第13話「問いかけ」01
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「美紀さんって、日本人ですよね?」
「ハーフ。在籍は日本よ。それが?」
「ハーフ!? すっごーい! だから顔立ちすっごく綺麗だし、目の色も透明感あって綺麗なんだ!」
 途端に目を瞬かせる、美紀と名乗る女性。トルストがむすくれた顔のまま、隣で道端の石を蹴りながら進んでいるが、彩歌はトルストと繋いだ手は放さない。誰のせいだと言いたげに石に八つ当たりする少年はあまりにもご機嫌斜めだ。
 美紀は正気を疑うような目で、彩歌の隣を凝視している。
「本物の外人の子のほうが、顔立ちはいいでしょ」
「でも、外国と日本のいい所取りみたいで、凄くいいと思いますよ? 本当に綺麗だもん、あたしいっつも童顔って言われちゃうから、大人びてるの羨ましいなぁ」
 落ち込む彩歌に、トルストがにやりと笑いながら「Yes」と答えている。
「アヤカ、もう少し落ち着き、欲しいです。僕より、子供です」
「ル、ルト君!? ひどぉい……」
 肩を落としながらも、自転車を片手で押す彩歌に、美紀は危ないと注意してきた。仕方なしにトルストから手を放して両手で支え、城条の店に到着する。店名を見た美紀の頬は引き攣っているけれど。
「こ、このお店に入るの……?」
「あ、あたし驕りますよ?」
「持ち合わせはあるわよ。でも待って、失礼だけど……こんな名前のお店に!?」
「Sure. トマトごった煮、です。僕、Home Stay、しています」
 正気を疑う顔で少年を見下ろす美紀に、彩歌は自転車の鍵をかけた後「おじちゃーん」と機嫌よく店の入り口を開け放った。出迎えたのはテュシアで、途端に不機嫌な顔だけれど。
「あなたまた……」
 美紀の手から、唯一の荷物なのだろう鞄がどさりと落ちた。
 それほど重たいものが入っているようには見えないのに衝撃を受けた顔をする彼女に、テュシアは目を細めている。
「……司子……」
「――ど、どうしてあなたがここにいるの、水想!?」
 ぽかんとする彩歌の奥、テュシアは溜息をついた。
「それはこちらの台詞よ、氷雪。別れ枝≠ェここにいるなんて聞いていないわ」
「二人とも、知り合いなの?」
 テュシアが首を振る。
「わたし達は知らない。でも司子の中には、他の司子から派生して出現したものもあると、この間教わらなかったかしら」
「あ、うん。風の派生は雷なんだよね? ――あっ、じゃあ氷雪さんって!」
 目を輝かせる彩歌とは正反対に戸惑いを見せる美紀は、小さく頷いた。
「ええ。私は彼女――水想の派生になるわ。どうしてこんな所にいるの、風の子もいるのに」
「あなたに、その事情を分かれと言う気はないわ」
 冷たくあしらうテュシアに目を伏せる美紀。彩歌が慌てて「コーヒーと紅茶、どっちがいいですか?」と美紀に尋ねている。女性は暫し悩んだ後、溜息をついた。
「アイスティーをお願いします」
 テュシアが無言のまま、紅茶を淹れ始めた。トルストはテュシアへと「Where is Master?」と尋ねている。テュシアは肩を竦めたではないか。
「Going shopping with he, I believe」
「Ah…that explains. Shall I help you?」
「No. I don’t need it. Thanks」
「O.K. Well, please take care of the rest」
 彩歌がぽかんとして見ている隣、同じように固まる美紀は静かに口を開いた。
「生英語なんて初めて聞いたわ……」
「えっ、でもハーフなんですよね?」
「ロシア語は、家で少し聞いた程度よ。英語なんて学校で習う限りだったもの。……ロシア語もほとんど覚えていないけど」
「Masterがどこに行ったか、聞きました。コウキと、買い物だそうです」
 トルストがオレンジジュースを出しながら答えてくれたではないか。
「僕が、手伝いは要りますかと、聞きました。彼女は要らないそうです。だから、後はお願いします、声かけました」
「本当にすごいね、英語……」
「そう、ですか? But, 日本語のほうが、凄いです」
「ただい――お、あや帰ってきとったん?」
 入り口から響く鈴の音に、彩歌が目を輝かせて振り返った。一抱えもある大きな紙袋を二つほど重ねて、器用に入り口を開けて入ってきた弘輝は次の瞬間、怪訝そうな顔をして――愕然とする美紀と目が合い、暫く固まったではないか。
「えっ……!」
「あ、いらっしゃい。お客さん来とったん――あああああああああ!? まさっ、氷せ」
「こー坊入り口で騒ぐなー中入れんだろう」
 はっとした弘輝が慌てて脇に退く。退いて苦い顔になる彼は、彩歌へと困惑した目を向けているではないか。「なして氷雪までおるん?」
「あ、えっとね、喧嘩しそうだったからダメだよって注意してね、ゆっくりお話するならここかなあって」
「……喧嘩? 誰が?」
「ルト君が」
「どこで?」
「道端で?」
「……どげんしてそれ見たん」
「帰りがけね、ルト君が弘輝さんの代わりって、お迎えに来てくれて――」
 耳を疑う様子で開いた口が塞がらない弘輝からそろそろと離れつつある男の子は、余りにも詰まらなさそうだ。カウンターの後ろから英語が滑らかに聞こえてくる。
「Damn it! I didn’t feel so early exposed…」
 早く、暴露? 感じなかった……?
