『本日の選択を記入してください』 下
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『本日の選択を記入してください』
 堅い音声が今日も白い部屋に投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。
 目の前に浮かんだのは二つの単語だった。またこの部屋に来たのかと、もう嫌だと言いたくなる。
 これまでだって沢山捨ててきた。他にもう何もいらないとも確かに言ってきた。だけど捨てれば捨てるほど苦しくなる。取り戻そうとするとまたあの面倒な世界に放り込まれる。
『趣味』
『寿命』
 そんなの趣味に決まってる。今まで何を犠牲にしてきたのか、この部屋はわかっていない。
 これまでつぎ込んできた額を知らないんだろう、仕事を辞めたことで沢山遊べるようになったんだ、生活はギリギリのところになってしまったが、病院も行くことをやめたおかげでまた課金ができるようになったんだ。新作のタイトルだってたくさん制覇している。会話の弾む相手もできたがすぐに次のタイトルに気が削がれている奴らなんてどうでもよくなった。
 わかるか、愛しているんだ。
 これまで注ぎこんできた●●●●万が消えうせるなんて、許されない。
 寿命を捨てた。






『本日の選択を記入してください』
 堅い音声が今日も白い部屋に投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。
 目の前に浮かんだのは二つの単語だった。また今日も一日が来るのか。
『家』
『趣味』
 そりゃ、趣味を残すに決まっている。
 家は小さくなっても構わない。グッズを飾れて電気を得られる屋根があればいい。
 通路へと出た。スマートフォンを握り、部屋へと出て目を見開いた。
 グッズがどこにもなかった。それどころか部屋には何もない。スマートフォンを握った手はカサカサになり、端子から垂れ下がったUSB充電ケーブルは差し込む先を塞がれていた。
 人が入ってくる。さっさと出ろと追い立ててくる。
 冷たい人の目を受けて、家を追い出された。
 いつの間にか両親は死んでいた。随分と会話もしていなかったから全く気づかなかった。手元にリュックすらもなかった。
 そもそもどうしてサービスが終了する。今まで積み上げてきたものが全部なくなるなんて理不尽だ。運営に訴えたが回答はどこにでもありそうなテンプレート文書だった。
 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな
 だってあれだけ愛を注いできたんだ。金を注いできたんだ。体だって削ってきて愛を注いだんだ。
 終了するなんて誰が許すんだ。まだここにやっている奴がいるんだぞ、金を返せ。お前の会社に存在価値は他になかったんだぞ!
 もう金は全部注ぎ切った。これ以上どこから何が出る。何をすればあのゲームが戻ってくる。
 ゲームにもう一度ログインしようとした。画面は真っ暗なまま、映像が輝くこともない。
 ただの箱に吠えた。





『本日の選択を記入してください』
 堅い音声が今日も白い部屋に投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。
 目の前に浮かんだのは二つの単語だった。いや、別に選択肢として与えられたものではなかった。
『現実』
『現実』
 ああ、そういうことか。
 もう手足は動かせない。細りきった手足には熱さしか感じない。寒さが来ることもあった。
 川のほとりで眠る回数も増えた。それでもスマートフォンは手放さなかった。
 それももう、ついにできなくなったということか。趣味は切った覚えがないのに、いつの間にか選択肢にも浮かばなくなっていたのだろうか。
『本日の選択を記入してください』
 堅い音声がもう一度投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。さもここがゴミ箱ですと言わんばかりに。
 皮肉すぎて、哄笑が溢れた。
 別にいい。ゲームだってもうできないんだ。スマートフォンの電源が入る方法をずっと探していたが、ショップに行っても追い出される。公共の充電の場所に行っても目をつけられる。雨に濡れてただの箱でしかなくなったのだ。
 別にいい。後悔なんて……
 外から音が聞こえる。聞き覚えのある音楽だ。いや、それに音声も混じっている。この声優を知っている。
 思わず顔を上げた。このゲーム、もしかしなくとも自分がやっていたあのタイトルではないのか。
 新作の単語が聞こえた。まさか、まさか。
『本日の選択を記入してください』
 堅い音声で音楽がかき消される。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。さもここがゴミ箱ですと言わんばかりに。
 いやそんなことはどうでもいい。ここから出せ、またゲームが始まるんだ。自分が今まで注ぎ込んできた金がやっと実ったんだ、ここから出せ、ゲームをしたいんだ!
『本日の選択を記入してください』
 そんなこと知るか、自分はこの時のためにここまで身を削ったんだ、やる権利がある、選択など知ったことか!
 ここから出せ!
『本日の選択を記入してください』










『本日の選択を記入してください』







『本日の選択を記入してください』




『本日の』







『現実』が、強制的に捨てられた。




エブリスタ投稿作品
平成30年9月 完結 



* あとがき *
 久々にホラー系統に手を出してみました。エブリスタのお題「ホラー」に投稿させていただいた作品です。
 いや、書いた本人怖いものが大の苦手なんでホラー系読めないんです。ビビりなんで。なのに書くんです。矛盾じゃないんですよ……苦手と書くは別ものなんですよ……(頭抱えてるぞ)。
 エブリスタ版だと、一ページ毎に日付が進みます。こちらでは短編のページ数増やして一覧が見づらくなるの嫌だなーって理由で纏めて出しています。よくありがちな展開なので、あえてページで区切って演出を凝りました。
 これ、怖かったでしょうか? 葉月的には……怖かったら、い、いいなあ……(震えてるぞ)。


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