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薬師戦を終え、学校に戻ってきた私たち。
その後食堂でミーティングが行われた。次の準決勝は仙泉学園。大巨人と呼ばれるピッチャーがいるところだ。
先発はやはり復活を遂げた丹波さん。そしてノリ、栄純も登板。
…もう、次への準備を始めなければならない。
ミーティング後、残ったマネの仕事を片付けながら、最近試合続きで片付けもままならなかった倉庫を整理していたら、気づけばもう9時を回っていた。
『わ、やば早く帰んなきゃ…』
制服にはもう着替えていたから、あとは荷物をもって帰るだけ。みんなまだ練習してるのかな。そう思いながら室内練習場を通れば。
「あれ?なまえまだいたの?」
『ぅわっ!…なんだ御幸か』
「ビビりすぎ」
『あー…っと片付けしてたらこんな時間なってた。御幸は?』
「俺?今投手陣とミーティングして終わったとこ」
今日の反省かな。次登板する栄純のこともあるだろうし。今日あんな試合をしたのに、まだまだ彼らにはやることがある。
『そっか…。おつかれ』
「ん、で今帰んの?」
『うん。じゃ、今日は早く寝ること!』
たくさん休んで、また明日から頑張ってもらわないと。
「って待てって。もう遅いし送る」
『え?いやいや、大丈夫』
「大丈夫じゃねーよ」
『今日試合したんだよ?』
「何か関係あんのソレ」
『……じゃあオネガイシマス…』
だめだ、この顔の御幸には勝てる気がしない。そもそも口で敵うわけがない。そのおかげで友だちいないんだろうけど。…あ、口が滑った。
そして駅への道を2人で歩きながら、今日の試合は〜、とか、ほぼほぼ部活の話をしていれば。
「なぁ、梅本から聞いたんだけどさ」
『?なにを?』
「俺今日かっこよかった?」
『っ!!!』
さ、幸子め…!何しゃべってんだ!クッソ明日文句言ってやる…!!
『…幸子なんて言ってたの?』
「なまえが悶絶してたって」
『…悶絶は、してないけど…まぁ、…かっこよかったよ』
「…」
ここで否定しても御幸には通用しないから、素直にそう言えば。
『…ねぇ、なんで何も言わないの』
急に黙り込んだ御幸。…なんで、黙るの。
「…いや、ちょっとコッチみんなよ」
『は?』
「だから!コッチみんな…って」
『…御幸顔赤いけど…』
「見るなっつっただろ」
『っんぎゃ』
御幸の顔が赤いことを指摘してあげれば、なぜか首を絞められた。く、くるしい…。てか倉持といいなんでこいつらわたしの首絞めたがるの。
『くっ、くるしい!!』
「はっはっは、聞こえないなぁ」
『御幸っ…はーなーせー!!』
「ヤダ」
しばらくして少し御幸の腕の力が緩くなり、呼吸しやすくなった。ふーふーと新鮮な空気を肺に吸い込んでいると。
「…なぁ、薬師のアイツと、なんかあった?」
…薬師の、アイツ…?…真田くん?
『…真田くん?』
「…ん」
『何もないけど…』
「何も?」
『何も。あれ以来話してもないし』
「…そっか」
なんでそんなこと気にするんだろ。真田くんのピッチングで何かあったのかな。
それにしても、御幸の声が、耳にかかる。そうだ、この体勢だとすごく近い。
『み、御幸、そろそろ離してほしいなぁー…なんて…』
「…まだダメ」
また首を絞められるのかと思いきや、そんなことはなく。
ただわたしの首に腕を回して、頭をわたしの頭に寄せるだけで、御幸はしばらく動かなかった。
…ドキドキ、する。
試合してるときの、あの遠い存在の御幸が、こんなに近くにいる。
『…御幸、あと2つだね』
「…おう、ぜってー勝つ」
『…甲子園!』
(目指すのは、ただひとつ。)