第1話「隻、宣言する」01 
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「だああああああああああああまた取った! 翅(つばさ)えぐいんすよ毎回毎回オレのめかぶぅぅぅ……! あっ、唐揚げとんなし! あっ、食うなああっ、レモン!!」
「すっぱ!!」
「なら取らないでくださいよ……残ってない!? あっ、政っちあざーっす!」
「ん」
「ははっ、翅もう少し考えて取れよ、こんな感じでー。ほーいどーもどーも」
「芳弘(よしひろ)は政和(まさかず)さんに頼りすぎ! 俺自分で取ってるんだよ偉くない!?」
「人から奪ってる偉くない!!」
 どんちゃんどんちゃん。
 そうであっても静かに食せる場所といえば、結局は当主と次期当主の周辺ぐらいだ。ただし、その周囲ですら急いで自分の皿に欲しいものを乗せても、お構い無しに奪われてしまうけれど。
 このレーデン家に入って早々、その当主側付近の席を所定の位置にした隻(せき)に抜かりはなく。見事隣で(誰が激怒したかは知らないが)飛んでくる割り箸だの扇子だのを、足元に置いていた盆で防ぎながら食べる事になるのも習慣づいた。
 だからたまたま真隣で食事する事になった響基(ひびき)が、防ぐものを見失って集中的に被害を受け、挙句好物のこんにゃくだのところてんだのを見事器ごと持っていかれ、ショックで半泣きになって叫んでいる姿も日常風景だ。
 そして長机を挟んだ真正面。夏を感じる七月の現在、つい数日前誕生日を迎えて二十三歳になった隻と同様、淡々と食べているレーデン家嫡男の万理(ばんり)は、ふと箸を置いてふぅと溜息。
「義兄(にい)さん方、いい加減にしないとそろそろ雷駆呼びますよ」
 カチャカチャ、カチャ。コト、ずずずー。
 急に静かになった食卓。隻が感謝するように手をあげれば、万理はすました笑顔だ。
 ……三年前はこうじゃなかったのに。
「そういえばそろそろ夏休みじゃのう。万理はどうするんじゃい? 政和達も今年は盆参りに帰るのかの?」
「ん……おれはこっちに。柱人担当、頑張ります。お前ら遊んでこい」
「ありがとう政! 天使だよ政!!」
 政和が淡々と――というよりもはや口数が少ないながらに優しい言葉に、同じ家の結界担当仲間から歓喜の拍手が巻き起こっている。そしてかにかまを仏壇によっこらしょと持って行く姿は、なんというか……母親。
 芳弘――まだ高校生だという養子の少年は、「そうだなー」とぼやいている。
「オレは帰ろうかな……実家で小遣いもらってからとんぼ返りする」
「孝行しろよ!?」
「げっ、隻兄(にい)きびし! じゃあ一日のんびりして」
「だから手伝いしてこいよ!!」
「……よし、玄関の靴は並べてくる!」
「やる事他にあるだろ!!」
 ほかの養子達からも突っ込まれる高校生。万理の実兄である千理(せんり)は漬物を食べつつ、「孝行かぁー」とぼやいている。
「久々にお袋んとこ顔出しますかねえ……」
「そうし――あ? え、ここにいるんだろ?」
「いますよ。けど普段女中として動いてるんで。お袋元一般人なんすよ。血目覚めてないっていうか、全く縁のない血筋だったらしくって、雷駆とか見えないんすよね。普段は子供の世話で走り回ってるって聞いてて」
「兄さん馬鹿ですか。先日まで誰の面倒で食事を運んでくれたと……」
 ピタリと固まる千理。明らかに寝耳に水な反応に、食卓の全員が生温かい顔になった。
「え、マジ……ガチ?」
「馬鹿……」
「母さん……」
 ふと、千理の近くにいた、千理と万理の兄、天理(てんり)が、ぼんやりとしたまま呟いた。千理が覗き込むと、「いるのか……?」と、片言気味な声が返ってくる。次期当主であり、千理達のおじである多生(タオ)が頷いた。
「まだ帰ってきた事は伝えられていなかったな。もう少し落ち着いたら、会ってあげなさい。きっと喜ぶ」
「……おれ……変わってない……」
「別にいいんじゃないか? 千理も六年間変わらなかったんだから」
「チビだもんなー」
「ちょっと翅響基なんでそっち行くんすかねえちょっと。霊薬のせいだって分かったんだから年相応に換算しろっつーの!! 肉体年齢ピッチピチのじゅう……あれ?」