 弘輝の顔に怒気という名の影が降りた。
「風唄あああああああああああっ!!」
「Wu, wow!? Ayaka, help! Please help me! I don’t bad doing!」
 追いかけられて顔を真っ青に逃げるトルスト。弘輝が顔を真っ赤に鬼の形相で追いかける中、彩歌はおろおろと二人を目で追いかけるのが精一杯だ。
 唖然とする美紀の前に、紅茶が出された。
「ダージリンティーよ」
「……あ、ありがとう……」
 最早テュシアのほうが慣れたものである。


「ぅっく、ひっく……痛い、です……!」
「だ、大丈夫……? 弘輝さんそこまでしなくてもよかったんじゃ」
「何言いよるん。それ以上嘘泣きするとやったら本気で拳骨食らすぞ、風唄」
 途端にトルストの口から舌が出たではないか。騙された彩歌は顔が引き攣った。
 小さい子って、こんなに頭よかったんだ……。
 負けた自分はなんなのだろう。
 カウンター席で紅茶を飲んでいた美紀が、落ち着かなさそうに店内を見渡している。テーブル席でノートや筆記具を広げていた彩歌に目が留められ、その向かいの椅子に腰かけて面倒を見ている弘輝とは視線が合って一秒もなく逸らされ(「……オレそげん目つき悪いん?」、「あ、あはは……」)。テュシアには疑問の目が向けられて、カウンター奥のトルストが水を飲んで一息ついている様子に違和感しかないようだ。
 そして城条に向けられる疑心の目は。
「……どうして保護を」
「単純な話だよ。山奥にこの子らを放って置けなかっただけの話さ」
 苦笑する城条に、弘輝が申し訳なさそうに視線を逸らして――はっとした顔でノートを覗き込んだ。
「そこ間違っとうばい。劣勢遺伝子の実のほうがしわしわになるとぞ」
「あれ? ――あ、本当だ」
「優勢遺伝子のほうの形が綺麗って覚えときい。見た目や技量で争って、強い子孫ば残そうとするとは植物も動物も一緒っちゃん。アザラシもオスの体格はメスの七倍以上あるんぞ」
「ええっ、じゃあメスってタックルされたら大変じゃないの!?」
「……タ、タックル……そりゃ、奪い合いの被害で死ぬ奴はおるばってん。なしてタックル……?」
 苦い顔で首を捻る弘輝。彩歌も首を傾げる。
「好きな人にタックルするんじゃないの?」
「……そげん痛い申し込み誰が受けとるん……あれタックルやなか……」
 ついに突っ伏す弘輝。店内が生温かい空気に包まれて、食器を片付けていた城条の手がゆっくり止まっていた。
 美紀は、疲れた顔で紅茶を飲んでいる。
「……今日ほど紅茶が美味しく感じた日はないわ」
「それは何よりね」
「今みたいな空気じゃなければ最高なのに」
「な、なんかごめんなさい……」
 俯いた頭へと、弘輝が苦笑して手を伸ばしてきた。撫でてくる手にきょとんとしてしまう。

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