『本日の選択を記入してください』 上
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※初めに
 本作品は世にも奇妙な物語風の作品を目指して作成しております。また演出上、極端な思考を伴う描写があります。苦手な方は恐れ入りますが閲覧をお控えください。
 思想を煽るものではなく、誹謗・中傷などの目的では執筆しておりません。ご理解頂けますようよろしくお願い申し上げます。



『本日の選択を記入してください』
 堅い音声が今日も白い部屋に投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。さもここがゴミ箱ですと言わんばかりに。
 目の前に浮かんだのは二つの単語だった。いや、別に選択肢として与えられたものではなかった。
 この部屋から一日逃げるためだけに用意されたものだ。これを捨てずに持っていれば、この両手をギリギリ振り回せる程度の四角い箱の中から出ないことになる。
『一日』
『趣味』
 遠慮なく、一日を捨てた。
 扉が開いた。真っ暗な通路がそれとわかるのは、あるかも分からない仄暗い光源が床を照らしているからだ。
 足を黒の世界に踏み落とす。
 一日が削られた。けれど構わなかった。通路の脇に置かれたスマートフォンを握って、電源を入れた。
 画面を起動する。街中に出る機会が失われた。通路の先は見知った青で統一されたベッドがあって、学習机は中学以来埃を被ったままで、大きく備え付けられた本棚は空っぽなまま。
 箪笥の上に鎮座するフィギュアやグッズを眺めて、吐息が零れた。
 別に食事もいらなかった。


『本日の選択をしてください』
 堅い声が今日も白い部屋に投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。
 目の前に浮かんだのは二つの単語だった。ここ最近は手馴れたものだ。どれを捨てようかと計算する。
 この間一日を捨てたことで空腹に襲われ、ろくにゲームを楽しめなかった。スマートフォンを握り締めたまま一日を苦痛に過ごす羽目になった。壊さなかったことが行幸と言えるだろうか。
『仕事』
『地位』
 遠慮なく仕事を捨てようとして、待てよと考えた。
 前回は休日だったから捨てられた一日だ。でも仕事を捨てたら、また探さないと食べるものがなくなる。
 ならばいらないものはなんだろう。地位だ。
 通路が開く。スマートフォンを握って、電源を入れた。
 画面を起動する。部屋の壁にかけられた粗末なスーツを着込んで街へと出た。小さな商社に出社するなり、地位は降格していた。目に見えて業務へのやる気が見えなかったからだときつく叱責を食らった。
 当然だろう、自分が捨てたのだから。自分が必要なのはこの空間ではない。ただ仕方なく務めているだけだ。また次の職業が見つかればおさらばだ。どこに問題がある。
 減給まで言い渡されるならその時はまたいい場所を探せばいい。自分が求めているものはここにはないのだから。






『本日の選択をしてください』
 堅い声が今日も白い部屋に投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。
 目の前に浮かんだのは二つの単語だった。今日はどちらにするかと、両手を振り回せる程度にしかない四角い箱の中で吟味する。
 前回は地位を捨てた。そのために減給されてしまった。ゲームの中でほしかったもののために食事を削ったが、いかんせん体は機械のようには動けないと文句を垂れてくる。
 ならば今日の選択はどうするか。もう明白だった。
『仕事』
『健康』
 健康を捨てた。そもそも健康は持っているものだ。多少風邪を引いたって、仕事を残すしか今は道がない。金がないと結局はゲームにものを注ぎ込めない。ゲームがあってもなくても、仕事をしなければ生きられないのだから。
 通路の向こうへと出る。今日もスーツを着る。込み上げてきたムカつきに瞠目して、即座に自室を飛び出した。
 廊下の脇のトイレへと駆け込む。何も入っていないはずの胃からこれでもかと黄色い液体が吐き出される。むわっと立ち昇る臭気がまた喉を開かせ、容赦なく空っぽの内臓からものを吐き出させた。
 選択を、しただけだ。いきなりこんなに崩れるなんてどうなっている。
 それでも仕事にはいかないと、どうしようもない。冷蔵庫は空だ。最初に捨てた選択のせいで、食材はそこになかった。
 あの時は確か、『食事』か『趣味』で、趣味を取ったのだ。
 恥を捨てるつもりで、ひとまずトイレットペーパーで口を拭った。水を流して、改めて口をゆすぐ。
 吐き出した水がどうにも臭く感じる。また胃液が出そうになる。
 仕方がないので、家を出るなりすぐにコンビニへと寄った。食べ物を探す。ゼリー状の栄養補給剤さえあれば凌げるだろう。最近それしか口にしていない気もする。
 ほかに何か食べたほうがいいだろうかと見渡した。レジ近くに鎮座する平たい物体に目が留まった。
 ああ、そういえば昨日ゲームで新作のキャラクターが出たのだ。あのキャラクターがほしいと、随分課金をした。それでも出なかったのだ。
 給料日まで後十日。残金はまだ余裕があったはず。クレジットでは感覚が狂うから、こういったカードで購入して調整するか。
 カードを手に取った。金額は一万を選んだ。
 ゼリーを手に取っていたが、棚に戻してそれだけを買って出た。
 どうせ吐いた後では胃は何も受け付けないだろうから。






『本日の選択を記入してください』
 堅い音声が今日も白い部屋に投げ入れられる。無機質で一様に代わり映えのしない空間に。
 目の前に浮かんだのは二つの単語だった。ただただ呻いてそれを見やるばかりだった。
 健康を捨てたせいでただいま病院に連日通っている。仕事も地位が落ちたせいで課金どころの話ではなくなった。だがゲームでずっと保っていた首位を他人に明け渡したくもなく、時間を削って張り合っている。
 だが、この選択肢はどうしようもないのだ。
『仕事』
『趣味』
 仕事をしなければ課金もできない。いやそもそも病院代すら出せない。毎日ふらつくようになった体では仕事などろくにできてもいない。変わらない。だがそれでも生きるためにはしなければいけないのだ。
 しかし仕事をしていた理由だって、突き詰めれば趣味のためじゃないか。ゲームのためじゃないか。
 趣味がなくなるのなら何のために仕事をしてきた。自分のため? いや趣味がなくなったらそれも意味がない。
 それにもう職場では地位も落ちただけではなく、話せる相手だっていない。仲良くなろうと思ったことだってないし、自分の時間がほしかった。味方がいない場所で一々時間を取られるのももううんざりだ。
 そうだ、他に何がいる。自分が最初から欲しがっていたのはこれじゃないか。
 仕事を、捨てた。


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