 いきなり指を折って考え始める千理。手の平にしか意識を向けていないのだろう。何度か自分の皿に他人の箸が入り込んでいた事に気づいていない。
「え、九歳の時っしょ? って事は今の年齢から引いて、永久の真水って加齢スピード半分になるって話で……だったっけ? え、じゃあプラス五歳? 十四? なあんだ普通じゃないすかオレの身長! やったね! っしゃ、めかぶく……」
 笑顔で箸を自分のテリトリー内に確保しておいた標的へと向け、カツンと音が響いて千理はやっと固まった。
 皿、綺麗に空。
 固まる千理の隣。翅が真顔で租借しているその口から僅かに飛び出ているのは、明らかに深緑色のあの植物。
 今さらその飛び出たものをじゅるっと口の中に入れても、千理は既に目撃している。
「うんそっかーそりゃあチビだよなぁーしょうがないなーめかぶ美味いなー」
「っ、翅あああああああああああああああああああああああああっ!!」
「兄さん煩い」
「弟ひでえ!?」
「千理煩い!」
「ひび兄!? って、ひび兄また皿空ですけど……食うの早くなりました?」
「そんなわけあるかまたこんにゃく誰が取った!!」
「ん」
「政和さんありがとう……!」
 よかったな響基。そう思いつつ、エビフライをもらった隻も礼を言って、政和にほうれん草の煮浸しを回す。
 ふと本題を思い出し、隻は「あの」と当主である正造と、次期当主の多生に声をかけた。
「俺、東京に帰ります」
 ……。
 …………。
 ……………………。
「はいいっ!?」
「なんで全員驚くんだよ!!」
「いやだって……なんで急に突っ込み不在に」
「お前でいいだろ元突っ込み大臣!!」
「いつ聞いたのそれ! ……千理?」
「え、言ったっけ? ……あー、言ったかも。さーせんたんまめかぶううううううっ!!」
 ずるずるずるずる。
 勢いよく平らげられるめかぶ。千理が泣き崩れている傍、一気に吸い上げすぎた翅は口を押さえている始末。
 仲間である悟子(さとし)の代わりに言おう。はしたない。
「いいだろ別に……いい加減盆の時だけでも顔見せておこうって思っただけだよ。この間の件の後、連絡また忘れてたし」
 忘れてたんだ……。
 生温かい空気に苦い顔になった。女性陣側で食事している結李羽(ゆりは)が苦笑いしている。
「言ってたもんね、この間も。『成人式の写真まだ見せれてなかった』って」
「いや待って!? それ凄く大事見せような!?」
「しょうがないだろうっかりしてたんだよ!!」
 多生の咳払いが入り、はっとした隻は思わず気まずくなる。当主である正造(しょうぞう)が穏やかに笑って「行って来なさい」と承諾してくれ、素直に頭を下げて礼を言う。
「それでこの間頼んだなんとかバナナをの」
「あっ! そうだ阿苑(あぞの)家ご当主に預けたまんま……! すいませんまた買ってきます」
 生温かい顔の翅と響基。千理は「あーそういえばそうでしたね」と暢気に唐揚げを食べている。
 なんだかんだで、唐揚げも好物になっていないかこの馬鹿は。
「もう消費期限ぶっちぎってますし、きっと向こう処理してくれてるっしょ。あ、隻さん隻さん、オレもついてっていい? 前のアパートいい加減引き払わないと」
「あ? ああ、いいぞ。でも人手足りるか?」
「それならば翅達でもつれてぶらり旅でもしてこんかね。なんとかバナナがかさばるじゃろう」
「あれじーちゃんそっち!?」
「うーん……行ってもいいけどそうなると今年のキャンプ潰れるよなあ」
 ああ、修行とカブトムシ狩りを兼ねた、あれ。
 翅達は本来宵のメンバーとして、パーティを組んで活動している。その事もあってか、そのパーティメンバーで毎年キャンプと称した修行の旅に出かけているのだ。
 暑さも際立つ中で東京は確かに応えるだろうし、そちらに向かいたいならそれでもいいとは思うけれど。
「一応お袋に連絡して、それからになるとは思うんだけどな。多分じじ――じいさんの家の清掃も手伝う事になると思うけど」
「隻さんのおじいさん?」

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