私も居なかった。
代わりにレイシーに力を与えた妖精が居る。
レイシーの傍に妖精なんて居なかった。
そもそもあの旅の中で一度も妖精を見た事なんて無い。

そう、だから、大丈夫。
魔界に行けば、きっとレイシーに会える。

僅かに感じていた、千年という可能性から目を逸らして、緩く息を吐いた。


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