ふたりぼっちのワンダーランド | ナノ

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雨が上がった次の日、冷え込む空気にぶるりと震えながら廃屋を出た。
洗いたての朝は雲一つ無い快晴だ。空は何故か薄い赤色をしていたけれど。
雨のお陰で臭いはすっきり消え去ったようで、巨大生物の影は見当たらなかった。

「レイシー、レイシー。素敵な朝だね」
「そうか」
「そんじゃ、出発進行〜」

と言いつつ、私はレイシーを逃してなるかとしっかり彼のマントを掴んでぴったり彼にくっついているので、レイシーが動かない限り先には進めないんだけど。
しばらくレイシーと無言で見つめ合っていると、レイシーは小さく溜め息混じりに掴まれていると動き辛いと言うから、起きてる間なら良いよと手を離した。
逃げられるかなとドキドキしたけどそんな事は無かった。
なんだ、レイシー優しいじゃん。



レイシーは凄く強かった。
腰に携えた剣や、時々魔法も使って、巨大生物…魔物をやっつけていく。

「魔法って凄いね。私も魔法使ってみたいな」
「お前には無理だろ」
「解んないよ。突然秘められた力が目覚めるかもしんないよ」
「……、」

あ、また変な顔。
昨日ずっとお喋りしてて気付いたけど、レイシーはたまにこういう顔をする。
あだ名候補のクレアと呼ぼうとした時もこんな顔だったな、とふと思った。

「冗談だよ。それに私、レイシーみたいな一瞬で敵を倒したり傷を治すような凄い魔法は使えないけど、誰にでも使える特別な魔法なら知ってんだ」
「…例えば」
「いたいのいたいのとんでけー」
「飛ぶのか?」
「レイシーこの有名なおまじない知らないの?」

レイシーは時々天然だった。
あと、あんまり知識が噛み合わない。
私が知らない事を沢山知ってるけど、私の知ってる事はほとんど知らない。
昨日は話題に出て気になっていたのかチョコと香水について訊かれた。
もしかしたらこの世界にはチョコも香水も無いのかもしれない。

この世界と言うのは文字通り、少なくとも日本ではないこの世界、という意味だ。
あの変な生物や魔法がある時点で、そういう事もあると受け止めている。

「レイシー。今度とびっきりの魔法教えてあげるね」
「そうか」
「今はダメだよ。もっと仲良くなってから」

レイシーは大分口を開いてくれるようになった。
昨日からひたすらしつこく話しかけていたら、受け入れてくれたのか諦めたのか、何かしら受け答えはしてくれる。それでも一言だけってのが多いけど。

せめてもうちょっと表情筋動かしてくれたら良いのに。
昨日よりは大分ましだけど、相変わらず目は死んでいる。
私が魔法を使った暁には、きっとその顔を面白くしてあげよう。
でも、この魔法は仲良しな方がよく効くから、今はまだ大事に取っておくんだ。

「あ、ねえレイシー。私昨日あの黄色いキリンみたいなヤツに襲われたんだ。例の森で出会った熊さんならぬ巨大生物。あれ何て言うの?」
「ニセパンダだ」
「確かにパンダではないね。でも何であえてパンダなんだろう」

ぴぎゅらー、という鳴き声は相変わらず奇妙だ。
呑気な顔に反して怒らせるとかなり凶暴らしいけど、基本的には温厚なのだとか。その為、距離があった事もあって普通にスルー出来た。
ちなみにスライムよりそこそこ強いくらいだとか。それから死に物狂いで逃げてた私のモブっぷり。つい最近まで村人Aならぬ市民Aだったからしょうがないね。
レイシーの頭の炎がゆらりと揺れた。

「怖くないのか」
「怖いよ。でもレイシーが一緒だから」
「…そうか」
「うん。だからありがと。レイシーは優しいね」

あ、まただ。またあの顔だ。
優しいも禁句らしい。レイシーは中々褒めにくい。

「…お前の頼み事を断ったのに、優しいのか?」
「今は一緒に居てくれてるよ」
「逃げ出すかもしれない」
「それならとっくに逃げてるよ。あの時。手を離した時にさ」

レイシーの言葉を全て打ち返すとレイシーは昨日と同じぐらい深い溜息を吐いた。
不穏な流れだったけど結果オーライ。やったね二連勝。

「ほら、行こうレイシー」

立ち止まりかけた足を再び前へ進める。
昨日よりお喋りの頻度は少なめで、敵が現れたらレイシーが倒して。
そんな感じでひたすら歩いているだけで、日が沈んで、お月様がこんばんはした。

枯れ枝を集めるのは大変なので、残っていたノートを全部燃やして焚き火を作る。
火はレイシーが一秒も掛からずに点けてくれた。レイシー凄い。魔法万歳。
燃やせる物はもう友達の漫画だけ。でもこれは燃やしたら殺されちゃうもんね。
あ、でも端の方とか結構折れ曲がってる。やっぱり死んじゃうかも。

あの建物から鞄に詰め込んでおいたシーツを取り出して包まった。
レイシーで暖取りチャレンジは今日も失敗だった。
一日中歩きっぱなしだった所為か、その夜はどうにかおやすみを告げると、一斉に襲い来る睡魔によって、あっという間に意識の底へ沈んだ。


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